第20話 なんか、態度おかしくないか?

 中村優斗なかむら/ゆうとは、絶対に見られてはいけないところを、今まさに彼女から完璧に直視されてしまっている。


 どうすることもできない事態に、優斗は困惑を隠しきれなかった。

 色々な、最悪な結末を連想させるような出来事が脳内を駆け巡っている。


「……」


 部室の扉近くに佇む彼女――結城芽瑠ゆうき/めるは呆然とそこにいる。

 驚いた表情を見せ、硬直しているのだ。


 今、この場所で何が生じているのか、次第に把握でき始めているからだろう。


 それにしても間が悪すぎる。


 優斗も、この状況に、どうすればいいか悩む。


 だがしかし、このままの無言を貫き通すわけにもいかず、優斗の方からも話しかけることにしたのだ。




 体が鈍くなっていて、最初は、すぐに声が出せない状態だった。


「……えっと、さ……」


 優斗は何とか腹から出そうとする。

 声が少々薄れていた。


 緊張しているゆえの現象。


 物凄く気まずいが、乗り切るしかない。




「私……よくなかったよね……」


 芽瑠は部室内に入ろうとし、扉を開けていたのだろうが、扉を閉めたがっている素振りを見せていた。

 彼女が後ずさろうとしているのは明白だ。




 夏理南奈なつり/ななのおっぱいを堂々と揉んでしまった現実が消えることはない。


 たまたま運悪く、芽瑠がこの部室を訪れてしまった。


 今まで彼女が、この部屋に足を踏み入れる事とかもなかったのに、偶然にしては出来すぎていると思う。


 考えれば考えるほどに、脳内が震えていた。




 芽瑠に話しかけようとしたところまではよかった。

 けど、そこからの発言が厳しかったのだ。


 まだ、芽瑠は、部室の入り口にいる。

 このタイミングを逃してしまったら絶対によくないだろう。


 今を逃したら弁解が難しくなるかもしれないからだ。


 そう思い立ち、南奈から距離を取るようにし、体の正面を芽瑠に向け、扉へと向かう。


 でも、芽瑠から反発感を示される。




「嫌……」

「え?」


 その反応に、心が抉るような痛みを感じる。


 どうにもならないような拒絶を受けている気がした。


 彼女の瞳からは本気さがある。


「……ごめん、でも、そういう事だから……」


 芽瑠を焦るように言葉を言い直そうとしている。

 口ごもっていて、何かを続けて話したがっている印象があるが、すぐには新しい返答はなかった。


 この瞬間で、自分までもが黙り込んでしまったら、むしろ、逆効果だ。


「……で、でもさ、何かの理由があって来たんだよね、ここに?」

「……んん、なんでもないの。だから……その、き、気にしないで」


 芽瑠は、優斗から不自然にも視線を逸らす。

 そして、彼女はパッと背を向ける。

 彼女の、その背中は物凄く寂し気に感じた。


 本当に申し訳ないことをしたと思う。


 なぜ、あの時、南奈のおっぱいを触ろうとしたのか、今でも強く後悔している。

 終わってしまったことであり、どうにもならないのだが、本気で悔しかった。


「ごめんね。私が変なタイミングで入ってきちゃったから」

「そ、そんなことないよ」


 優斗は何とか彼女を宥めようと、もう一歩だけ前進する。


 けど、芽瑠との距離はまだあった。


 すぐに話しかけられる雰囲気でもなく、優斗も、これ以上、近づくことができなかったのだ。




「わ、私、そろそろ、違うところに行かないといけないから」


 芽瑠は背を向けたまま、いつもより少々高い声を出し、廊下の方へ大きく体を向かわせていた。


「本当に私、行かないといけないところがあって。だから、ごめんね」

「ちょっと、待って」


 優斗は衝動的に彼女を引き留めようとする。

 けど、その前に芽瑠は廊下を走って行く。


 優斗は、彼女を追いかけるように廊下へと足を踏み出すが、芽瑠の後ろ姿が遠くに見えた。

 意外と彼女は足が速いようだ。


 だとしても、ここで諦めてはいけない。


 こ、これは追いかけるしかないよな。


 走りだそうとしたが、疚しい感情が湧き上がってきて足の動きが鈍くなる。

 そうこうしている間に、その廊下には彼女の姿はなくなっていた。


 優斗は一応、階段のところまで向かうが、そこに彼女の姿はもうない。


 廊下の近くにある窓からは外を覗き込む。

 しかし、その校舎の中庭にはもういない。


 本当にもう、どこかへ行ってしまったのだろう。


 心に迷いが生じていて、一歩踏みだすのが遅れてしまったことが敗因だと痛感する。


 今さら追いかけてもどうにかなりそうもない。


 優斗は力なく、肩から力を落とす。


 終わったという感情に酷く襲われるのだった。






 優斗はトボトボと部室に戻る。


「どうだった?」

「どうって。そんなこと、聞くなよ……」


 南奈は察してくれたようだ。


「でも、この機会だし、別れるとかは?」


 わかっているのに、そんなセリフを告げるなよと思う。


 全然心配しているような態度じゃない。


 優斗は、そんな彼女の姿勢にイラっとした。


「……」


 優斗は無言を貫き通そうとする。

 今日は本当に嫌な日だ。


 こんな部活、やめてやると思った。

 それほどに精神的に嫌気がさしていたのだ。


「でもさ、あの子だってさ、あなたの事、好きじゃなかったみたいだし」

「……え⁉」


 優斗は遅れながらも、驚きの声を出す。


 南奈のセリフには耳を傾けないようにしていたが、そう思いかなくなった。




「そ、それ、どういう⁉」

「そのままの発言だけど? まあ、何となく告白したとかって」

「い、いや、そんなことはない」

「それはあなたが騙されやすいから、そう感じただけじゃないの?」


 次第に、南奈の態度が豹変してきているのが分かった。


「というか、今日の態度が変だな」

「そう? でも、優斗こそ、授業時間とか、おかしかったじゃない。ボーっとして、上の空っていうか」

「しょうがないだろ。俺にだって、色々あるんだし」

「へえ、考え事?」

「いいだろ」

「考えるってことは、もしや、あのことが分かったとか? 昔のこと」

「少しは……」

「へえぇ、そうなんだ。じゃあ、約束とかも思い出してくれたってこと?」

「は? いや、そんなのしたのか?」

「したって。そこはまだ、わからないか。ちょっと残念かも」


 南奈は軽くニヤニヤしている。

 それと同時に、気楽そうな笑みを浮かべていた。


「でも、わかったらさ、教えてよ。まあ、今日の部活はこれで終わりにするからさ」

「お、俺だって、そのつもりさ。こんな部活」


 こんな下らない部活に入っていなければ、芽瑠との関係が崩れる事なんてなかった。


 優斗は不満を抱いたまま、部室から立ち去るのだ。

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