おごさま

こむらさき

1:さあや

 会いたいよ。なんで来てくれないの?

 わたしがどうなってもいいんでしょ。だってお仕事だもんね、わたしと一緒にいるのは。

 会いに来てくれないなら死んでやるから。


「だからぁ、そんなこと言われても無理だって」


 電話口から聞こえるカイトの声からは、めんどうだって気持ちが滲み出ているのが、鈍いわたしにもわかる。

 がやがやとお店の喧騒が電話越しに伝わってきて、お腹の辺りがぎゅって掴まれたみたいに痛くなった。


「俺に会いたくないんでしょ。ならいいよ。飛べって」


 わかった。じゃあ、飛び降りる。

 今ね、第三トーワビルにいるから。


「そっちの飛べじゃねえって。なんでそうなるんだよ」


 だって飛べっていうからじゃん。

 わたしにむずかしいこといわれてもわかんないよ!


「売り掛けを飛んでもいいよ。それで俺が苦労して、ハヤトさんに詰められてもさあやにはなんの関係もないもんな。わかった。さっさと消えていいよ。消えろカス」


 そんなことしたいわけじゃない!

 わたしはただカイトがわたしのことを見てくれればいいのに!

 なんでこうなっちゃったのかわかんない。死にたい。


「じゃあさ、俺が自腹でシャンパン入れるよ。お前が頼んだってことにして。だから店に来いよ。一杯飲んだら帰って良いからさ。売り掛けも、とりあえず千円だけでも払ってくれればいいって」


 泣いてぐちゃぐちゃな顔だから会いたくない。目も腫れてるし。

 でも、カイトの声が急に優しくなって、ちゃんとわたしのことを心配してくれてるんだって思った。

 だから、屋上へ続くドアノブから手を離して、踊り場の隅にうずくまる。


「何時にこれそ?」


 0時までにはいけそう……とだけ答えてわたしは通話を切った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る