⒎ 目茶(8) さようなら

「……うっ、私はどうなって…………」


 その頃、別の場所でも魔夜と同じように目を覚ました人物がいた。


 赤いパーカーを着た女-橘季世恵たちばなきよえである。


 彼女は完治とまではいかないものの、自分の足を動かせる程度にまでは治癒していた。


 容態ようだいを確認した季世恵は起き上がり、近くで倒れた悠人を目にした。


 彼の身体のあちこちが水疱状すいほうじょうれ上がり、自分が意識を失っていた間にさぞ壮絶な闘いが行われていたことだろう。


 こんなになるまでと言わんばかりの悲しげな瞳で彼を見つめた後、次に相手方の荒れ果てた姿を目にした。


 ヒアリの大群が奴の身体の肉という肉をむさぼり続けている。


 こんな状況になったのは、おそらく彼の能力がもたらした結果なのだろう。


 吐き気がしてしまいそうな光景が目の前に広がる中、季世恵は奴のむき出しの二つの眼球を見逃しはしなかった。


 ヒアリの大群をどうにかして、あの眼球を安全に取ることは出来ないだろうか?


 季世恵は数秒考え込んだのち、何か秘策を思いついたのか、ある行動をとり始めた。


 突然パーカーを脱いだかと思うと、近くの海水にそれを入水させた彼女。


 白色に毛先染めされた黒髪ショートヘアーの髪があらわとなり、潮風しおかぜに揺られてフワフワと舞う。


 フードを使って水をすくい、それをヒアリの大群に向かって流し込んでいった。


 ヒアリ達の足場にちょっとした水たまりができ、奴らは生存本能に突き動かされるがまま、互いの身体を組み合って『イカダ』と呼ばれるアリ柱を作り、水たまりの中心でプカプカと浮かぶ。


 それは奴らの水をはじく性質を持った身体を集合させることで出来る芸当であり、単体の場合ではこんな現象を目にすることはまず無い。


 毒だけでなく、驚異の生存力を持つヒアリの強大さに恐れながら、その隙に季世恵は二つの眼球を掴み取り、そしてすぐさま距離を取った。


 下がった先で、みにくい容姿で横たわる彼の姿がふと視界に映る。


 すると、季世恵の目には涙が流れていた。


 このまま毒におかされ続ければ、彼はもう……


 それでも彼女は約束通り、彼の腫れ上がった手の中に一つの眼球をもぐり込ませると、涙をこらえようとびしょ濡れのパーカーを掴む力が自然とりきみ、染み込んだ海水をポタポタとらしながら、ゆっくりとここを立ち去るのであった。

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