結婚の守護神

 恵みと子孫繁栄を願われるライスシャワー。

 清めと災難からの守護を願われるフラワーシャワー。

 バブルシャワー、ぺーパーシャワー、バルーンリリース。

 意味は分からないが、少なくとも若い二人の新たな門出を祝い、幸せを願うために行われる行為に違いはないだろう。

 ならばこれも、祝福になるのだろう。


 さきほどまで太陽が燦々と降り注ぎ、暖かい陽気であった。しかし、突如として暗雲が立ち込めたかと思えば、雷鳴がとどろき、黒い空に一瞬だけ白光が迸る。間もなくして、バケツをひっくり返したような豪雨が襲ってきた。

 厳かなステンドグラスが一瞬だけ真白に染まり、瞬く間に黒へと呑まれる。均等に配されている蝋燭は、昼間だったために初めから灯は入っていなかった。太陽の消えた今、この教会内を照らしてくれるのは、頻繁に空を駆けまわる雷霆のみだった。

「なんか、生まれて初めて神様の存在を実感した気分」

 不規則に明滅するステンドグラスを見上げて、フレッドは感心した様子でそう呟いた。

 鮮やかな金髪や端整な相貌は今や見るも無様にどす黒い血に汚れ、普段垂れ流しだとからかわれる色気は死臭によって消し去られていた。

 ぴちゃん、と豪雨が大地を叩きつける音に混じって、彼の手にするトンファーから血の雫が落ちる。

 フレッドが視線を床に滑らせれば、無造作に転がる人の山、山、山。横臥する者もいれば伏せている者、天井を仰ぐ者と実に様々。年頃も四、五歳くらいから頭髪を綺麗な銀で染め上げた年寄りまで。誰もかれもが華やかな衣装に身を包み、きらびやかな装飾品で己を飾っていた。

 そう、ほんの数分前までは――。

「さてと、後は」

 フレッドは懐から綺麗なゴールドリングを取り出し、祭壇に背を預けている影に、身体の半分以上を黒に染めたモーニング姿の男に近付き、その途中、男の傍で転がっている白をまとう女を一瞥すると、端整な顔に凄絶な笑みを浮かべた。

「悪いな、お嬢さん。あなたより相手の方が上手だったみたいだ」

 女が答えられるわけもないのに、律儀に断りと釈明をし、フレッドは男の左手を取った。

 無骨とは言い難いが、しなやかなどという言葉は当てはまらない、良い意味でキレイな、悪く言えば枝のような五指。その薬指にはめられている黒い斑模様のシルバーリングを外し、代わりに金の指輪をそっとはめる。

 フレッドは堪らずに声を殺して笑った。

「指輪を贈る相手は慎重に選ばないとダメだぜ、お兄さん」

 別段組織に依頼しなくとも、これだけ愛に狂った人間であれば、自ら手を掛ければいいものを。依頼人の意向など興味もない。が、今回ばかりは依頼人の女に何故と訊いてみたかった。

 フレッドはスマホを取り出し、部下の番号をタップする。一度のコール音で繋がった。

『終わったか?』

「終了。あのさ……」

 部下の近くにいるだろう依頼主の女に代わってもらおうとして、突如、電話口から一発の銃声が飛び出してきた。

「ありゃ、死んだ?」

『…………ああ、どうかしたか?』

「いやー、度胸のあるお姉さんだったなあって思っただけ」

『素直に狂っている人間に興味があったって言ったらどうだ』

「身も蓋もない。一応女性なんだから、言葉は慎もうぜ」

『お前がそれを言うな』

「はあ? 俺はいつでも紳士だぜ」

『どうだか。それよりさっさと引き上げるぞ』

「はいはい。お迎えよろしくなー」

 フレッドは冷たい手を無造作に落とすと立ち上がり、壇上から教会内を一望した。

 清楚であった白も黒ずみ、今日という晴れやかな場のために集まった参列者は顔を血で濡らし、聖職者は聖書を抱き十字架を仰ぎ、血の涙を流す。

 普段ならば荘厳で静寂に満ち、いかなる家屋よりも清浄であるはずの教会が、今やこの町中で最も穢れを溜め込んだ。

 蹂躙の限りを尽くした当人はさして気にした風もなく、大きく背伸びをし、壇上から降りると屍の山を避けながら出口へと向かう。

 ちょうど通路の中頃に差し掛かった辺りで、視界が白一色に塗りつぶされ、たちまち間近で雷鳴が届いた。近場での落雷か教会も大きく縦に揺さぶられる。そして――。

「あっぶねえ」

 背後で瓦礫が崩れる音がしたかと振り返れば、知れずそんな呟きが漏れていた。

 教会の屋根が破壊され、そこから激しい雨滴が降り注いでいる。固まってしまった血の海の上を透明な水は澄んだまま流れて広がり、哀れにも瓦礫にも潰された人がたに染み入っていく。瓦礫の向こうには屋根に掲げられていた十字架が祭壇に寄りかかり、雨に打たれながら雷光閃く曇天を見上げていた。

 フレッドは少し考えるとひょいと瓦礫の山に飛び乗り、祭壇付近をみるやいなや失笑した。

「さて雨よ、誰のために降り出した」

 花嫁はへし折れた十字架の先に押しつぶされた。ただただ黒に染まっただけの体が、人の形すら保てない状態でそこにあった。

 それに引き換え、花婿は祭壇に寄りかかったまま十字架に寄り添われ、わずかに雨をしのぎながら、あのおぞましい金色の指輪をきらめかせていた。

「花婿への哀れみか、花嫁への慰めか」

 雨は十字架に弾かれてなおその飛沫を花婿に降り注ぎ、するすると彼を撫でていく。雨はひたむきに花嫁だった肉を打ち据える。

「いいや」

 正常を否定し、異常を肯定するというのであれば、神はこの歪み狂った愛を許したのだろう。

「あの女への祝福か」

 そう言う他にはない。

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