第22話 令嬢
自室でゆっくりしていたノードに声をかけ、夕食のために出かける準備をする。
せっかくなのでと、昼この町に着いたあとすぐに、アティアスは有名なレストランを予約していた。
エミリスは着ていく服が無いと言ったのだが、彼がどこからかドレスを調達してきてくれたのだった。
「よく似合ってる」
初めてドレスを身に付けたエミリスを見てアティアスが褒める。彼ももタキシードを着込んでいた。
彼が選んだ店は格式高いところのようで、それ相応の身なりを整える必要があった。
彼女の髪の色に合わせてくれたのだろう、濃緑のカクテルドレスを纏う。膝下くらいの丈で、目立たないが細かい刺繍が施されており、人形のように整った顔立ちの彼女にはよく似合っていた。
大きく開いた首元には宝石を散りばめられたネックレスが光っている。
「こんなドレス、私が着てもいいのでしょうか……?」
エミリスはゼルム家の養子ということになっている。時には令嬢らしく振る舞う必要にも迫られるだろうと、アティアスの提案で、その練習のつもりで臨むことにしたのだ。
今の彼女は、少なくとも外見で伯爵令嬢であることを疑う人はいないだろうと思えた。
「心配するな。借り物だからな。……それに、ゼバーシュに帰ったら、そのくらいのドレスを着てもらわないといけないときもあるだろ」
その時にはちゃんと仕立てよう、と続ける。
彼女は使用人としてお供するつもりで旅に同行していたので、それは全く予想もしていなかったことだった。
大丈夫だろうかと心配になる。
「あと……外では俺のことを様付けで呼ばないように。呼び捨てで構わない。あとは令嬢みたいに堂々としてればいい」
そうアティアスが言うが、うまくできる自信がなく彼女は緊張していた。
「ってことは俺が二人の従者か。ま、楽でいいけどな」
ノードが笑う。
彼にとってはいつもと同じなだけだ。無論、彼も従者として恥ずかしく無い格好をしていた。
◆
このトロンの町は領主領の中心に近く、この前まで滞在していたテンセズより人口も多く発展していた。
そのため、夜も多くの店が明かりを灯していた。
「うわー、綺麗ですね♪」
レストランに向かうエミリスは街並みを歩きながら、きょろきょろと周りに目移りしていた。
「あまりはしゃぎすぎるなよ。……目立ってるぞ?」
そんな彼女を見てアティアスが苦笑する。
彼女ははっとして道行く人をそっと見渡すと、多くの人がこちらを見ているのに気付く。
「すみません……」
恥ずかしくなり、小声で謝る。まだまだ慣れるのに時間がかかりそうだった。
「今のエミーは黙ってても目立つからな」
そう言い、改めて彼女を見る。
小柄だが透き通るような白い肌、幼さの残る整った顔立ち。濃い色のドレスと相まって、箱入り娘のように感じられた。
可憐な姿に周りの人々の目が奪われていた。だが、こう見えて彼女が強力な魔法の使い手であるようには夢にも思うまい。
「初めてのことばかりだから仕方ない。でもほどほどにな」
「はい……」
◆
「では、頼んでいた通りによろしく」
「かしこまりました」
レストランに着いた三人はテーブルに案内され、ウエイターに告げる。
テーブルが5つ。その最も上座の席に案内された。他のいくつかの席には既に客がいたが、テーブルに着くアティアス達三人を見て、感嘆の声を溢す。
特にエミリスの可愛らしさはここでも目を惹いていた。
「どうぞ」
ウエイターがアティアスのグラスに泡のあるワインを注ぐ。
エミリスが少し焦るが、幸い彼女にはアルコールの入っていない別の飲み物が届けられた。確かに、お酒を飲める歳にはとても見えない。それを見てほっとした。
「……外でエミーが酔うと、大変なことになりそうだからな」
アティアスが笑うが、彼女にとってはただ恥ずかしいだけの記憶だった。
グラスを持ち、アティアスが言う。
「とりあえず、乾杯だ」
「乾杯」
酒場とは違い、落ち着いた声でそっと乾杯し、エミリスはグラスに口をつける。ワインとは違うが、これはこれで美味しかった。
その後は順番にコース料理が運ばれてくる。
彼女はこのような場所で食事をしたことがなかったが、テーブルマナーは一通り理解していた。給仕するときには当然必要となる知識だからだ。
「美味しいですね」
エミリスが感想を漏らす。
ここの料理は見た目にも拘っており、いつも作る料理とは趣も異なるが、これはこれでいいものだった。
「この店には、トロンに立ち寄った時には良く来てたんだ。味は間違いないし、信頼できる」
「はい。いい店だと思います。……こういう料理も作れるように練習しますね」
エミリスが笑う。
美味しい料理を食べて、少し緊張がほぐれてきたようだ。
その横ではノードが背筋を正し、無言で食事を摂っていた。
◆
「アティアス殿ではないですか?」
新しい皿が届くまでの間、談笑していると、不意に別のテーブルで食事をしていた男性から声をかけられた。
男性は五十代くらいの落ち着きのある紳士で、髭を蓄えていた。
「ドーファン先生ではないですか。偶然ですね」
アティアスは少し驚き返答する。ドーファンと呼ばれた男性はアティアス達に一礼する。
「この前はテンセズまで大変でしたね。私も助かりました」
アティアスが丁寧に話す。彼のこういう態度を見たのは初めてだった。
「いえいえ、それも仕事のひとつですから。今はまたこの町に戻って研究に打ち込んでおりますよ」
ドーファンが笑う。
彼は先日の一件で、ゼバーシュ伯爵からテンセズの町の立て直しを依頼され、派遣されていた人物だった。一足先にこの町へと戻ってきており、たまたまアティアス達を見かけて声をかけたのだった。
「して、こちらがあの……」
ドーファンがエミリスに顔を向ける。
「ああ、そうです。……エミー、こちらはこのトロンにある魔法学院で教授をしているドーファン先生だ。かつて俺に魔法を教えてくれていた先生でもある。この前、テンセズの後始末にも来てもらっていたし、いつも世話になっているんだ。……挨拶を」
アティアスが手短かに紹介してくれる。かなり高名な人物のようだった。
エミリスは立ち上がり、スカートを持ち軽く腰を落として挨拶をする。その立ち振る舞いを見て、ドーファンがほうと感嘆する。
「はじめまして。エミリスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「はじめまして。あなたのことはアティアス殿からお聞きしています。……彼がいつも気にかけていましたよ。お会いできて光栄です」
ドーファンの言葉に少し頬を赤らめ、エミリスが答える。
「こんな私をアティアス様には良くしてもらい、感謝の言葉もありません」
「一目見て、アティアス殿があなたに興味を持たれたのがよくわかりましたよ。……さて、食事中ですので、お話はまたの機会にしましょう。アティアス殿、お時間があれば是非学院にもお越しください」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
ドーファンは三人に頭を下げ、自席に戻っていった。
「以前は親父の城で魔導士として働いてもらっていたんだ。俺も子供の頃、仕事の合間に魔法を教えてもらったりして、その頃から俺の先生だった」
昔を懐かしむようにアティアスが回想する。
「すごい方なんですね……」
「ああ、魔導士としてもすごい人だが、古い魔法の研究もしていたりするんだ。それに政治や経済にも長けている」
話を聞き、エミリスは心の中で深く賞嘆した。
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