ショートショート集
@cet255
ツッコミしかしない女の子の話
「へいへいへい!」と彼女は叫んだ。
朝の通学路(巨大なソーラー施設が見える郊外の県道)沿いに歩いていた僕の姿を認めると、彼女は小走りにやって来て背中をばしばしと叩いてきた。
「何でこんなところ歩いてるんだっつーの!」
「ここが通学路で学校に行かなきゃいけないからだよ……」と僕は答えた。彼女からよく分からないツッコミを受けるのは慣れっこなのだけど、毎朝代わり映えのしない内容でツッコミを受けるのが若干の苦痛であった。
「というか、何なら僕の方がツッコミ役みたいになってるじゃないか」と僕はぼやいていた。
彼女は僕のツッコミ返しを無視すると、隣に並んで歩き始める。
その向こう側の車道を、古めかしいセダンの乗用車が唸り声を上げながら通り過ぎていく。
隣に並んだ同級生は、僕よりも背の高い細身の女の子で、女子サッカー部に所属していた。浅黒い肌と、すらっとした手足と、そして肩甲骨を縦断するポニーテールがチャームポイントだった。
彼女は首を傾げる。「それってどーゆーことなんだい!」と再び僕の背中を叩いた。
「どういうことなんだって言いたいのは僕の方だよ……」と僕は背中の痛みを堪えながらに言った。「ちゃんと考えたら分かるでしょそんなこと」
「分かるでしょって言われてもなあー。どういうことなんだい! としか言えないよ」少しだけ気落ちした表情で彼女は僕を横目に見た。
僕は溜息を吐いた。
青空が広がっている。見渡す限りに殆ど何もない一本道の道路が続いていた。
郊外のメガソーラー施設は、やたらと日照量だけは多いこの町へと数年前に誘致された施設だった。この辺りには施設の関係者くらいしか人の行き来は無く、朝まだきの時間となるとまばらに学校へと登校する学生の姿と、時折通過する通勤用の車両が見られるだけだった。そういう意味で――この場所が歴然とした『郊外』であり発電施設を作るのにうってつけであるという意味で――ここに発電所を作ることには様々な人々が同意していた。発電施設を基点にして町の財政は潤うと二年ほど前に前市長(かつ現市長)が熱弁を振るっていたのを思い出すが、未だに目に見える実感は現れていない。
「何で黙ってるんだよう!」と再び彼女は背中を叩いていた。僕は思わずつんのめるくらいの衝撃を受けた。
痛みが引く頃になって僕は前屈みになっていた体を元の状態に戻す。
「前々から思ってたんだけどさ」と僕は言った。若干恨みがましい目で彼女の方を見つめながら。
「何だい!」と彼女は明るく答える。彼女が浮かべる表情の九十%は笑みであり、また八%は空腹を訴える表情である。先程のようなしゅんとした表情は残りの二%に当たる。
「xxのツッコミって、ツッコミというか大体質問文を大袈裟な動作と一緒に叫んでるだけだよね。それってそもそもツッコミって言えないんじゃないかな」
「そうそう、君の言う通り――って、これじゃあまるで私よりも君の方がツッコミ役みたいじゃないかい!」
再びばしっと彼女は僕の背中を叩いた。それはさっきから僕も言っていることだった。
その後暫くの間、学校まで続く閑静な県道の道を共に歩いていた。その間、彼女からのツッコミは鳴りを潜め、時折車が通りかかる以外に静寂の続く、僕としては居心地の良い時間が続いていた。別に、彼女の声や癖が煩わしいわけではなかったが、僕は喧騒よりも静寂を好むタチなのである。
「昨日のテレビ見た?」とそんな静寂を破る彼女に、ちらりと視線を向けると、「見てない」と答えた。僕は数年前からラジオファンなので、必要ない限りテレビを殆ど見ないのである。
「何で見てないんだい!」と流石に僕の背中を叩きはしなかったものの彼女は叫んでいた。そして、心底不思議そうに首を傾げながら「何でラジオなんか聴くんだい?」と尋ねていた。
彼女に尋ねられて、僕自身も不思議に思われて来た。何故ラジオなんだろう?
暫く黙考していると、「自分でも知らないんかい!」と彼女の元気なツッコミが飛んできた。先程から続いていた理不尽ツッコミに比べると、幾らか正統派のまともなツッコミだった。
「何でだろう。情報量が少ないからかな?」
「だったら何で耳と目を塞いで生活しないんだい!」と彼女は叫んでいた。極端な話ではあったが、情報量が少ない状態が必要条件ではないだろうという指摘としては、一応筋は通っている。
僕は暫く考え続ける、何故僕はラジオが好きなのだろう? 朝の登校時間中に雑談の一部分として終わらせるには大柄な疑問点だったが、僕は彼女が退屈しない内に素早く回答をまとめ上げなければならなかった。彼女はとても飽きっぽい性格なのだ。
「ほら、純粋な聴覚のみのやり取りって、プロの芸人にしかできないものだろ? 視覚とか他の情報に頼ることができないからこそ、プロの芸の見せどころなんだよ」
「へー」と彼女は呟いた。どうやらあんまり聴いてなかったらしい。
僕は少しだけがっかりしながら道を歩いた。折角考えたのに……。
視界の先に学校の姿が仄かに見え始める。彼女は僕よりも目が良いのでとっくにその存在に気付いていたと思う。
「何で学校に毎日通わないといけないんだろう」と僕は何となく言ってみた。別に、深刻な悩みを打ち明けているというのではなく、話の一環でそんな風に触れてみただけである。
「xx、学校行きたくないのお!?」と隣で彼女が絶叫していた。相変わらずリアクションに関しては彼女の表現の幅は豊かだった。ツッコミ芸人よりも、どちらかと言うとリアクション芸人の方が向いているかもしれない。
「いや別にそういうわけじゃないけど……距離は遠いし、授業はそれほど面白くないし、運動も得意じゃないし」
「美人の幼馴染と一緒に登校できるし」
「勝手に付け加えないでよ……」と僕は突っ込みを入れていた。僕は内心呆れていたものの、半分瞑想状態みたいな顔をしている隣の彼女は、僕の心中などつゆ知らず、てくてくと隣を元気に歩いていた。
しかし、不意に何かしらの事実に思い至ったのか、ハッ、と視線を上げ、続けざまに僕の顔を正面から見据えていた。
僕と彼女は束の間見つめ合う。彼女がわなわなと口元をまごつかせていた。
「――って」と彼女が声を上げた。
って?
「これじゃ私がボケてるみたいじゃないかーい!」と彼女はやはり元気よく僕の背中をぶっ叩いていた。それなりに加減しているのか、先程みたいな痛みが走ることはなかったけど。
そして、彼女の発言は僕が常日頃思っていることの反復であった。というわけで、僕は内心思っていたその考えを、満を持して彼女に打ち明けることにした。
「何なら元々xxのことツッコミ役だと思ってないよ……どちらかと言うとボケ役だと思ってるよ……」
「そんなのおかしいやないかい! だって私こうして突っ込んでるよ!?」
繰り返す通り、彼女は根本的にツッコミというものを誤解しているような気がしていたものの、それについて話していると話が長くなりそうだったので、敢えて僕は彼女の発言にツッコミを入れるのを控えることにした。それに、そろそろ学校に着いてしまう。彼女は学校に着いて他の友人と顔を合わせるなり真っ当で社交的な人間に早変わりし、朝や夕方の登校路でのツッコミスタイルはなりをひそめてしまうので、僕としても学校間近の地点では気を遣うところなのである。
「放置せずにちゃんと答えんかーい!」と彼女は再び叫んでいた。
「放置するのもツッコミの一種だよ」と僕は適当に話を合わせていた。すると、隣の彼女が唐突に黙りこくってしまったので、僕がちらりと様子を見ると、彼女は『その手があったか……!』とでも言わんばかりに目を見開いていた。
多分間違った気付きをしているに違いなかったものの、特に僕はそのことに言及しないでおいた。とにかく、続きは放課後になりそうだった。
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