よなよな
むしやのこどくちゃん
ばれんたいん
いろんなバレンタイン・短編・別所から再掲分
① 朝未だき ランデブー
「あ、日付変わったやん」
「ほんとだ」
「……あ、ちょお待ち」
「え、なに。車止めた方がいい?」
「ああいや、そういう意味やないけど」
「じゃあなに?」
「まあまあ、そのまま運転しといてや」
「はいはい。変なことしないでね、ユウキくん」
「信頼ないねぇ。―ていうかもう、十分変なことしてるけどな僕ら」
「それもそかうか。ごめんね俺のせいで」
「気にしんときぃ、きっとね、君がやらんかったら、僕がやってたよ」
「そっか」
「お、あったあった、ほい」
「いや今運転してんだけど……、チョコ?」
「そ、ほら、今日バレンタインやで」
「あー、ふふ、ほんとだ、なんか変な感じ」
「そう?」
「だってさ、今日俺がケーサツ行ってさ、人殺しましたーつって捕まってる間にさ、外ではみんなチョコとか渡し合うんだから」
「―僕も今日は取調室なんかなぁ」
「そうとちゃう? きっとユウキくんも色々訊かれるよ」
「嫌やわぁ、サークルに顔出してお菓子貰いまくり計画あったんに」
「……ごめんね」
「いいよ。ほら、チョコ、警察ついていてからでもいいし、食べときや」
「そうだな」
「刑務所って、チョコとかあるんかなぁ」
「わかんない」
「ま、もしないんやったら連絡してや、来年はもっといいの持っていってあげる」
「……ありがとう」
② 朝 魚上氷
始業のチャイムが遠くで鳴っている。私はそれをぼんやりと聞きながら、通学路に面した出窓の前に立ち尽くしていた。なんで家、こんなとこに建ってんだろ。朝っぱらからキャアキャアと楽しそうな声が聞こえるんだもん。ヤな気持ちになるんだ。布団から出られない自分のことバカにされてるみたいな気持ちになるし。
「はーちゃん」
カーテンを開けてみようかと手を伸ばした時、ママの声がした。慌てて部屋の扉に駆け寄って、鍵がちゃんと閉じてるのを確認した。
「なに」
わざと強張った声を出す。こうした方が、ママは学校を休ませてくれるって知ってるから。そういう意地の悪さが嫌になって、ママの次の言葉を待つ間、ドアノブの先の汚れたとこをじっと見つめる。
「あの、はーちゃんの、クラスの子がねぇ」
ドキッとして、一歩後退る。クラスの子が、なんだって。心臓がうるさいから、唇を噛んでパジャマの胸もとをぎゅっと握った。
「チョコ、ほら、今日バレンタインでしょ、もしよかったらって、持ってきてくださったのよ」
「っ、」
口の中が苦い。唇から出る血が、苦い。
「おい、といて、置いといて」
「うん、置いとくね」
カサ、と音がする。なんか袋、みたいなのが多分、置かれたんだと思う。それから、足音が遠ざかっていくのを待って、鍵を静かに開ける。
「あ、」
扉の隙間から見れば、可愛らしい小さな紙袋。私はまるで悪いものを隠すみたいに、さっとそれを拾って部屋に戻った。ベッドに座って紙袋を開く。透明な袋と綺麗なリボンでラッピングされた手作りのチョコレート。みっつ。アルミのカップで溶かしたのを固めたやつ。紙袋を覗いたら、まだ、何かあった。チョコを持ってない方の手でそれを取り出す。
『もうすぐクラス変わっちゃうけど、いつか遊ぼうね』
右下に小さく書かれた名前が、誰のものか、わからない。
「あーあ」
溜息を吐く。メッセージカード投げてみたけど、薄っぺらな紙はひらひらと床に落ちる。手にしていたチョコの、リボンを乱暴に剥がす。アルミカップからナッツの乗ったチョコを取って口の中に放り込む。次は緑色のチョコ。最後に銀のつぶつぶが乗ったチョコ。全部口に入れ終えたら、頬張って、噛む。ガリガリと音を立てて、甘い。また、あーって声出したら、茶色っぽくなった唾液が襟元に垂れた。
最悪だ、最悪だ。せめて、せめて、みんなヤなヤツだったらよかったのに!
空っぽになった袋を投げ捨てて、ベッドに潜り込んだ。何があったわけでもない、何をされたわけでもない。ただ静かに重くなった体を布団の中に押し込めて、ぎゅっと目を瞑った。口の中に残ったチョコレートの味が、酷く私を責めた。
③ 白昼 ひこうきぐも
その日、朝から学校を休むように母に言われた。なんでも、じいちゃんが死んだらしい。じいちゃんの体調が悪いってのすら今日聞かされた僕は、なんだか居心地が悪くて行きの車の中で誰にも何も訊けなかった。スマホをぼーっと弄りながら、ふと思い出して友達に代返お願いしといたくらい。酒巻先生の授業出席必須だし。
「あ」
「どしたの」
「あ、いや、よく考えたら、これって忌引き?ってやつ?」
「そうよ、あら、そうだわ大学に電話しなきゃね。向こうついたらお父さんに電話してもらいましょうか」
「あ、うん、わかった」
僕は慌ててアプリを立ち上げて、やっぱ代返いいわ、と書き込んでおく。それから、手持ち無沙汰になって、窓の外を見詰める。景色がぐんぐんと変わっていく。人の多い道路を抜けて、でこぼこの山道を通る。下る。建物の少ない、開けた田んぼの間を走る。空が良く見えた。雲の少ない青空に、ひとつ、飛行機雲が静かに伸びていく。いつぶりだっけ、じいちゃんの家行くの。前来たのが、高校卒業の時だったかな。じいちゃんからなんか、お金持たされて。適当に口座に突っ込んだから、何に使ったか忘れちゃった。飛行機雲、ぐんぐんと伸びて行って、やがて視界から外れて行った。それから、眠たくなって、僕はそっと目を閉じた。
「よぉきたねぇ」
皺くちゃのばあちゃんは、前あったときよりちっさくなってた。なんか居た堪れない気持ちになりながら、玄関を上がった。ご飯食べる大きな部屋に通される。あたりで大人がバタバタと忙しそうに歩き回るのを聞きながら、座布団の上に胡坐を掻いて、疎外感に漂う意識に目を瞑る。成人したってのに、自分ひとりここで子供みたいで。息が詰まって、苦しくなる。
―ふと、そばにばあちゃんがやってきた。
「ジュンちゃん、あのねぇ、じいちゃんがねぇ、これ」
ばあちゃんが差し出したのは、ここから随分離れたところにある百貨店の紙袋。状況の呑み込めないまま、それを受け取る。
「あん人ねぇ、ちょうどこんくらいで死ぬだろうからって、そんな暗い話よしなさいよって私言ったんだけどね、どうしてもジュンちゃんに買っときたいっていうから、ああいうお店って、結構前から色々売ってるからねぇ、悩んだんだけど、ジュンちゃんほら、前に、好きって言ってたやつね、あったから」
食べたげてね。古風な包みを開けば、良く知らない戦隊ヒーローがあしらわれた缶が顔を出す。ああ、もう。いったいいつの話だ。僕が見てた時代のヒーローでもないし、そもそもこれ子供用のやつでしょ。僕もう大学生だよ。でも、でも。駄目だ。言いたいことはなんにも言葉にできなくて、熱くなる目頭を精一杯拭っても足りなくて。震えた声を絞る。
「ば、あちゃん」
「はあい」
「じいちゃん、病気って、ぼく、しらなくて」
「うん」
「じいちゃん、くる、くるしそうだった?」
「……最後はね、幸せそうな顔してたんだよ」
「そう、そう、そっか、そう、なら、ならいいんだ」
僕は手にした缶をぎゅうっと胸元へ抱き寄せて、それからしばらく、こどもみたいに泣いた。
④ たそかれ 雪の果て
しんしんと雪が、軒先に降り積もっている。あまりに音もなく落ちてくるものだから、いつの間にこれほど厚く堆積したのかと驚かされるほどである。まだ一足と外に出ていないから、それらは踏み荒らされた風もなく、夕焼けの橙色に染まってきらきらと輝いている。私は碌な防寒もせずに、軒先に立ってただ雪の積もっていくのを見守った。さて、後は夜が更けるのを待つだけだ。
―明日、夕方頃行くから、ちゃんと待っててよね
そう言われたのは、もう何年と前のことだろうか。あの日、とっぷりと陽の落ちるまで待っていたのに、あなたは来なかった。どうにも裏切られた気持ちになった私は、その日夕飯に手をつける気力もなく不貞寝した。
「今年はうんとさぶいねえ」
手を擦り、ただ待つ。来ないと知りながら。
―事故に遭ったんだって、しかも、普段の帰り道から外れたところで
誰も理由を知らなかった。あなたがどうして帰路を逸れたのか、遺品にあった菓子類は何だったのか。誰も知らない。いまも、誰も。私以外の誰も。
「待ってますからね、今年も」
雪はまだ降る。冷たい風が荒ぶ。雪は積もる。時折風に巻き上げられながら、積っていく。静かに、しずかに。
⑤ 夜半 剥がれぬ愛を
みんなが寝静まった頃。そっと階段を下りる。
(困るよなぁ、手作りって言うんだから)
名前も知らない女の子から貰ったチョコレート。紙袋の中身を開けることさえ煩わしかった。美味しくできたと思うんです。って言われても。親に見つかって何か言われても嫌だから、しぶしぶゴミ箱の中を漁って底の方へ放り込む。ゴミ箱を元通りにしたら、手を洗う。水が冷たいからちょっと目が覚めちゃった。
あ、後でナオヤに電話してみよ。ゲーム付き合ってくれるかな。手を拭って、僕はまたこっそりと階段を上った。
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