第14話 贈物
実戦形式でエミリスの練習具合を確認したあと、家に一度帰った二人は練習着から着替えた。
そのあと、アティアスが提案する。
「そうだ、そろそろエミーの装備を整えておかないとな。防具とかはオーダーしないといけないから時間がかかるし」
アティアスはもう彼女を連れていくつもりでいた。
この短時間でここまできたのだ。これで置いていくなどと言ったら、彼女の傷心具合は計り知れないだろう。
「いいんですか? ……あ、でも……私あんまりお金がありません……」
彼女が俯く。
身の回りのものや食料の買い物の為に、ある程度自由に使ってもいいと彼女にお金は渡している。
ただ、装備を揃えるのにそれでは全く足りない。
それを見た彼は笑う。
「エミーにお金がないのは俺が一番わかってるよ。ここまで頑張ったから俺からのプレゼントだ」
それを聞いたエミリスは、ぱっと笑顔になる。
「ありがとうございますっ!」
早速、ギルド近くにある武器屋へと二人は向かう。
エミリスはアティアスの斜め後ろをご機嫌で歩く。並んで歩いても構わないとアティアスは言うが、彼女はいつも少し後ろを歩く。
隣を歩く資格はないと思っているからだ。そんな日は一生来ないだろう、とも思う。それでもこうして近くに居られるだけで十分満足だった。
武器屋に入ると、店内には剣の他にも弓や斧、様々な武器が並んでいた。
「うわー、すごいですね」
エミリスは素直に感嘆しつつも、近くにあった剣を何気なく手に取ってみた。
(重っ!)
想像していたよりずっと重く感じた。こんなのが自分に振れるとは思えない。
お値段は……5万ルド。1か月の食費くらいかな?
「ああ、その辺りの大剣は腕力のある男じゃないととても扱えないだろ。エミーならこういう細身の剣じゃないと」
アティアスが手招きする。
行くと、確かにスラッとした剣が並んでいた。確かにこれなら自分でも持てそうだった。
手に持ってみて軽く振ってみたところ、普段練習で使っている木刀と比べても重さは似ていた。
ただ、いくつか振り比べてみたが、経験がない彼女には違いがわからない。値段も違うが、なぜ違うのかも、もちろんわからない。
「なぜお値段がこんなに違うのですか?」
彼女の質問に、店主は丁寧に答えてくれた。
「それはですね、剣の素材や作られた方の腕などで変わってきます。あと、あまり実用性には関係ないですが、装飾が凝っているものも高くなりますね。高いものは刃こぼれもしにくく、永く使える傾向にあります」
「……なるほど」
見るだけではよくわからないがそうなんだろうと自分を納得させる。
アティアスが店主に聞く。
「ブルー鋼の剣は置いてるか?」
「はい、店頭には並べておりませんが、奥に何本かありますよ。持ってまいります」
店主は奥に入っていった。
「ブルー鋼?」
「そうだ、そう呼ばれる軽くて特殊な金属がある。実は俺の使ってる剣もブルー鋼のものだ。値段は少し高いが、ちょっとくらいの刃こぼれなら時間が経つと勝手に直ってしまうんだ」
「すごいですね、それ……」
まるで生きているみたい。
「お待たせしました」
店主が彼女に合わせて三本の細身の剣を持ってきた。どれも刀身が青みがかっている剣で、確かにアティアスの剣とも似た感じがした。
直感だろうか、その中の一本が何故か気になり、手に取ってみる。
「わ、軽い……!」
見た目よりはるかに軽く感じたその剣は、自分の手に吸い付くように馴染んだ。
「……この剣、なんだかすごいです。うまく言えないのですが」
「それは高名なドワーフ族の刀匠が打ったものですね。なかなか出回らない希少な剣ですよ」
店主が説明してくれる。ドワーフ……見たことはないけれど、器用な人種だということは知識として知っていた。
「それが気に入ったのか?」
彼がエミリスがに確認すると、彼女も頷く。
「はい! あっ……でも、そんな特殊な剣ならお値段が……」
ふと、先ほど『少し高い』と彼が言っていたのが気になった。
「それは気にしなくてもいい。何本も買うわけにはいかないがな。良いものを永く使うのも大事なことだ」
アティアスは言い、店主に言う。
「じゃあ、この剣を貰おう。支払いは小切手でいいか?」
「ありがとうございます。もちろん小切手で構いませんよ」
アティアスは支払いの手続きを始めた。
(あ……)
さっきは気付かなかったが、ふと剣に付けられていた小さな値札に目が留まる。
そこに5百万ルドと書かれているのを見てしまった彼女は、さーっと顔が青ざめた。
5百万と言えば、そこそこ裕福な人が1年働いて貰える報酬——つまり年収——に相当する。この一本の剣で……?
(もし折ったりしたら……?)
恐ろしくてガタガタと震えが止まらなかった。
◆
「あ、あ、あ、アティアス様……。本当に宜しかったのでしょうか……? 私……お値段を見てしまったのですが……」
剣を渡され店を出たエミリスは恐る恐るアティアスに問う。
「ああ、そのくらいなら構わない。俺の剣も同じくらいだ」
彼と同じ……と言っても、そもそも彼は領主の子息。当然良いものを持っていて当然だろう。
反対にエミリスは彼の従者のようなもの。それが同じと言うのはどう考えてもおかしい。おかしすぎる。そうエミリスは思う。
「さすがにアティアス様と同じくらいっていうのは……」
「別に気を使わなくてもいいんだぞ? ……それが嫌なら、俺がエミリスに無期限で貸している、ってことにしておこうか?」
アティアスは軽く言う。本質は何も変わっていないが、かといってそう言われると何も言えなかった。
「むむ……わかりました。……大事に使いますね」
「それじゃ、次は防具かな。こっちだ」
武器屋の近くにある防具屋へ入る。
「エミリスは前面に立って戦うことはしないだろうし、動きやすさ重視で良いだろう。なら、急所を守る軽い胸当てくらいかな」
アティアスは店主に依頼する。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。それでは採寸しますね。しばらく動かないでくださいね」
店主はメジャーとメモを持ち、手際よくエミリスの身体を測っていく。
「はい、もう大丈夫ですよ。二週間くらいでできますから、その頃いらしてください。調整は後でできますから」
あっという間に終わったようだ。
「それじゃ頼む」
アティアスは前金を支払い、店を出る。防具はそんなに高価ではなさそうだったので、エミリスはほっとした。
◆
家に帰ったエミリスは、彼に買ってもらった剣を何度も見てはうっとりしていた。
刀身は華美でなくすっきりと実用的な作り。柄の部分には少しの装飾と、彼女の目と同じような赤い宝石が埋め込まれていた。それが本当に美しく感じられた。
「気に入ってくれて良かったよ」
「はい! 大切に使いますね」
「……もし折ったら大変なことになるな」
意地悪く彼が言うと、彼女はさーっと青ざめる。
「も、もしそのときは……私、身体でお支払いするくらいしかできないんですけど……?」
とはいえ、そもそも今までの恩を考えると、剣のことが無くても自分にできることはそれくらいだった。
その上に剣の分まで乗ってくると、とても返すアテなどない。
「冗談だ。ブルー鋼の剣がそんな簡単に折れるわけがないしな。……それに使ってこその剣だ。いくら高価だからといって、命と天秤にかけるようなものでもない。それは忘れるなよ」
「はい、わかりました」
彼女は深く頷いた。
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