第2話 参りましょうか、妹様
私が能登回公爵と婚約していると知った彼女は、気まずそうに「お幸せに……」と言って、それ以上私の顔を見ることはなかった。
それでいいのよ。誰が婚約した、誰が結婚したなんて結納業者じゃないんだもん。どうでもいいわ。
私はいそいそと指輪を手袋に隠すと、踏ん反り返って椅子に座る。
「ホノカ様、足」
「いいじゃない。お父様もいらっしゃらないし、我が家の次期当主様はまだまだ海の上よ? いつ降りていらっしゃるの?」
「梯子が掛けられたので直にこられるかと。なので今のうちにお立ち上がりください。先頭はこの花江塚家に決まっていますから」
「そうね。うちの金で作ったんだもんね」
目の前の鉄の塊を大きな船と呼ぶには、あまりにも陳腐すぎる。
目の前の大船は戦艦。
戦う船だ。
我が花江塚家はこの帝国を守る軍事産業に多くの資金を提供している。この目の前の戦艦だって我が家の資金で作られたと言っても過言ではない。
元々随分と昔の将軍に支えていた時から、花江塚は戦の要だったらしい。つまり、花江塚はゴリゴリの戦闘民族なのである。
その子孫も例外ではない。
いや、例外か。私だけ、その才はなかったわけだし。
別に力が欲しいとは思ったことないけどね。暴力的なことが嫌いよ! それでは何も解決しないわ! なんて、ことはこれっぽっちも思わないけど、私には力よりももっと欲しいものがあるもの。
「ホノカ様、花束を」
「あら、素敵。薔薇の花束じゃない」
長い旅路からの帰還で花束を渡すなんて、どんどん海外かぶれになっていくのね。
私だったら花よりも早く休める宿の鍵を渡すわ。そっちの方が随分と合理的よ。
「何か不満でも?」
「コハルの方が不満そうな声だこと。私の代わりに渡す役やる?」
「結構です。私は、花江塚家の次女ではないので」
「あら、残念」
花江塚家の次女ね。
結婚できない方の女。
じゃない方の娘。
「ほら早く立ち上がって。お見えになりましたよ」
コハルに背中を叩かれて、私はまた満遍の笑顔を作る。
私こんなにも醜女なのに。
「お姉様ーっ! おかえりなさいませー!」
「ホノカっ!」
船から降りた真っ白な軍服を纏った美しすぎる軍人が私の元に走ってきた。
「ホノカっ! 元気だったかいっ!?」
くったのない嘘のない笑顔で私を抱き上げクルクル回る。
そう。この人こそが、私とは対照的な美しすぎる海軍を率いる豪傑な姉、マコトである。
私は美人な母に美男な父、そして美しすぎる姉がいる花江塚家で唯一のブスだ。
人が二度見するほどのブス。
本当ブス。しかも骨が太いのか体のいたるところが太い。
お母様、健康に産んでくれてありがとう。お陰で病気ひとつもしたことがない。
けど、出来ればもう少し、もう少しだけ顔の成分を分けて欲しかったなと思わないこともない。
「ホノカ、少し大きくなったかい?」
お姉様、それ十七の女子には禁句ですよ。
「……お姉様が大きくなられたのですわ」
「そうかな? ホノカはいつでも小さくて可愛いお姫様だったから、大人の姿に戸惑ってしまったのかな? そのドレス、私が誕生日に送ったドレスだろ? とても似合ってるよ。どこの国の姫が紛れ込んでしまったのかと思ってしまったほどにねっ!」
「はははー」
そうですわね。
見せ物小屋の金色の猿よりは目立つほどにはね。
因みに、うちの家族はみんなこの調子だ。
父も母も私のことを可愛いやら小さいやら、か細いやら。まるで可愛い人形でも愛でてるかの様に愛してくれている。
それがまた辛い。
世間とのギャップが辛い。
家族の贔屓目が辛い。
か弱いと周りに言ってるけど、毎日浮世離れした筋トレしてる人達と比べたら弱いかな……。ぐらいで別にか弱くはない。腕立て伏せが数回出来るぐらいの普通だよ。あと、骨格は太いから外から見れば何処もか弱くない。
寧ろストイックな生活を送っている姉と父達の方が私のご立派な建造物体系よりも細いので華奢に見えるし。
いや、違う。
私の骨格のせいなのは間違ってる。
おかしいやろ。そんなもん、全世界美男美女引き立て選手権一位になっちゃうでしょ。こんなに世界は広いのにそれは可笑しい。宇宙人がいるかいないか論争じゃん。
お姉様やお父様達の美しさはどう考えても対比で輝くもんじゃない。
あれは自前。
その自前の顔効果もあるでしょ。
世の中の美男美女ってやつは顔がシュッとしていることで有名である。
我が家のツラが良過ぎる人たちも漏れなくシュッとしているのだ。
人間先端に向かうにつれ細く長い方がより細さを感じてしまう心理が働くのだ。
その効果を利用して、姉達は筋肉モリモリでも細く見えるんじゃないだろうか?
え? 私?
手足短い系のぐんぐりむっくりですけど?
「お姉様ったら本当に口が上手いですこと」
「口喧嘩でホノカに勝った記憶はないのに?」
「口喧嘩すらしてくれないじゃない、お姉様は。すぐに謝るのだからっ!」
でも、まあ、好きなんだよね。私も、この姉が。
結構無茶苦茶な人なんだけど、妹の私から見ても強くてカッコいいし、可愛いポンコツなことろもある。
お姉様だけじゃない。
いつもさ、家族のせいで散々なこと言われるよ。
私だけ醜いからね。
どうしても石ころと宝石を比べるみたいな話になってくる。
恨まなかったことは一度もないと言えば嘘になる。嫌いだと思わなかったと言えば嘘になる。
けどさ、姉も父も母も、何も悪くないんだよね。
あ、勿論私もね! そこら辺勘違いするとややこしくなっちゃうものね。うん。
でも、そんな私のことを大切に愛してくれる家族のことを私は誇りに思うの。
だから嫌いじゃないのよ、家族のこと。
「はは、ごめんね。そうだ、謝りついでに一つ謝ってもいいかな?」
「今度はなあに? また抱えきれないぐらいのプレゼントを買ってらっしゃったとかはなしよ?」
しかも皆んな、今着てるドレスみたいに恐ろしく似合わない服とかね。洋服体型じゃないから、私。
「そうしたかったけど、なけなしの自制心が働いから安心してくれ」
もっと自制心を貯めてくれよ、マイシスター。今ここで使い切るな。次の航海そんなに遠くないんだから。
「では、なあに?」
「それはね、一人私の部下を家で預かりたいと思ってるんだ」
「え?」
部下?
「木之下っ! 我が家の姫に挨拶っ!」
いや、我が家の姫とか大声で言われるのめっちゃ拷問なんだけど。
てか、そろそろ下ろしてお姉様。どんだけ腕の筋肉強いのよ。
私が姉に抗議の視線を送っていると、姉より少し背が高くヒョロい軍人が私たちの前でピタリと足を揃えて敬礼する。
「はッ! 申告いたしますっ! 私は海軍花江塚少佐部隊所属の木之下と申しますっ!」
木之下?
きのした?
「これが今日から家に厄介になる部下だよ、姫」
「姫ではありませんが、お父様が承諾しておられるならば私には何も問題ありませんわ」
まあ、嫁入り前の娘のいる家に、若い男を……とは思うけども、そこら辺はなんもないっしょ。
私はこの顔。お姉様はその力。
問題起こそうにも起きる気配すらない我ら姉妹。無敵すぎんか?
「木之下様。花江塚マコトの妹、ホノカでございます。短い期間の滞在だと思いますが、どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「貴女がホノカさんですね。花江塚少佐からよくお話を伺っております。どうぞ、よろしくお願いいたします」
どんな話かは心底聞きたくない。
私は姉からようやく解放されて、木之下さんの差し出した手を取る。
握手ってやつか。女学生の時に友達とはやったことあるけど、知らない人、それも異性とは初めてかも。普通この国ではお辞儀文化だしさ。
海外の挨拶って言うし、海外慣れしてんだろうな。
いいなー。海外。
私も行きたい。
のんびりと野望に想いを馳せていると、握った手を木之下さんがじっと見ている。
なんだよ。
手汗か?
お互い手袋してんのに手汗感じる? 湧き出てる感じか?
「あの、何か……?」
流石に手汗やばみですか? とかストレートは投げれない。
何故かって? お前がやばみだろってデッドボールで返されること必須だからだよ。
「あ、申し訳ございません。女の人にしては手が太いなって思ってました」
は?
お?
は……?
なんだ? こいつ。お前がヤバみか?
「失礼でしたか?」
そう言って、木之下さ……、いや、敬称いらねぇだろ。略せ略せ!! この木之下が満面の笑みで私を見る。
はぁー?
お前、お姉様の美しさの足元にも及ばない塩顔しやがってるのになんだ? やんのか?
「まさか! 貴方様が失礼ならば私も失礼になってしまいますわ! 私も貴方が男性軍人さんなのになんて女性の様にか細くてか弱い手なのかと私も思っていたところですもの」
あ、今こめかみ動いたじゃん、木之下。
うぃー! お前からはじめた喧嘩だかんな? 絶対にこっちから折れたりしねぇーからな?
口喧嘩? 泣くまで追い詰めてやっから覚悟しろや。
「はは、お恥ずかしい。そうだ、妹様は花江塚少佐殿に似ていらっしゃないのですね」
はいっ、親の顔よりみた煽り。
「ええ。私も姉もこんなに違うのかと笑い合うほど似ておりませんの。でも、木之下様はさすが軍人様ですわ。中々皆様気付かれないのに、わざわざそれを私に教えて下さるなんて。鋭い着眼点と優しい心をお持ちなのねっ」
みんな言ってるに決まってるとかわからん? わからんのか? どう見ても似てないのをわざわざ本人に伝えるぐらいなことしかわかんかー! わかんないのかー!
はっ。
お前の思考まじで凡人。
そんな誰でも思いつく言葉で何マウント取ろうとしてんの? だっさ! オリジナルだと思ってんの?
尻尾巻いてさっさとお姉様の後ろに隠れな、坊や。
「いやはやそう褒められるとお恥ずかしいものですね。鋭い着眼点なんてとんでもない。近くに来るまで妹様とは気付かないほど愚鈍な男ですので」
お? なんだ? 似てないネタ引っ張るのか?
姉に比べて妹はブスネタ引っ張るのか?
「あら、そうでしたの? きっと目が悪いのね。私、よい眼鏡屋を知っておりますわ。お近づきの印に是非とも紹介させてくださいませ」
「それは有難い。妹様が勧めるぐらい腕のいい眼鏡屋の眼鏡をかければ、人の心の見えしまうかもしれませんね」
「まあ、それは大変! 家中の鏡を片付けておきますね」
自分の心の汚さに悲鳴をあげられたら迷惑だからね。
「こらこら、木之下。うちの姫を独り占めするんじゃないよ。報告は既に終わってるから、一緒に帰ろう。馬車はどこだい?」
「それならば、私が案内いたします」
「ありがとう。ほら、二人とも遅れないっ」
「はッ!」
そう言って木之下は糸も簡単に私の手を離す。
軍人は階級が全てだから、階級が上なお姉様の言葉は木之下にとって絶対なわけで。
なんだよ、こんなにも喧嘩売ってきたくせに。
なんともモヤモヤする終わりじゃん。別にいいけど。続けても負けなかったし。
「さあ、木之下様。お姉様に続きましょう」
何事もなかった様に木之下を振り返れば、ゾッとするほどの冷たい目がそこにあった。
「え」
何、よ。
何なのよ。
私が固まっていると、木之下は小さく笑って帽子を被り直したらまた挨拶をした時の彼の顔をしていた。
「そうですね、続きましょう」
そう言って、木之下は荷物を持ち私の横を通り過ぎて……。
「ああ、そうだ。船が浮くのは中が空洞で空気があるから。そんなことも知らずにいる赤ん坊以下は初めて見るよ」
は?
私は木之下の言葉に振り返ると、彼はまた最初の顔で口を開けた。
「さあ、参りましょうか。妹様」
馬鹿にされた?
はぁー!? 何なのこいつ!
でも、船浮く仕組みは教えてくれてありがとねっ!!
でも、何か腹立つー!!
悔しい気持ちを押し殺したふりをしながら後ろを歩くと、ふと私の目に店に入る三枝山さん……、じゃないや。黛橋墨さんを見かけた。
おや、私の提案を本当に受け入れてくれたのか。まあ、悪い提案じゃないし問題ないけど。
そう言えば、黛橋墨家の人間に海軍上がりはいないはずよね。
一体誰の迎えで来たのかしら?
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