bloody soul
青井志葉
手をつないで
「お待たせしました」
朗らかな笑顔と共に二段アイスを渡された。
サラはアイスを受け取ると、座る場所を確保してくれているだろう仲間を探しきょろきょろと周囲を見回しながら、上機嫌に人混みの中を進んでいった。
麗らかな春の日和。例年よりも気温が高いが、そよぐ風は程よく心地よく、お昼時ともなれ憩いを求めて建物から人があふれ出てくる。それが日曜ともなればなおさらだ。
混むわ、混むわ、臨時に出されたテラス席でさえ、もうずっと前に埋まってしまっていた。花壇に腰掛ける場所もなく、階段は人が通れるスペースを残しすべて埋まっている。幾つかある移動販売車からお昼ご飯を買ったはいいが、座る場所が見つけられずに、右往左往している人もちらほら。迷子になった可哀相な子供が親切なお姉さんに宥められていた。
サラはちらりと二人を横目に見て、ひしめく人々の間を縫って行く。
「迷子は大変だねぇ」
迷子になった本人よりも、探す連れの方が特に大変だ。サラは当人達の気持ちが痛いほど分かる。
彼女も小さい頃は誰よりも迷子になっていた。いや、確かな事を言えば、自ら進んで親や友達から離れては、うろうろとあてもなくさまよっていたのだ。
その時の事をサラは今でも鮮明に覚えている。
アイスが食べたかったわけではない。欲しいおもちゃがあったわけでもない。知り合いを見付けたわけでもなかった。
無意識行動だったのだ。得も知れない衝動が思考を塞ぎ、心ばかりが急き、身体を動かしていく。そうして、サラは気付くといつも一人で人の波の中にいた。その時には連れのことなど頭にはなく、あるのは大切な何かを見付けてあげなければという思いだけだった。
――探すほうの身にもなれ
――何を探しているの? 一緒に探そうか?
――手を繋いでないとどこに行くのか、本当に分かったもんじゃないわ
繰り返された数々の戒めや苦言に、幼いサラは必ずこう答えていた。
――どうして? わたしが見付けてあげないといけないのに。どうしてジャマするの?
ならば何を探しているのかと問われ、返答に窮すれば、呆れられたように肩を落とされる。
でも、諦めるわけにはいかなかった。諦めてしまったら自分が存在する意味も、生き甲斐というものすべてを放棄するような、そんな漠然とした不安と焦燥と怒りが込み上げてきていたのだから。
「本当に、大変だったよね」
どちらとは言わないが。
あまりの暑さに溶けだしたアイスを一舐めし、サラは連れを探し続ける。
その時、彼女の手首を不躾にも鷲掴みにした手があった。仕事柄、背後には細心の注意を払っていたはずなのに。しかし、手首を掴んできた人はとても気配が希薄で――。
「そっちじゃねぇぞ、サラ」
振り返った先には若干呆れたような顔をする浩毅がいた。
「声かけたのに通り過ぎて行っただろ。どうした? お前がぼーっとしてるなんて珍しいな」
サラよりも少しだけ身長の高い浩毅が、腰を屈めて顔を覗き込む。
「ちょっと暑かったからかな」
「だから帽子をかぶったほうがいいって、ダンが言ってたろ」
「わたしは帽子をかぶらない派なんですー」
なんだそりゃ、と笑いながら浩毅はごく自然にサラの手首を引いて踵を返した。
浩毅は元々人に触れるのも、触れられるのも苦手としていたはずだ。彼のあるまじき行動に、サラは目を見開き、捕らえられた手首を凝視した。
自分の白い肌とは異なる、黄味がかった華奢な腕をのろのろと見上げていけば、春にしては強い太陽を照り返す黒い髪が見えてくる。そして、また目線は一方的に繋がれている手首に移り。
「浩毅。あのさ、手……」
「手? ああ、悪い。嫌だったか?」
そう言って離れていく手を、逆にサラがぎゅっと握り締める。驚いたのはもちろん浩毅で、目が丸くなっている。
「このままでいいから!」
「そうか?」
「うん!」
浩毅が小さく笑った。そして、サラの望みどおり、手を繋いだまま歩き出す。
サラが小走りで彼の隣に並び、溶けたアイスを一回舐めた。
「浩毅が誰かと手を繋ぐなんて、珍しかったから」
「んー、ダンがさ、サラはすぐいなくなるから、気を付けろよって言って。なんだ、放浪癖でもあるのか?」
「いや、あったような、治ったような?」
「治ったのか?」
浩毅が首を傾げる。サラは、見下ろしてくる真っ黒な瞳を見上げて、目を細くした。
「あなたがいる限りは、大丈夫だと思うよ」
すると彼はまた目を真ん丸くして、
「善処するよ」
と言って、どこか含みを持たせて笑う。
――この手は絶対に離さないから、二度とあの癖が表に出ることはないよ
そう断言したのならば、おそらく浩毅はとても悲しい顔をしてしまうだろうから、サラは、お願いします、とちょっとおどけて答えるのみだった。
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