第3話

 男子生徒の遺体を見る。

 頭をつぶされている。

 熊だろうか?

 だが歯形はない。

 少なくとも美海にできるように思えない。


「なにがあった?」


「殺された。あたしたちが外に出られない理由を作ったのがこれ」


「駐在はなにしてやがる!?」


「駐在も村から出られない組。死んだら外から補充される。あたしたちと同じようにね」


「なに言ってんだ? 危ねえのはわかった。おら、帰るぞ! 外に出て自衛隊でも連れてくればいいだろ!」


「は! 笑わせないで! 私たちだって出たいっての! だけど出られないんだって!」


「出られねえってどういう意味だよ!?」


 つい俺が怒鳴るとパイセンがやけに小さな方の布をめくった。


「美海。もっと詳しく説明しろ」


 そこには頭が、半分ちぎれた少年の頭があった。

 残っている耳から血を流し、目は飛び出ていた。

 歯は内から外に折れていた。

 まるで内部から爆発したかのようだった。


「同じクラスの坂本だよ。あいつさ、自分だけ逃げようとしてさ。村から出ようとした瞬間、爆発したんだ。警察の人が残った部分を持ってきてくれてさ」


「は!? ぜんぜん意味がわからねえ……」


「だろうね。あたしだってわからないよ。和也、パイセン、もう帰って! これ以上いたらあんたらも帰れなくなる! あの放送を、あの放送を聞いてしまったら帰れなくなる! もう帰って!!!」


 美海は泣いていた。

 パイセンが他の遺体にかけられた布もめくる。

 女子生徒だった。

 服が一部残っていたが、体のほとんどは欠損していた。


「こっちは歯形がついてる。男子生徒は頭がつぶされてた。犯人は複数か……ところで吐いてきていいか?」


「俺も吐きそう」


 さすがに破壊された人体を眺めて正気でいられるはずもなく。

 二人とも胃液が喉まで上がってきていた。


「その辺で吐きなよ。あたしたちが戦闘以外で死なないようにきれいにしてくれるからさ」


「誰がよ?」


「神様」


 どうやら精神にダメージを負ったのは美海も同じだったようだ。

 一刻も速く連れ出さねば。

 冷静に考えろ。

 全てのピースを組み立てれば常識的な答えが出るはずだ。


「そうか熊だ! 熊が出て美海たちは襲われた。おっさんたちがブチ切れて帰れ連呼してたのも、猟銃持ってたのも、野生動物のせいだったのか!」


「和也、ザウルス志賀の件が説明できてねえぞ」


「じゃあなんだよ。刑務所にいるはずの格闘家に神様! もうわけわかんねえよ!」


「まがつ様」


「ああん? なんだそれ」


「古くからこの村に奉られてる神様だって。まがつ様が飽きないように遊びにつき合ってやるんだって」


「なんだそりゃ、遊びってなんだよ?」


「強者の血で血を洗う戦い」


 そんな神様いてたまるか!


「そんなアホ放っておけ。帰るぞ。オラ、パイセンバイク出してくれ!」


 俺は美海をの手を引っ張る。

 だが美海は女生徒は思えない力で抵抗する。


「もう、無理だよ。だって……」


 美海の顔に黒い模様が浮かんだ。

 それと同時に大昔の、大正時代くらいだろうか。

 西洋のクラシックと日本の歌を混ぜたような。

 大昔の歌が外から流れてきた。

 そしてヤケにかんに障る男の声がした。


「村役場からのお知らせです。武士のみなさん、ゲームの始まりです。今回のゲストは期待の新鋭。プロレスラー、グレート大国いぃぃッ! そして大学生、多聞和也あぁぁぁぁぁッ!!!」


「ふざけんな! ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!!! 神様、夕方って言ったじゃない! 夕方までに二人を帰せば巻き込まないって約束したじゃない!!!」


 美海が叫んだ。

 するとまるで美海を見ていたかのように男が言った。


「美海ちゃん。おこ? 怒っちゃったの? ねえ、いまどんな気持ち? どんな気持ちいぃぃぃぃッ!!!」


「おいてめえ」


 俺が指をさす。どこにいるかわからないので方向は勘だ。


「美海を虐めてんじゃねえ。鼻へし折んぞ!」


「はぁッ!? 今度のプレヤーは威勢がいいなあ! だけどね、そういうやつは真っ先に死ぬんだよ!!! ぎゃははははは! ゲームスタート!!!」


 男が開始を宣言した瞬間。

 ぐらっと地面が揺れた。


「おい、なんか来るぞ!」


 パイセンの声とほぼ同時に床からぬるっとなにかが這い出してきた。

 いきなりだった。

 本当になにもない床から出てきたのだ。

 人間くらいの大きさの二足歩行の生き物。

 体毛はなく目も鼻も口もない。


「なんだこりゃ!」


 パイセンが叫んだ。

 俺は美海の手を引き自分を盾にして逃がす。

 次の瞬間、頭の部分が縦に割れた。

 割れた部分から尖った牙が生えていた。

 どろりとよだれが垂れる。


「ぎちゃああああああああああああッ!」


 女性の悲鳴、金切り声のような雄叫び。

 まるで神経をつかまれているような不快感が俺の脊椎を走った。

 むき出しの敵意。

 野生動物のそれではない。

 明らかに俺たちに敵意を持っていた。

 怪物は信じられない速さでクネクネと揺れながら走った。

 あっけに取られた隙に翔子、女子生徒に近づいた。


「戦わない、おんな。いらない」


 そう言うとがぶりと翔子の頭にかぶりついた。


「いたい! いたい! いたい! ぎゃあああああああああああああッ! おかあさん! おかあさん! たすけて!」


 翔子がこの世のものとは思えない悲鳴を上げた。

 俺はぶるっと震えながら、しゃらんっと剣を抜いた。


「やめろ!」


 俺は後ろから怪物の背中を切り裂いた。

 痛かったのか、怪物はかじっていた翔子を吐き出した。

 そして今度は俺に叫び声を上げながら襲いかかる。


「ぎしゃあああああああああああああッ!」


「この野郎!」


 俺はその口の中に持っていた鞘を突き刺した。

 だがバリバリと鞘は噛みちぎられる。

 そのまま今度は首に斬りつける。

 剣は喉を切り裂き、傷口から青い血が飛び散った。

 さらにもう一撃。

 斬りつけた刃を返し今度は逆から斬りつける。

 殺ったか?

 と死亡フラグをぶち上げた瞬間、怪物の口の中から触手が飛び出してきた。

 触手が俺の腕に絡みつく。

 そのまま俺の頭をかじろうと引き寄せる。

 あ、俺死んだ。


「てめえ、俺の舎弟になにしてやがんだ?」


 ドスのきいた声がした。

 パイセンは怪物の背後にいた。

 ガシッと怪物の腰に手を回し、少し腰を落として力を入れる。


「うおりゃああああああああああッ!!!」


 そのまま後ろから怪物を持ち上げ、後頭部から投げ落とす。

 それはジャーマンスープレックスだった。

 えげつない角度から落とされた怪物は頭から床に落ちる。

 ぐちゃっと音がして怪物の頭が潰れた。

 水色の血が床に広がった。


「パイセン、あざっす」


 礼を言ったが、よく考えるとあの一言が気になった。


「舎弟?」


「おう、大学卒業したら俺の団体に来い。それまでに団体立ち上げるから」


「お断りだ」


 びくんびくんと怪物は痙攣をしていた。

 このまま絶命するのか。

 それともダメージを負っているだけなのか。

 わからないから俺は怪物の体をメッタ刺しにする。

 人間だったら心臓がある場所、刃を寝かせて肺。

 腸、蹴飛ばしてうつ伏せにして腎臓。

 まだ動く、今度は後ろから首に刃を振り下ろす。

 頸椎を切断したのか怪物は数秒激しく痙攣すると動かなくなった。


「おめえ容赦ねえな。和也、死んだよな?」


「殺したはず。ただ野生動物は完全に殺したと思っても反撃してくるらしいっすよ」


「パイセン! これ使って!」


 美海がなにかを持ってきた。

 それは斧だった。消防設備のやつだ。


「お、もうちょっとデカいやつの方が好きなんだけどな」


 そう言うとパイセンは斧を振りかぶり怪物に振り下ろした。

 切断された怪物の首がごろんと転がった。

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