第4話 俺はもう逃れられないかもしれない…

 放課後。

 やっと終わったという解放感。


 授業というのは息苦しく感じるものだ。

 でも、今はそんなことを考えなくてもいい。


 あとは、帰宅するために必要な準備をし、目的地となる場所へと向かう。

 ただそれだけである。


 けど、中村優斗なかむら/ゆうとにはまだ、やるべきことが一つだけ残されていた。


「……というか、俺一人だけか」


 時計の針が四時四五分を示した頃合い。部活に向かった人や、普通に帰宅した人ばかりで、教室にはもう誰もいなかった。


 夕方寄りの太陽の日差しが、室内に入り込んでくる。


 無駄な時間を過ごして、大切な時間を潰したくない。


 優斗は席に座り直すと、グッとシャープペンを握った。


「早いとこ、これを終わらせないと」


 本来、帰宅の準備をするだけだが、今日は日直であり、優斗は席に座って日誌を書いていた。


「こんなものかな」


 優斗は一通り書き終える。日誌の内容を確認した後、席から立ち上がり、通学用のリュックを背負う。

 後は、この日誌を担任教師に提出するだけ。


 この後、やることが山積みなのだ。


 先早に教室から立ち去り、軽く廊下を走って移動する。


 芽瑠はすでに、学校近くの公園で待っているのだ。

 ダラダラと歩いている暇なんてない。


 優斗は息を切らし、進む。


 現状、生徒会役員はおらず、廊下を走って移動してもバレなければ問題はないだろう。


 今は爆乳彼女の結城芽瑠ゆうき/めるのところに行くのが重要なのだ。


 駆け足で階段を下り、職員室の扉前まで向かう。

 そして、呼吸を落ち着かせるため、一度深呼吸をしてから、その扉を開けるのだった。






「まあ、いいわ。こんな感じで。というか、他にやることはないでしょうし、帰ってもいいわ」

「いいんですか?」


 優斗は確認のために聞き返す。


「ええ。ずっと学校に居させる理由もないし」


 職員室内。

 椅子に座っている担任の女教師は、自身の机に広げた日誌を確認するように見、あっさりとした口調で言う。


「わかりました」


 顔で嬉しさを表現しないように、優斗は心の中でガッツポーズを決めていた。


 あとは一刻も早く、彼女のところへ行こう。


 本当の意味で感じられる開放感。


「ん? そういやな」

「やっぱり、何かあったんですか?」

「いや、何かな。あの子が、部室に来てほしいとか言ってたな」

「え? あの子とは?」


 担任教師は悩みこむようにして。


「夏理のことだよ。同じクラスの。なんか重要な用事らしいとかなんとかって」

「そう……なんですか?」


 優斗はモヤッとした感情を抱いてしまう。


 今日は早く帰宅したいだけだったのに。

 どうして、こんなにも足止めを食らってしまうのだろうか。


 しかし、行かないと行かないで、明日は面倒になるだろうし。

 夏理南奈なつり/ななとは同じクラスで席も隣同士。


 しょうがないか。


 会話と言っても、少しで終わるだろうと考え、部活棟の方へと足を向かわせた。


 それにしても、何の用事なんだろうか。

 面倒なことでなければいいのだけど。




 優斗は中庭を通り、部活棟へと足を踏み込む。


 担任教師曰く、夏理がいる場所は二階らへんと言っていた。


 優斗は高校に入ってから部活とかもやっていなかったこともあり、殆ど建物の間取りを知らないのだ。


 迷いながら階段を上り、目的の階へ。


「えっと、確か……ここかな?」


 優斗は辺りを確認しつつ、廊下を歩いている。

 すると、突然誰かに右腕を掴まれ、気づいた頃には、優斗の体は右側の方へと誘われていたのだ。






「ねえ、ようやく来たんだね」


 真っ暗な一室。

 そこはカーテンで閉め切られた環境下。

 優斗はその部屋の床に押し倒されていた。


「い、いきなり何?」

「私だけど?」

「え?」


 声を聞くと、聞き覚えがある。


「夏理さん?」

「そうよ」


 暗くてわからなかったが、隣の席の夏理南奈らしい。


「それで、何のよう? 俺はもう行かないといけないし。ここに長居はできないから」

「行かせないし」


 夏理は、仰向けになっている優斗の腹の上に馬乗り状態になっている。

 故に、身動きが取れない状況だった。


「な、なんで?」

「だって……」

「だって?」

「な、なんでもないし」

「どういうことだよ」


 光も殆どない状況で、彼女の表情がよくわからない。


「まあ、いいでしょ。それよりさ、あんた、この部活に入らない?」

「この部活?」

「そうだけど」

「そういえば、なんの部活?」

「オカルト的な」

「そ、それは遠慮しておくよ」

「どうして?」

「俺にはやることがたくさんあるんだ。だからさ」


 オカルトと聞くと怖いという印象がある。

 だから、拒否気味に断りを入れたのだ。


「そんなに芽瑠と付き合いたいの?」

「なんで、それを?」

「それくらいわかるわ」

「逆に怖いんだが」


 芽瑠との約束は、誰もいないところでしていた。

 それだけに恐怖心に襲われてしまいそうになる。


「じゃあ、なんで付き合うことにしたの?」

「それは……」

「それは?」


 おっぱいが決め手になったとかは言えない。


「なんなの?」


 南奈はしつこく聞いてくる。

 面倒に感じるのだが、ここはなんか言った方がいいだろう。


「それはさ」

「もしかして、おっぱいとか?」

「え?」

「図星?」

「ち、違う」


 優斗は焦った感じに言い直す。


 南奈の顔は見えないが、目の前にいる彼女からの嫉妬染みた視線を強く感じてしまう。


「じゃあ、私も見せたら、興味を持ってくれる?」


 彼女はとんでも発言をかましてきた。


「いや、いいから、そういうのは」

「でも、好きなんでしょ?」

「そういうわけでは」

「じゃあ、嫌いとか?」


 なんか、色々と面倒になってきたと思う。


「じゃあ、ちょっと待っててね」


 そういうと南奈は比較的おとなしくなった。


 優斗はこの瞬間を狙い、面倒になる前に暗い闇に染まった部屋から逃げ出そうとするのだ。


 でも、動こうとすると腹の辺りに彼女が重量をかけてくる。

 そうこうしている内に、部屋の電気が点灯した。


 それと同時に、辺りが照らし出され、優斗の瞳に肌白いものが映る。


 優斗は見てしまったのだ。


 彼女のおっぱいを――


 しかし小さい方であり、嘘でも大きいとは言えなかった。


「これでどう?」

「ど、どうって……俺、み、見てないし、そろそろ行かないといけないからッ」


 優斗は両手で目のラインを隠す。


「でも、見たよね」

「んッ」


 優斗は言い逃れできない状況。


「だから責任取って、入部してよ」


 視界を遮っているが、南奈からの圧を感じていた。


「いや、でも、不可抗力だから……」


 優斗は顔を隠したまま話を続ける。


「じゃあ、この件を皆に言うけど?」

「それは困るから……」

「じゃあ、今日は私と一緒に過ごしてくれない?」

「……」


 終わった。

 と思う。


 こんなのどう考えても不可避だろ……。


 優斗の脳内には、絶望の文字が浮かび上がるのだった。

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