第20話 渡鳥

 今日も天気が良く、三人は順調に旅を続ける。

 ノードが先頭で馬を引き、その後ろを歩くアティアスとエミリスの二人は、たわいのない話をしていた。


「綺麗な花……」


 彼女は見たことがない景色に感動しつつ、春になり道端で咲き始めた花を見て、嬉しそうにはしゃいでいた。

 こうしていると見た目相応の少女のようだ。これまでほとんど外に出ずにいたこともあり、何を見ても新鮮だろう。


「あ……。あの一列になって飛んでる鳥……渡り鳥でしょうか?」


 ふと空高く飛ぶ鳥の群れを彼女が指差す。


「たぶんね。俺は詳しくないけどな」

「……私、鳥が好きなんです。自由に飛び回れて。私も鳥になりたいなって、ずっと思ってました」


 遠くに飛び去っていく鳥達を眺めながら、彼女が話し始めた。


「窓から見て、羨ましいなーって。……でも普段は何も考えないようにしてました。考えると辛くなってくるので……」

「……俺は初めてエミーを見たとき、人形みたいだなって思ったよ」


 アティアスは初めて彼女を見たときのことを思い出す。


「ふふ……ただ変わらない毎日を過ごしているだけの、本当に人形みたいなものでしたから」


 少しだけ笑みを浮かべて自虐する。あの時の彼女と今はまるで別人のようだ。


「そういえば、以前に野営の経験があると言ってたな。そのときはどんな感じだったんだ?」


 何気なくアティアスが聞くと、彼女は少しだけ複雑な表情を見せ、過去を思い出しながら答える。


「移動は荷物と一緒に馬車でした。そもそも逃げ出せないように鎖で繋がれていましたから……」

「そうか。まぁそうだろうな……」


 申し訳なさそうにアティアスが呟く。


「いえ、気にしないでください。もう昔のことは気にしてません」


 ……それに、その鎖を解いてくれたのはアティアス様ですから。

 そう心の中で呟く。


 ◆


「うわぁー、ここ綺麗ですね!」


 大きな湖に差し掛かり、エミリスは感嘆の声を上げた。湖の周りには黄色い花が一面に咲いており、湖の青さと相まって感動的な光景だった。


「そうだな。せっかくだから、ここで昼の休憩にしようか」

「はい! わかりました!」


 アティアスの提案に、彼女はぺこりと頭を下げて、汚れないよう街道沿いの道端に手際良くシートを敷く。

 昼食は、朝食とまとめて昼の分まで作っておき、弁当にしてきていた。


 ノードは馬から荷物を降ろし、近くの草原に連れていく。

 アティアスは敷かれたシートに寝転がり、空を見上げる。今日は快晴で雲ひとつない。その青空が湖に映り、キラキラと輝いていた。


「私、こんな綺麗な景色、初めて見ました……」


 弁当の準備をしながら、エミリスが呟く。


「それはよかった。時間や季節が変わると、また違う景色になる。だからこの景色は今しか見ることができない。……しっかり目に焼き付けておくと良い」

「はい! ……さ、準備できました! ノードさんもどうぞ」


 皆でエミリスの作った弁当を頬張る。その横で彼女は魔法でお湯を沸かし、お茶を入れていた。


「便利だよな、俺も魔法が使えたらよかったんだがな」

 その様子を見ながらノードが言う。

 魔法は生まれつきの素質なので仕方ないが、少し羨ましくも思う。


「ノードさんはその分、とても剣がお上手ですから」

 気を遣って彼女がフォローする。


「ありがとうな。……お礼にこれをやる」


 そう言って、自分の分のチョコを彼女に手渡すと彼女は眼を輝かせた。笑顔でそれを口に入れ、幸せそうな顔をした。


 昼食のあと、しばらく湖畔で景色を見ながら横になる。

 風が吹くとまだ寒い季節だが、今日はポカポカと暖かい。昨晩の狼との戦いの疲れもあり、すぐに眠くなってきた。


 アティアスの横では、早くもエミリスがすやすやと寝息を立てていた。

 まだ旅に慣れていない彼女は、本人が思っているよりも疲れているようだった。


 ◆


 ――ふと気づくと、自分も寝てしまっていたようだ。


 アティアスは横に顔を向けると、エミリスはまだ寝息を立てていた。ノードは眠くないのか、馬に水を与えているようだ。

 そろそろ出発しないと宿泊予定の場所に着くまでに日が暮れてしまう。夜でも明かりを灯して進むことはできるが、余計なリスクは背負いたくない。

 肩を揺り彼女を起こす。


「……あ、すみません。少しうとうとしてしまいました」


 彼女は『うとうと』というより、完全にぐっすり寝てしまっていたが、それはあえて指摘しないでおく。


「そろそろ出発しないと暗くなってしまう。準備をしよう」

「わかりました」


 彼女はてきぱきとシートなどを片付け、出発の準備を整える。ノードが馬を連れてきて、荷物を括り付けた。


「さ、行くぜ」

「そうだな」

「りょーかいです」


 ノードの声に二人が応え、歩みを再開した。


 ◆


 それからも何事もなく、予定通りに進むことができた。

 昼にゆっくりしたおかげか、疲れもあまりなく、ちょうど夕暮れ時に予定していた宿泊地に着いた。


 その場所には石造りの民家のような建物があり、大きさは普通の家二軒分ほど。

 基本的に水がある以外には何もない。とはいえ雨風を凌げて扉が閉められるだけでも、野営に比べると随分と安心感がある。

 当然、日によっては他のグループと同泊になることもあるが、今晩はアティアス達の貸切のようだった。


 食材が常備されていたりはしないが、竈があったので、持ってきた材料を使いエミリスがささっと食事を作る。

 やはり野営の焚き火で作るよりやりやすいのか、普段の料理が少し質素になった程度。旅の途中の食事と考えれば望外だ。


「ありがてぇ」


 お腹の空いていたノードはどんどん食べる。


「ここは誰が作った建物なんですか?」


 エミリスが疑問を口にすると、アティアスが説明し始めた。


「この建物自体がどうかわからないが、こういう場所はギルドが冒険者のために作っていることが多い。費用は会費から出してね」

「そうなんですか。でも商人達も使うんですよね?」

「そうだが、商人達も傭兵として冒険者を雇うことがほとんどだ。商人だけでここを使うってことは少ないだろう。だからそれがギルドの収入源にもなるんだよ」

「なるほど……」


 わかったようなわからないような顔で彼女は頷いた。


 ◆


「ここは確か、お風呂があったはず……。あまり掃除は行き届いてないだろうが」


 ノードが建物の奥にある部屋を確認しに行った。

 そこにはあまり使われないのだろう、うっすら埃を被った浴槽が置かれていた。お湯を作るには魔法か、薪で沸かすしかない。手間を考えるとあまり使われないのは当然だろう。


「掃除しましょうか?」

「そうだな。まぁ俺たちは風呂に入らなくても我慢できるけどな」

「……入れるなら、私はできれば入りたいです」


 ノードの言葉に、彼女はぼそっと答えて掃除を始める。

 昨日は身体を拭いただけで一日歩いたのだ。

 それに夜のワイルドウルフとの戦いで、若干なりとも返り血を浴びていた。もちろん体のは拭き取り、服も着替えているが、できれば綺麗に洗いたいと思っていた。


 ある程度浴室が綺麗になったところで、浴槽に水を張った。

 そして彼女が水面をじっと見つめると、しばらくして湯気が上がり始める。


「はい、沸きましたよー」


 ようやくお風呂に入れると、彼女は機嫌が良かった。


 ◆


「やっぱりお風呂が最高ですー」


 二人が入った後、最後にゆっくりとエミリスが湯船に浸かる。

 湯加減も魔法で自由に調整できることもあり、自分が一番気持ちのいい温度で入ることができた。


 まだ2日目だが、旅は思っていたほど大変ではなく、見たことのない景色が見られるのは新鮮で楽しいものだった。


 これからも楽しい日々が続くことを期待して、今日の疲れを洗い流した。


 ◆


 挿絵描きました!


 https://kakuyomu.jp/users/naganeshiyou/news/16817330657237655870

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