第13話 確認

 毎日が充実しているからか、あっという間に1か月が経った。


 ミリーとトーレスが相談し、エミリスは一日おきに剣と魔法を交代して練習していた。

 彼らも時々は傭兵の仕事を受けており、そのときは担当を入れ替えたりすることもあったのだが、概ね順調に日々をこなしているようだった。


 アティアスは仕事も自分の練習も、一日休みを取ることにした。

 ミリーとトーレスが気を効かせてくれたのか、それに合わせてエミリスも今日は練習を休むことになり、二人で家に残ってゆっくりしていた。


「シオスンの使用人だった女の子たち、ようやく全員親元に帰ったそうだ」


 食堂で二人向かい合ってお茶を飲みながら、アティアスが話す。

 彼女はお気に入りのチョコをつまみながら、安堵したような顔をした。


「それは良かったです。あまり細かい話をしたことなかったのですけど、みんな辛そうだったので……」

「結局、エミーだけだったな。本当に身寄りが無かったのは……」

「それはずっと前からわかってましたから、あまり気にしたことはないですけどね。……私の両親、どんな人だったのかなって思うことは何度かありましたけど」


 気にしたことはない、とは言いながらも、彼女は少し寂しそうな顔を見せる。


「ま、生きてさえいれば、もしかしたら会えるかもな。両親のどちらかは、エミーみたいな容姿かもしれないし」

「そうですね。アティアス様の旅についていけるなら、もしかすると……」


 感慨深そうに言いつつも、チョコを食べ進める手は止まらない。

 本当に甘いものに目が無いな……。

 というよりも、ちょっと食べ過ぎじゃないか?

 指摘まではしないが、心の中で呟いた。


「そういえばトーレスから聞いたぞ。……全く詠唱せずに魔法を使えたんだって?」


 トーレスから聞いていたのは、たった一週間で簡単な魔法をある程度使いこなすことができるようになったということ。

 ――それに加えて、声を出さなくても魔法を発動させることができた、ということを。


「はい。何となくやってみただけなんですけど……」


 彼女は何でもないかのように話す。


 通常、魔法を使うには、魔力を編むための補助的な詠唱の言葉と、発動のための言葉の2段階ある。

 腕のいい魔導士なら詠唱を必ずしも必要としないが、難しい魔法は詠唱を併用するのが一般的だ。言葉が魔力を編むのを手助けする役割を持つ。


 簡単な魔法なら発動のための言葉だけでいい。マッチを擦って点火するように、言葉を魔力の構成にぶつけることで起爆スイッチのような役割を担っている。


 だが、エミリスは言葉を発することなく、意識を集中させるだけで魔法を発動させることができたというのだ。

 そんなことが可能だということを今まで聞いたこともなかったが、それを「なんとなく」で実現させてしまったのには驚かされた。


「正直、信じられないんだけどな」


 半信半疑ではあるが、トーレスやエミリスが嘘をついているはずがないことも分かっていた。


「むー、ならやってみせますね」


 彼女は口を閉じたまま、手のひらを胸の前で上に向け、それを凝視する。

 すると、ふっとその上に炎が現れて、ゆらゆらし始めた。


「……こんな感じでいかがでしょうか?」


 彼女は少し自慢げな表情を見せる。


「……確かにな」


 知ってはいても、実際に見せられるとやはり驚きが勝る。

 普通は声を出して魔法を発動させねばならないため、声の届く範囲でしか魔法は使えない。

 

 だが、彼女にはそんな制限がないようで、魔力が届く範囲――かなり遠く離れた場所まで届かせることができるようだった。


「これだけ短時間で魔法が使えるようになったのにも驚いたけどな。……すぐに俺より魔法は上手くなりそうだな」

「ありがとうございます。もっとがんばりますね」


 お世辞かもしれなかったが、褒めてくれているのは素直に嬉しかった。


 ◆


 昼食後——


「そうだ。エミーがどれくらいできるようになったか、見せてくれないか?」


 午後からも特に予定がないということもあり、実戦形式で彼女の成長具合を確かめてみたくなったのだ。


「はっ、はい!」


 突然のことに緊張するエミリスだったが、アティアスの頼みを断るなどありえない。


「じゃ、外で俺と模擬戦をしてみようか。大怪我するようなやつじゃなければ魔法も使って良いから」


 軽く言い、準備を始める。


 周りに迷惑がかからないよう町の外れの広場に行った二人は少し離れて向かい合う。木刀を無造作に構えたアティアスが言う。

 さすがに剣で負けることはまだ無いだろうと、この時は余裕があった。


「準備ができたらいつでも良いよ」

「わかりました」


 一度目を閉じて、ふぅ……と一息してから再び目を開けアティアスを見据える。それは久しぶりに彼女が見せる無表情な顔だった。


(……初めて会った日以来だな……)


 これは油断できない気がした。気持ちを入れ替えて集中する。


「では……行きますね」


 エミリスが小声で宣言する。


 ミリーとはいつも練習で相手をしてもらっているので慣れているのだが、アティアスと剣を交えるのは初めてだ。

 彼女は木刀を構え慎重に様子を窺う。アティアスから打ち込んでくる気配は無かった。

 逆に、彼女の腕ではまだどこに打ち込んで良いかわからない。わからなかったから、とりあえず全力でいくことにした。


「ふっ!」


 上段から打ち込む。

 アティアスは軽く受け流して、その反動で隙のあった胴を払おうとした。


 そのとき――


「っ!」


 アティアスは突然右手に痛みを感じて動きを止め、後ろにステップを踏んで距離を取る。


 チラッと手の甲を見ると、少し赤くなっている。


(まさか、これが聞いていた魔力の弾か……?)


 エミリスは更に切り込んでくる。

 動作はそこまで速くないので捌くのは難しくないが、彼女には魔法がある。どうしても慎重に対応するしかない。


(これは相当やりにくいな……)


 アティアスは彼女が魔法を使えることを知っているので油断せずに対処しているが、それを知らない相手だとどうなるだろうか。

 練習だからこうやって剣で戦っているが、そもそも彼女にとっては近づかせないように距離を取って戦うほうが有利なのだ。つまりアティアスに合わせてくれている、とも言える。


 しばらく捌いていると疲れてきたのだろうか、彼女の動きが少しずつ鈍ってきた……ように感じた。

 その隙をみて、アティアスが木刀を一閃した。


 瞬間——


 バキッ!


 アティアスの木刀が彼女へと届く前に、真ん中程から弾け飛んだ。


「なっ!」


 驚いて動きを完全に止めてしまったアティアスの頭に向けて、エミリスが打ち込む。


「ごめんなさいっ!」

「くっ‼︎」


 咄嗟に折れた木刀を手放す。

 身体をひねって切先を避けつつ、彼女の木刀を左手で掴んで奪う。と同時に反対の右手で彼女の顔に手刀を突きつけた。


「あっ……!」


 エミリスはそれ以上何もできずにピタと動きを止めた。

 アティアスも緊張感を解き、言う。


「……これは俺の負けだな。恐れ入った」


 ふぅ……と一息つき、いつもの顔に戻ったエミリスが言う。


「いえ……、どうみてもアティアス様の勝ちじゃないですか。……もう少しで私死んでますよ」

「そう見えるかもしれないが、それは木刀だったからだ。真剣なら、こんなふうに手で掴んだりできないからな」


 木刀をエミリスに返しながら言う。


「それを言うのであれば、真剣なら簡単に折れたりしませんし」


 謙遜する彼女だったが、実態は彼女の勝ちだということがアティアスには分かっていた。おそらく自分に怪我をさせないようにと最初に木刀を狙ったのだ。

 狙う場所が彼の頭でも簡単に同じことができただろう。

 とはいえ無理に彼女を恐縮させる必要もなく、今回は間を取ることにした。


「それじゃ、引き分けということにしておこうか。……たった1ヶ月でこれとは驚いたよ。少し前の俺だと、手も足も出なかったかもしれない」


 この1か月、アティアスも練習を積んで以前より上達していた。


「それにしても、詠唱もなく突然来る魔法っていうのは恐ろしいな。動いてる木刀を狙って破壊するとか……そこまで正確に狙えるのものなのか?」


「はい。私の目で追えるものなら当てられます」


 その程度何でもないと言わんばかりに、彼女は即答する。

 やはり、彼女が狙おうと思えば、いつでも急所に魔法を当てられるのか……。


 それに剣を交えてなんとなくわかった。彼女はものすごく目が良い。身体がついて行かなくても、目では追えている。その不足分を魔法で補っているのだ。

 彼女が本気を出せば近づくことすらできないだろう。まともに戦えば勝ち目は無い。

 最初にトーレスが言っていたが、これは反則だな……。


「よくここまで練習したな。あとは体力さえもう少し付ければ良いだろう」


 アティアスは素直に彼女を褒め、頭をぽんぽんと撫でてあげた。


「ありがとうございます!」


 エミリスは少し頬を赤らめて、嬉しそうにしていた。そんな彼女を見て、アティアスは決心をした。

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