第7話 宴会
「どうなってる⁉︎」
慌てた衛兵たちが次々に雪崩れ込んでくる。
アティアスはその中で、門兵を務めていた顔見知りの兵士に言う。
「突然この男たちに襲われた。何とか対処したが心当たりはあるか?」
衛兵達は顔を見合わせて答える。
「いえ……わかりません。シオスン様はいずこに……?」
「――シオスンならここにいる」
後ろから声が聞こえた。ナハトの声だ。
縛られて気を失っているシオスンを担いでいた。
「なっ! お前は何者だ⁉︎ シオスン様を離せ!」
慌てて衛兵が身構える。
「待て! このシオスンという男は、俺を暗殺しようとした。証言もある。ゼバーシュ伯爵の名において、裁判にかける必要がある」
アティアスが大声で宣言する。
衛兵達に動揺が走る。しかし町長であるシオスンより、領主家であるアティアスの方が上位である。衛兵は従うしかない。
「とりあえずは牢に入れておけ」
「はっ、はい!」
◆
「どうしてここに……?」
シオスンが引き立てられて行ったあと、一息ついたアティアスはトーレスに聞いた。
「ふっ、昨日のお嬢ちゃんに頼まれたんだよ。……深刻そうな顔でね」
トーレスはその時のことを思い返しながら答える。
詳しく聞くと、必死な顔でギルドに飛び込んできたエミリスが、アティアスを助けて欲しいと懇願したらしい。
「とはいえ、私たちだけで屋敷に入ることはできないからな。前で様子を見ていたんだ。そのとき、爆発があって、その隙に入り込めたのさ」
その爆発とは、アティアスの魔法によるものだろう。
「そうか……。この礼は必ずさせてもらう。ありがとう」
「礼ならお嬢ちゃんに言いな。いい子じゃないか」
ナハトが笑う。
昨晩は命を狙われたが、今度は彼女に助けられることになったのか。
同行する戦力だけに気を取られて、こういった選択肢があったことに思い至れなかった。
「そうだ、シオスンの他の使用人達は……?」
ふと、エミリスが話していた、残る使用人達のことを思い出した。
屋敷内を探すと、使用人達は別棟に集められていた。皆エミリスと近い年齢の少女だった。シオスンは邪魔になると考え、隔離していたのだろうか?
戸惑う使用人達に声をかける。
「俺はゼバーシュ伯爵の息子、アティアスと言う。シオスンが反乱を企てていることがわかり、捕えさせてもらった。このあとのことは伯爵から派遣される監督人に委ねることとなるが、君たちは被害者だと聞いている。安心してくれ」
安堵の表情を見せる者、不安の顔をする者、様々だったが、少なくともシオスンにこれ以上虐待されることはないだろう。
アティアスは衛兵に命じ、一時的に借り切った宿に彼女達を隔離することとした。
次いで、急ぎ父に伝令を飛ばして、事態の収束のための人員を派遣してもらう手続きをした。
◆
後始末の指示がひと段落したアティアス達はナハト達と別れ、宿に戻った。
エミリスは思い詰めたように部屋の隅に座り込んでいた。
不意にドアがノックされる音が聞こえ、はっと顔を上げ慌てて返事をする。
開いたドアからアティアスの顔が覗いた途端、彼女は緊張の糸が切れたように、大粒の涙をポタポタと溢した。
「ああ……。ご無事で……良かったです……」
彼女は嗚咽混じりの声を絞り出す。もし彼に何かあったらと、ずっとそればかり考えていた。
「一時はもうダメかと思ったけどな」
そんな彼女を見て、アティアスは苦笑いする。
「でも……ぎりぎりでナハト達に助けられたよ。それがエミーのおかげだとも聞いた。……ありがとう。礼を言うよ」
彼女はそのことに驚き、答える。
「少しでもアティアス様を手助けしたくて……。でも私には何もできません。それで、昨日お会いした方たちならと……」
昨日彼女を連れて帰るとき、ナハト達と顔を合わせていたのが幸いしたのだ。
泣きじゃくる少女をアティアスはそっと抱きしめた。
彼女はアティアスの胸に顔を埋めて、肩を振るわせて泣いていた。
◆
それから数日は忙しい日々が続いた。
シオスンは牢で目を覚ますと、状況を悟ったのか素直に白状を始めた。
子供の行方不明の件も、シオスンの息のかかった集団により行われていたこと。それらを実際に行っていたのが黒マスク達であること。
行方不明になっていた衛兵の子供はシオスンの屋敷の地下室にいるところを保護され、両親に引き渡された。近いうちに売られる予定だったが、不幸中の幸いか、アティアスが来たことで慎重になっていたようだ。
ただ、シオスンは攫って売るところまでで、背後には別のグループがいるようだったが、巧妙に隠されていて調査は難航しそうだった。
一通りの捜査と町の安定が達成できた時には、シオスンは死罪になるだろう。
それまで早くとも数ヶ月はかかるはずだ。
アティアス達もその間、この町に滞在することにした。また、指示を出すのに宿では不便なこともあって、空き家を借りて居を移した。
「〜〜♪」
久しぶりにメイド服を纏ったエミリスはご機嫌だった。
宿から移ったことで、アティアスに頼み込んで、住み込みで家事の手伝いをさせてもらうことになったのだ。
アティアスは専門の料理人を雇うことも考えていたのだが、彼女は自分にやらせて欲しいと願い出た。今の彼女には身寄りがなく、帰る場所もなくなってしまったためそれを了承した。
もともと料理は得意だったが、シオスンの屋敷ではそれを楽しいと思うことなどなかった。
ただ、人のために自分から何かをするということが、これほど楽しいと思えるとは今まで知らなかった。やっていることは同じでも気分が全く違う。
出来上がった料理がテーブルに次々と並べられいく。
ナハト達も町が安定するまで滞在することに決めていて、今晩の夕食には彼らも招待していた。
「アティアス様、そろそろお食事のご準備が終わりますー」
二階の部屋にいるであろうアティアス達に厨房から声をかける。
部屋から出てきた二人は階段を降りながらテーブルに並べられた料理を見て感嘆する。
「これはすごいな。料理人としてもやっていけるんじゃないか?」
アティアスが素直に褒める。
「えへへ……、ちょっと作りすぎてしまったかもしれません。いっぱい食べてくださいね」
少し顔を赤らめ、照れながら彼女が言う。
シオスンの屋敷で初めて会った時とは大違いで、素直に感情表現が顔に出るようになった。これが本来の彼女の性格だと思われた。感情を閉じ込めることで、それ以上自分が壊れるのをなんとか守っていたのだろう。
タイミング良く、ナハト達もやってきた。
「こんばんは。お待ちしておりました」
エミリスが深々とお辞儀をして出迎える。フリルが多く付いたメイド服がふわっと広がり、良く似合っていた。
「こんばんは。呼ばれてきたぜ」
ナハトが挨拶を返す。
「すっごーい。これら全部あなたが作ったの?」
一緒に入ってきたミリーは、テーブルに並べられている料理を見て驚嘆の声を上げた。
「はい。お口に合うか心配ですが……」
エミリスが心配そうな顔で答えた。
「心配はいらないよ、俺たちは旅の時は味もない食事ばっかりだからね。それに——」
トーレスがチラッとミリーを見て、小声でエミリスに耳打ちする。
「ミリーの料理はちょっと酷いからね……」
「――ちょっと! 聞こえてるわよ!」
エミリスがどう答えるべきか悩んでいるうちに、ミリーがトーレスを非難する。
仲がいいのか、トーレスの背中をバシバシ叩いている。それを見たエミリスもクスッと笑う。
「さあ、乾杯しようぜ! おっと、お嬢ちゃんはジュースかな?」
ナハトが笑いながら言い出す。
ノードがビールを出し、それぞれがテーブルを囲む。人数が多いので、立食でのパーティとなった。
「じゃ、まだ後始末はあるにしても、無事事件が片づいたってことで、乾杯!」
アティアスが音頭をとり、皆がそれに合わせる。
「乾杯!」
ジョッキがいい音を立て、少しの泡と笑顔が溢れる。
「ぷわー、うめー」
ナハトもビールが好きなようで、笑顔で声を出した。
冷蔵庫というものはなく、冷えたビールを飲むためには魔法で氷を作らないとならないので、庶民には難しい。酒場などでは、魔導士に作ってもらった氷を都度買っているのだ。
だが、ここではアティアスがいつでも氷を作ることができた。
「そういえば、あんまり細かい自己紹介とかしてなかったな。もう知ってるだろうが、俺はアティアス。一応、ゼバーシュ伯爵の四男で、のんびり旅をしている。歳は二十になったばかりだ。家は兄が継ぐだろうから、気ままにやってるよ」
アティアスの自己紹介が終わると、次はノードが口を開く。
「なら次は俺か。ノードという。俺の親父も含めて、ゼバーシュ卿のところで奉公してる。こいつが放浪ばっかりしてるから、ま、ボディガードみたいなもんだ。もう二十八になる」
「俺が子供の頃から一緒に過ごしてるんだ。幼馴染……とはちょっと違うけど、似たようなもんかな」
アティアスが補足する。
ナハトが二人を見ながら感想を漏らした。
「立場はともかく、周りから見てたらダチみたいな感じに見えるぜ。――俺はナハト・レゼード。三十歳だ。こいつらとは三年くらいの付き合いかな。元々俺は他のパーティに居たんだが、みんな引退するってんで、一緒にやるようになった」
「私はトーレス・マインだ。前にも話したが、私は元々この町の兵士でね。でも魔導士として力を試したくて、ミリーとパーティを組んだんだが、二人ではなかなか大変でね。その時に知り合ったナハトに入ってもらったんだ。ま、今はナハトがリーダーだけどね。一番年上だし」
頭を掻きながらトーレスが言うと、ミリーが続いた。
「あたしはミリー。ミリー・ミラルバ。あたしもこの町で兵士をしてたんだけど、トーレスに誘われて冒険者をしながら傭兵をすることにしたの」
ミリーは笑いながら、トーレスの背中をバシッと叩いた。
残りはエミリスひとりだ。
皆の注目を集めて、彼女は恐縮しっぱなしだった。
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