8 「俺がいない間浮気するなよ」
弱いなら弱いでいい?
いいわけがない。弱ければ殺されてもおかしくないような身の上で、これから一生一人で戦って生きていくのだから。
悪意。敵意。殺意。
同じ人間から、魔王の祝福を受けた者だからという理由だけで悪感情を向けられるのはいつまで経っても空しいものだ。
仕方ないと理解しながらも、理不尽だと怒りを覚える。もちろん、人間の彼らにではない。彼らのせいではない。
第二騎士団の訓練場の中央で、シェノンはため息をついた。
周囲には、第二騎士団の団員が残らず意識を失い地に伏していた。
これはどうして去るのが最善だろう。放っておいてもいいのだろうか。彼らを見下ろしながら、シェノンはぼんやり悩む。
「第二騎士団にいると思ったら、どういう状況だよ」
「……レナルド」
顔を上げると、隣に忽然とレナルドが現れていた。
魔術で現れたのだろうが、すぐ隣という正確さに『これ』に追跡機能も入っていたなとシェノンは腕輪を見下ろす……と、腕輪にヒビが入っていて驚く。
「腕輪が壊れたから何事かと思った」
「わざとじゃない」
今気づいた。たぶん、模擬戦で使った魔術の強力さに耐えられなかったのだろう。
シェノンは焦って口早に弁解する。
「ああ、シェノンもそんなことして俺がどうするか考えないとは思えないからな」
「……どうするんだか」
聞きたくはないので、シェノンは小さくぼやくにとどめた。
「で、説明」
レナルドが足元の第二騎士団の一人を足で転がし、催促してくる。
蹴るな、と太ももの辺りを軽く叩いてやめさせ、シェノンは簡潔に説明することにする。
「偶々会って訓練相手になっただけ。起きてからろくに体動かしてないから、いい運動になった」
実態を細かく言うのはややこしくなるだろうし、面倒だ。騎士団長から受けた怪我は治しているし分からないだろうということで、穏便かつ嘘ではない説明をしたが、レナルドの表情が一瞬で凪ぐ。
レナルドは、シェノンが欠片も話していない部分を正しく補完したと察せた。第二騎士団長の人となりを知っているのかもしれない。
「レナルド、私もやり過ぎたから、これでおあいこ。何もしないで」
シェノンが釘を刺すと、レナルドは周囲を見渡す。
「……第一位とこの国の民に関しての魔術契約交わしてるのに、ここまで出来るんだな」
「契約に穴を通す方法はある。訓練の類だと合意を得て契約に一時的にねじ込む。でなければあなたの家庭教師中に私は処刑条件を満たしてる。ぼっこぼこにしてたからね」
「うるせえ。これだけしておいて俺のこと言えねえだろ」
「私は集団行動する必要ないし求められてもないから、比べることが間違ってる」
レナルドがまた言い返したげに口を開きかけたが、一旦口を閉じて、「少し、安心した」とぽつりと呟いた。
「……シェノンは、噂もないみたいに流すから、面と向かってつっかかられても抵抗しないんだと思ってた」
八年前以前にシェノンがレナルドと会っていたのはほとんどレインズ家でだった。共に外出することはあっても街に下りるくらいで、王宮などで会うことは一切なかった。
シェノンが周囲に実際にどう周囲に接されているか、接しているか目の当たりにしたことはなかったはずだ。
今回目覚めてから一緒にいて、周囲が遠巻きに視線を向け、噂している様子を見聞きしたところで、シェノンはそれを平然と流したのだ。
「されるがままになってたら、私はとうの昔に殺されてる」
シェノンは微かに笑った。
「言葉はさほど気にならない。けど、痛いのと苦しいのは誰だって嫌でしょ。『この祝福』を理由に疎むのは勝手にすればいいけど、『この祝福』を理由に殺されるのは嫌」
仕方ないと理解し、流せることにも限界がある。呆れと諦め、虚しさが混ざったシェノンの微笑に、レナルドは複雑な顔をする。
「なにレナルド、私が黙って殴られるかもとか心配してたの?」
「シェノンがぼこぼこにやられるところなんて想像できないけどな」
想像できないのに気にしてたのかと、ちょっとおかしくてシェノンは笑う。
「あ、そうだ。それよりレナルド、一戦しない?」
「さっきやらないって言ったのにか」
「いい腕慣らしできたから。勝った方の言うこと一つ聞くっていう条件でやろう」
「昔やったな」
「やったねぇ。基本的にレナルドが勝ったときは授業を潰されたし、祭祀時期と社交界時期には王宮に行かないとか私の範囲外のこと聞かされたっけ」
「それはシェノンが父さんの差し金で仕掛けてきたからだろ。見合いの席とか許してねえからな」
「あー」
レナルドは、一体いつから自分のことが好きだったのか。恨みがましげな目に、シェノンは微妙に目を逸らしてしまう。
「で、シェノンが勝ったらどうする」
「もちろん、この腕輪外してもらうか、魔術をかけ直すのを容認してもらう」
「却下」
「魔術の期間は相談に応じる」
「却下」
「勝つ気ならいいでしょ。私より自分が強いことを確認したいんでしょう?」
顔を逸らして、頑なな姿勢をとっていたレナルドが、少し驚いたようにシェノンを見る。
「……なんか、怒ってるか?」
「怒ってはない、けど? レナルドが弱いなら弱いでいいとか微妙に腹立つこと言ったんでしょ」
「それは──シェノンが敵わない相手がいたとして、俺の方が弱ければ守れないが、俺の方が強ければ守れるからだろ」
シェノンの方が驚く番だった。それも大いに。
完全に不意を突かれて、言い返す言葉がなくなる。
当然守る対象に入っていることに多少反感を抱く部分はあったが、あまりにも慣れない扱いに戸惑う方が大きかった。
レナルドの騎士団の団員も、レナルドのシェノンへの態度や扱いに戸惑っているだろうが、一番戸惑っているのは絶対にシェノン本人だろう。
「……もういいや。戻ろう」
却下されるし、毒気を抜かれることを言われるし、今日もペースを乱されてシェノンは自分の髪を乱す。
結局第二騎士団のケアは全くせず、訓練場から出ていく。
「聖教会からの使者は帰ったの?」
「ああ」
「私のこと魔術で飛ばしたのは、聞かれちゃいけない用件だったから? 私がいると神官が機嫌最悪になるから? それとも私が神官に嫌われてるから私が噛みつかれるのを防いでくれたの?」
「神官のシェノンに対する態度を見たら俺の気分が悪くなるから」
「なるほど」
目覚めてから一緒に行動しているとき、噂されているところを聞いて怒ったのを止めたからか。レナルドは、シェノンがそういう扱いを受けるから、ではなくそれで自分の気分が悪くなるからなどと間接的な言い方をした。
「明日から数日留守にする」
「私留守番? どこに行くの?」
「聖教会でなければ連れて行ってる」
レナルドから聖教会に赴くのはかなり珍しいのではないだろうか。
さては聖教会からの使者が今日、何か用件を持ってきたのか。
「今日のはいつもの説得じゃなかったの?」
聖教会の人間は、事あるごとにレナルドは聖教会に所属するべきだと説得しにくるはずだ。今日の訪問もそうだと思っていた。
「それも言われた。本題は借りるはずのものが、俺が行かないと持ち出せないものらしい。書面で言って寄越せよな」
やはり神官と話すのさえ嫌だったようだ。不快感が露わな声と、仏頂面で言ってから、レナルドはシェノンを見下ろす。
「俺がいない間浮気するなよ」
「浮気って、私とあなたが付き合ってない限り発生しないものよ」
「は?」
「そんな威嚇しても無駄。私受け入れてないから」
そこに認識誤りがあるのは困る。レナルドが舌打ちしたので、認識に齟齬はなかったらしい。
「魔術もかけ直すなよ。隠れてかけても分かるけど、もしもかけ直したら絶対解いてもらうし、なんなら俺が解くし、覚悟してもらう」
「……たち悪ー」
本当にたちが悪い。覚悟の内容も聞きたくない。シェノンはぼそりとぼやくしかない。
「ちょっと待って、それより私その間寝れないよね。いやレナルドと寝てる現状も不服なんだけど」
「だから出来るだけ早く戻ってくる」
「魔術なしで不眠でいろって? 鬼畜なの?」
「俺と寝るありがたみをシェノンが感じると思えば、俺はいい機会だとさえ思う」
「……代わりを見つけてやる」
「おい、俺以外の奴と寝たら、俺がそいつの存在消すぞ」
「誰も人間の添い寝試すって言ってないでしょ……」
レナルドが本気で存在しない誰かを殺めそうな目をしたので、シェノンの頭は痛くなるばかりだった。
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