ブラックヒュプノ→バッドエンド/Xルート×ダークメサイア

大根入道

『オープニング』

―― 二月二十八日


『いやあああ!!』

 

 机に押え付けられた少女を少年が犯す。


『無駄だ。誰も助けには来ねえよ』


 ディスプレイの向こうで無音の嘲笑が響き、嗤い声が上がる。


 俺の名はカシワギ。

 どこにでもいるフリーターの三十九歳。

 資格は普通免許一つだけ。


 今はパソコンを前にヘッドホンをして、マウスの右クリックを続けている。 

 左手で七本目のストロング缶レモン500mlを傾ける。


 グビ。


『いや、いや、いや』


 ポニーテールの美少女が涙声が頭に響く。


『そらイケ、イケ、イケ!』


 グビ。


 九本目。


『いや――――――――――――――――!!』

『イケ――――――――――――――――!!』


 雨川汐音の絶叫で画面が暗転する。


(いけ~)


 プツンッと頭の中で白が弾けた。


 ……。


 ……。


「あれ?」


 目が覚めると清潔と薬の臭いがする、病室だった。

 ベッドから起き上がる。

 体が異常に軽い。


 眼鏡を掛けてないのによく見える。

 洗面台の鏡を見る。


「うっわ、悪人面」


 青い眼、赤い髪、彫りの深い顔。

 イケメンがだけど誰よこいつ?


「あれ篠根君、目が覚めたの?」

「あっ、はい」


 反射的に振り返ると、美人の看護師さんがいた。


「良かった。あなた三週間も目を覚まさなかったのよ」

『良かった。あなた三週間も目を覚まさなかったのよ』


 ズキンッ!!


「イテ!」

「篠根君大丈夫!?」

『篠根君大丈夫!?』


 視界の中の光景に重なる、もう一つの景色。


(『待ってて、先生を呼ぶから』)


 頭の中に浮かぶモニターの中の声と。


「待ってて、先生を呼ぶから」


 現実の声が重なった。


「はは、はははは」


 転生だ。

 しかも、篠根吟詩ささねぎんじときた。


「大丈夫ですよ今川さん。ちょっとビックリしただけです」

「そうなの?」

「ええ」


 拳を握り、立ち上がる。

 

「すみません今川さん。今日は何日ですか?」

「え? 二月二十日だけど」

「ありがとうございます」


 そうか。

 ちょうどオープニングの日か。

 ならば。


 自分の中へと意識を集中する。 

 

(あった。これか)


 体の中を流れる異質な、熱い

 それを右手に集中する。


「今川さん、あなたは僕の奴隷ですよね?」

「はっ? 何を言って」


 右手の人差し指で彼女の額に触れた。


「今川さん、あなたは僕の奴隷ですよね?」


 輝きを失った瞳。

 意思を無くした、人形のような表情。


「はい。私は、篠根様の、奴隷、です」


 まるで人間味の無い声。

 しかしそれを聞いた瞬間、俺の中で凄まじい歓喜が爆発した。


「さあ今川さん」


 自分は特別になったのだと。

 俺は特別な存在なのだと。


 俺は、支配する側の人間になったのだと確信した!!


「コッペパンを買って来て下さい」


* * *


 ダーク系美少女ゲーム『ブラックヒュプノ ~催眠支配の蹂躙者~』。

 素行不良の主人公があるヒロインを助ける為に交通事故に遭い入院。


 約一ヵ月の入院生活の果て、超能力者へ覚醒した主人公は看護師の一人を催眠によって支配下に置き、私立聖道院高等学校へと舞い戻る。


 そして一ヵ月のゲーム期間中に、五人のヒロイン達を毒牙に掛けるというのがストーリーだった。

 個別エンド、またはハーレムエンドを目指す事になるが、もしゲーム期間の一ヵ月を過ぎても誰も支配できなかった場合にはゲームオーバーとなり、主人公は転校する事になってしまう。


―― だからこそ。


 学校の始業のチャイムが鳴る。

 教師に続き、俺も教室の中へと入る。


「おはよう。今日はみんなに転校生を紹介する」


 木造の教室に計十人。

 お坊ちゃまやお嬢様どもがいた前の高校とは、設備も人も雲泥の差だ。


「私立聖道院高等学校から来ました篠根吟詩です。よろしくお願いします」

「は~い! 篠根君の初体験は何時ですか~!」


 目の前で立ち上がったザ・ギャルという容姿の女からの質問。

 前世なら顔を真っ赤にして動揺し、そして新生前の俺ならば舌打ちをしただろう。


 だが今の俺の、心の中に広がるウユニ塩湖の如き水面は鏡のように静かに、僅かも揺らぐことはない。


「生憎と良い出会いが無くて」

「じゃあ童貞なんですか!?」

「ええ、そうですが?」

「ぷっ! イケメンなのにダッサ!!」


―― ふむ。 


 教室の中を風が駆け抜けた。


「え、何? キャア!?」


 ギャルのスカートが捲れ上がり、色気の無いパンツが見えた。

 わらう。

 ギャルが睨み付けて来た。

 

「言う割には、小学生みたいなものを履いているんですね」

「!!」


 震えるギャルを無視して窓の外に視線を向ける。

 風一つ無い静かな庭の景色の中で、桜の花びらがひらひらと舞い落ちていく。


『ブラックヒュプノ ~催眠支配の蹂躙者~』はゲームオーバーとなった。

 だがゲーム期間を通して俺は、篠根吟詩はこの超能力を磨き上げた。

 

 私立聖道院高等学校にいた美少女ヒロインはもういない。

 彼女達を見た後だと、クソ田舎のクソモブ顔の女どもに、俺自身は1ピコも反応などしない。


 だが、これでいい。


 メスを犯すのはサルでもできる。

 金を積み、努力を積み上げた所で、手に入るのはサルの幸せだけだ。


 しかし俺は違う。

 

 俺は手に入れた。


 紛い物ではない、真の力というものを!!


「はは、」


 笑みが込み上げる。

 このゲームの篠根吟詩はこのクソ田舎に絶望した。

 女のいない、枯れた人生の光景が彼の目に映っていた。


 俺は違う。

 このクソ大自然の中で、更なる高みを目指してやる。


「ア―ハッハッハ!!」


 『ブラックヒュプノ ~催眠支配の蹂躙者~』→バッドエンド。

 だが童貞にして超能力者!!


 人類という種を超えた篠根吟詩の物語は!!


 これからだ!!

 

 

 

 

 

 





 

 


 


 

 

 


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