第10話 検査
ゆっくりお風呂で酔い覚ましをしたあと、普段着に着替えたエミリスは、アティアスとミリーに連れられてギルドに向かう。
ギルドには一度、ナハト達に助けを求めるために行ったが、そのときは慌てていたのでよく覚えていなかった。
「いらっしゃい。今日は何か用事があるのかい?」
受付に行くとこの前と同じ中年の男——グランツが気さくに話しかけてくれた。
「こんにちは。ちょっとこの子の魔力検査をしてみたくて」
「了解! ちょっと待ってほしい」
グランツは何かを取りに奥へと行った。
「検査って、血を付ける言ってましたよね……? 痛かったりしませんよね……?」
「大丈夫よ、ちょっとチクっとするだけ」
ミリーが疑問に答える。
エミリスが少しビクッとしたのが見えた。
「お待たせ」
グランツが手の平くらいの白い紙と、縫い針……のようなものを持ってきた。紙には中心からだんだんと大きくなっている丸が五重に描かれていて、まるで弓矢の的のようにも見える。
「簡単に説明しますね。この紙の真ん中に血を一滴付けてもらいます。魔力がないと何も変化しないのですが、魔力量が多いと外側に向かって紙の色が赤く染まっていきます。……染まる範囲が広くて濃いほど魔力が強いってことですね」
「もちろん、才能だけで魔導士としての力量は決まらないけどな。でも才能がないと魔法は絶対に使えない」
アティアスが補足する。
「じゃ、早速やってみましょう。お嬢ちゃん、指を出して」
「はい」
針を持つ男に左手の人差し指を差し出す。
グランツは指の腹に針先をぷすっと刺す。
「痛っ」
肩がぴくっとする。針を抜くと指先にぷっくりと血が膨らんでいた。
「さ、この真ん中に付けてください」
差し出された紙にエミリスは指をちょんと付けた。
すると付けたところから、紙がうっすらとピンク色に染まり始めた。そしてみるみるうちに紙が全部薄いピンクに変わった。
「んん? 何だこりゃ? こんな変わり方は初めて見ましたね……」
グランツは首を傾げる。アティアスも同感だった。
「色の濃さと広がりはだいたい比例するんだけどな。濃い場合は大きく広がるし、薄い場合はちょっとしか広がらない」
「えーと……それはどう違うのですか?」
「うーん、正直よくわかってないんだよな。持っている魔力の量そのものと、一度に引き出せる量って言われてたりもするみたいだけど」
「全然わかりません……。どっちがどっちなんでしょうか?」
エミリスはいまいち理解できずに、頭を捻る。
「広がりが魔力の量かな。でも、それぞれの説明は難しいな。……例えばバケツの底に穴が開いてるとする。穴が大きいと一気に水が抜けるけど、小さいとちょろちょろとしか出ない。元々の魔力の量がバケツに入っている水の量だとすると、引き出せる量は穴の大きさ、ってことになるかな」
「ふむふむ……」
「でも、その2つはだいたい比例するんだ。魔力が多い人は、普通は一気に引き出せる。片方だけ特出してるってのは……見たことがない」
「そうなんですか? うーん……よくわかりませんが、結局、私は魔法が使えるのでしょうか?」
その質問にはミリーが答えた。
「少なくとも全く見込みが無いってことはなさそうね。練習してみないとどのくらい使えるようになるかわからないけど……。とりあえずはトーレスに頼んで魔法も勉強してみるといいかもね」
この場の誰も確かなことは言えないが、少なくとも魔力が全くない場合、紙の色が変わらないことはわかっていた。
「はい、ありがとうございます」
良かった。
簡単なものでも魔法が使えると便利なことも多い。役に立てる可能性が増えるのは嬉しいことだった。
◆
「グランツさん、今日誰か魔力検査受けたんですかね?」
夕方、ギルドの受付担当が引き継ぎをしていた。夜を担当する若い男が出勤したときに、検査用紙を見かけたので確認したのだ。
「今日は一人、あのアティアス殿のお連れした女の子が検査をしていったよ。……どうかしたのか?」
「いえ、これ見てくださいよ。こんな真っ赤になった紙なんて僕見たことないですよ」
「不思議だな。検査した時は、確かうっすらと染まっただけだったんだが……」
グランツは首を傾げる。
「……不良品だったかな?」
だが、考えても仕方ないので気にしないことにした。
◆
魔力検査を終えて一行は家に戻ってきた。
「エミー、体調はどうだ?」
「はい、もう大丈夫です」
ギルドに行っている間に二日酔いはほぼ治っていた。
「なら昼食のあと、練習始めましょうか」
ミリーが笑顔で提案する。
「よろしくお願いします。じゃ、簡単にお昼の準備をしますので、しばらくお待ちください。……何か食べたいものはありますか?」
「そうだな……俺は肉が食べたいな」
「は、はい……。アティアス様がご希望なのであれば……」
アティアスが言うが、エミリスは少し曇った顔で答える。
その顔は、できれば違うものが良い……という表情だった。
「冗談だよ。……サンドイッチでどうだ?」
笑って代案を出す。
運動前というのと、治ってきたとはいえ、二日酔いの後だ。
あまり重たいものを食べたくないだろうことはわかっていたが、少し揶揄ってみたのだった。
「はい。承知しましたっ」
言葉にしなくても理解してくれたことが嬉しく、ご機嫌で厨房に消えて行く。
「いい子よねー。幸せになってほしいと思うわ」
ちらっとアティアスを見ながらミリーが呟く。
「俺達といることが本当に幸せなことなのか分からないけどな……」
「何言ってるの。女の子はね、好きな男と一緒に居られるだけで幸せなのよ……」
諭すように言う。何か過去にあったのだろうか。それとも……?
「お待たせしました」
エミリスがかごに入れたサンドイッチを持って戻ってきた。バゲットに野菜やチーズが挟まれ、手作りのソースが掛けられていた。
「美味しそう! いただきます」
お腹を空かせていたミリーが早速手を伸ばす。
「足りなければ作りますから、ゆっくり食べてくださいね」
言いながら彼女はアティアスにサンドイッチを手渡す。
「ありがとう。エミーがいると食事には困らないな」
「どういたしまして」
褒められたことで嬉しくなる。
今までは召使いのようなことばかりしてきたけれど、そのおかげで家事全般、なんでもできるようになったことにだけは感謝した。
◆
「じゃ、借りていくわね」
食事のあと、ミリーはエミリスと二人で出かけて行った。練習に適当な広場にでも行くのだろう。
アティアスはゼバーシュ伯爵の部下であるドルファンと打ち合わせする予定になっていた。ドルファンは町の安定化のために派遣されてきていた。高名な魔導士でもあり、アティアスとも馴染みがあったのでやりやすい。
打ち合わせでは、ひと通りアティアスの考えを伝えて今後の方針を確認した。
そのあとはドルファンが案をまとめるということになり、家に戻ってきた。
町の警備の手伝いをしていたノードは、アティアスより先に帰っていた。
「アティアス、どうだった?」
「今のところ予定通りかな。明日からは少し楽になると思う」
「そうか。俺たちもこんなことばっかしてたら腕が鈍る。明日からちょっと練習するか?」
ノードの提案にアティアスは頷く。
「そうだな。俺ももう少し強くならないとな。付き合ってくれ」
「まかせろ。バンバン鍛えてやる」
「……ほどほどに頼む」
夕方になりエミリスが一人で帰ってきた。ミリーは直接宿に帰ったようだ。
「ただいま戻りました……」
ぐったりした様子で練習の大変さが伝わってきた。元々ほとんど運動していなかったのだ。基礎体力を付ける必要もありそうだ。
「初めての練習はどうだった?」
「……疲れました。でも筋が良いって言ってもらえました」
彼女が嬉しそうに話す。
「明日はトーレスさんに魔法を教えてもらうことになりました。剣の方は一日お休みです」
「魔法? 魔力があったのか?」
ギルドでの一件を知らないノードが聞く。
「とりあえず検査はしてきたよ。よくわからないが、全く使えないってことはなさそうだったよ」
「よくわからないってなんだよ。それ調べるための検査だろ?」
ノードが不思議そうな顔で聞いてくる。
「そうだけど、よく分からなかったんだ」
「ふーん……、まぁいいや。俺は魔法のことはよく分からんからな」
その話はとりあえず置いておき、ノードは冷えたビールをグラスに注ぎ始める。
「今日は疲れたからな、先に一杯もらうわ」
それを見たエミリスは、自身も疲れているだろうに、つまみになるものをさっと作って持ってくる。
「サンキュー。気が利くな。良いお嫁さんになれるぜ」
軽口だとわかっていても、そう言われると少し照れた。
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