SA 5. 待ち続けた返信だったから

「やあ、サントスさん」

 ダンだ。サラの背後からすっと現れ、彼女を通り越し、精悍な男へと歩み寄る。

「うちの連れを助けてくださったようで、ありがとうございます」

 ダンの差し出した手を精悍な男——サントスはすぐに握った。

「いえ、困っている様子だったので。当然のことをしたまでですよ」

「しかし時間を取らせてしまったのは申し訳ない。オリヴェイラ社長の見舞い来られたのでしょう?」

 警備員が瞠目する。音をこぼさない唇が驚きを示す。

 サラはきょとんとした。オリヴェイラとは誰ぞ、と。

 サントスは、

「見舞い、といいますか、仕事の書類を持ってきただけですよ」

と苦笑をこぼすも、細められた目はダンやサラの背後に据えられている。

 サラが肩越しに振り返ると、そこには警備員がいまだうろたえた様子でわたわたしていた。

「それならなおのこと足止めしてしまって申し訳ない。こちらは俺が対処しておきますので、どうぞ行ってください」

「いや、しかし……」

 眼光の鋭くなったサントスに警備員たちはおのおの首を縦に振り、あっちに行けと手振りする。

 それを見たサントスとダンが同時に鼻を鳴らした。

「では、私はこれで失礼します」

「はい、お気をつけて」

 サントスは軽く頭を下げ、エレベーターのエントランスへ向かって行った。

 密かに騒動を見物していた人たちも、ひっそりと散っていく。そのためか、遠ざかっていた人々のざわめきも戻ってきたような気がする。

 ダンが肩を落とした。うなじを大きな手で覆い、軽く天井を仰ぐ。

「サラ」

 低い声がサラを呼ぶ。サラはびくりと体を震わせ、恐る恐ると半歩後退る。

 怒っている。いや、怒り一割、呆れが九割くらいだ、たぶん。

「避けられただろ。なんでぶつかった」

「よそ見をしてて……」

 ダンが振り返る。

 ジト目で見下ろされたサラは、口角を上げながらも、眉は寄せ、及び腰に彼を見返した。

 彼の目は告げていた。「嘘をつくな」と。

「えっと……、あのね、本当、よそ見をしてて……」

 無言。圧倒的な無言。困った時の頼り技である上目遣いもダンには通じない。

 サラが言いよどむ中、手にしていたスマホがメッセージの着信を知らせた。ちらりとスマホ画面を見下ろし、目を見開く。

 スマホを見詰め、頬を紅潮させるサラを、ダンはいぶかしんで首を傾げる。

 サラは叱られていることも忘れ、目を輝かせて、ダンにスマホ画面を見せつけた。

「見て! 返信、来たの!」

 行き交う人々の足を一瞬止まらせ、視線を集めるには十分な声量。間近で聞いたダンは背をそらした。

「声を落とせ。どうした、返信くらいで……、ああ、なるほど」

 送信者を確認したダンは合点がいった顔で、

「よそ見、ちゃんとしてたんだな」

お怒りモードを鎮めた。

 そんな彼には気付きもせずに、サラはスマホを両手で握り締め、画面を食い入るように眺めていた。

 メッセージを送ったのは一日前。返信が来ないのが怖くて、わざと返信がなくてもいいような結びにして送ったのだ。

 でも、もしかしたらと思って、送信してから何度もアプリを開いては更新をかけ続け、落ち込んで、他の仲間からのメッセージに落胆して、返信不要といっているような文末で送ったんだから仕方がないよねと自分を慰め続け、それでもあの人を責めることなんかできるわけもなくて。

 ぐるぐる回っていたところに飛び込んできた返信である。

 サラはスマホを両手で包み、祈るように額にくっつけると、

「生きててよかった……」

 しみじみと呟いた。そこにダンのため息が重なった。

「それはよかったな。じゃあ病室にいってからゆっくり読めよ」

 ダンは今にもしゃがみ込もうとするサラの手首を取るや、エレベーターホールへ歩き出す。

 引きづられるように続くサラの背後では、警備員も去り、騒ぎの中心が全員いなくなったことで、病院の日常が戻っていた。

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