俺の出番だ! 〜異世界でも遅れてやってくる〜
紘(輝夜)
一章
第1話 登場シーンのためなら命だってかける
少年だった頃、ある女の子を助けた。少なくとも俺はそう思っていた。
鋭い夕焼けの光が眼球を差しても手をかざす事すら頭に無かった。
公園の中心で3人の男の子に囲まれながら悲鳴をあげている1人の女の子。正義感や使命感に駆られていた訳じゃない。
いつもの何でもない日常に現れた一縷の希望。俺の人生における全盛期の出発点を予感させられ、知らずのうちに走り出していたのだ。
何に対して必死だったのかは今では覚えていない。目的はどうあれただ女の子を助けたいと言う一心だったのだ。
「おい、やめろ!」
男の子たちと女の子の間に割って入る。仁王立ちの構えに入ってどんな殴打でも受ける気でいた。
今の俺、超カッコいい…なんて、そんな風に思っていたが俺以外の全員が困惑した表情を見せている。そもそも割って入った時点でどよめいていたと思う。
いっときの沈黙を破り、恐る恐る男の子が至って真面目な顔で話しかけてきた。
「学芸会の練習なんだけど…」
「はえ」
俺の脳がショートしていた。いや、とっくにショートしており自分に酔ったせいで周囲を見ていなかった。
雑な作りのワンピースを着た女の子に、三人の男の子も簡易な素材の衣装を着ていた。今思えば誰が見ても演技の練習だったとわかるほどだ。
ただ物心ついたばかりの俺には状況が理解できず、考えに考え抜いてひとつの結論に辿り着いた。
夕焼けに照らされた4人の背中には目もくれず、納得した顔つきで空を見上げた。
「インパクトが足りなかったのか」
それが今の俺を形成した、たった一度の出来事だ。
――――――――――――――
「…アッハッハッハ!こんな恥ずかしい過去が原因とはね!」
「今となってはその恥ずかしい過去のお陰で人生楽しいけどな」
住みたくない街ランキング5年連続1位の街にある山間のど田舎学校で放課後、俺たちは他愛のない話を繰り広げていた。
「そうね。きっとその過去が無かったらアタシも今頃…」
「強盗犯はセーフティを外して無かったから大丈夫だったろ」
目の前にいる女生徒は去年俺が助けた者の一人だ。授業をサボって街のパトロールに出ていると、銀行強盗に人質にされている女性が目に入ったのだ。
強盗が女性を抱えた時、俺はドアの前の死角で張り込んでいた。
強盗犯が客に銃口を一通り向けた後、金を要求するために窓口へ視線を移す。
視線が自身を向いていないその時、満を辞してドアは開かれる。最高のスタートダッシュで強盗犯は足音に気づく。
向けられた銃口に臆する事なく上体を下げた。勢いを殺さずサマーソルトキックで銃を吹き飛ばし、怯む強盗犯は腕を上げたままこちらを見ようとしない。
「後は蹴りで痛めた手をヤツの背中に持って行って固めるだけの簡単なお仕事ってワケよ」
「簡単にできるか!」
「登場シーンのためなら命だってかけるし、筋肉だっていじめ抜く。それが俺のポリシーだからな」
あらゆる状況に対応するために寝る前のイメージは欠かさなかった。無論、銀行強盗への対処も組み込まれている。
思い出話に花を咲かせていたら、夕焼けが二人の顔を差していた。
「あ、そろそろ帰らないと」
「バイクに乗って帰るか?」
「あんたの運転怖いから2ケツなんかするわけないでしょ」
17歳にして普通二輪免許を取得した俺は、更に登場シーンのレパートリーが増えていた。ブレーキターンをはじめとしたドリフトテクニックは全て身についている。
ただ、安全運転の意識は全て抜け落ちているためか2ケツに付き合ってくれない。いつか後ろに女の子を乗せたまま、ジャンプ台を使って飛んでみたいものだ。
「今日も遅くなったしお前はバス帰りだな」
「あと3分で着いちゃうから先出るわね」
「あいよ、明日は匂いキツくないヤツつけてこいよ」
彼女は反応することなく学生鞄を後ろへ垂らしてそそくさと教室を出て行った。一人残された俺は窓の戸締まりと消灯を任された。
夕焼けを遮るカーテンを閉めながら窓を確認し、最後は照明のスイッチを押す。最近の日課だ。
鞄を持った俺は廊下に敷き詰められた各生徒の下駄箱兼フリーボックスの前に立つ。自分の下駄箱を開けてヘルメットと靴を取り出して履き替える。
時計は17時を回っており、校内には生徒のいる気配が全くしない。第一階段を降り、購買近辺の裏口を出ると学校の教職員用立体駐車場につながる。
許可を得てバイクを停めているが、いつもこの時間はお堅い非常勤国語講師に説教させられる。お気に入りの女子生徒を贔屓にしてるくせによく言うよ。
講師の気配を感じつつ裏口のドアを恐る恐る開けると、タバコを吸いながら軽自動車のボンネットにもたれかかる男がいた。ドアが開かれたことを確認した例の非常勤講師は俺を見るや否や近づいてくる。
「おいおいおいおい、今日もバイク通学かおい」
講師はタバコを投げ棄てて靴底で火を消した。
「許可取ってるし免許も持ってるからいいじゃんか」
「ガキは大人しく電車かバス通学でもしとけ」
「金ねンだわ」
「免許取ってバイク買ったからなァ。そりゃ無いわなァ」
このようにいつも子ども扱いして、説教という名の八つ当たりをされる。
別に無視して理事長に告げ口してもいいのだが、今後コイツが他人に問題を起こそうとした時颯爽と登場したいので我慢だ。
問題を起こすまではとりあえず反発して怒りを募らせておこう。
「アレ、そういや今期のテストはアンタが担当ッスよね。もう作ってあるんスか?」
「…フン」
講師はポケットに手を突っ込んで軽自動車に向かって足を運んだ。何もかもダサすぎて噛ませ犬キャラがそのまま三次元にやってきた感がある。
裏口のドアを抜けてすぐ左手にある空きスペースには、真っ黒なバイクが佇んでいた。ハンドルにヘルメットをかけ、大きなタンクバッグに学生鞄を詰め込む。
すると、胸ポケットが小刻みに揺れだす。先ほどの女友達からの通話だ。珍しいこともあるもんだ。
画面に表示された緑色の通話ボタンを押し、耳元に近づける。
「あんだよ」
「…助けて」
「わかった。待ってろ」
俺は即座にタンクバッグからマイク付き無線イヤホンを取り出して接続する。ハンドルにかけていたヘルメットを装着し、サイドスタンドを素早く払う。
その過程で男性の怒号が聞こえたきた。
「食料と金をここに置け!変な気起こすんじゃねえぞ」
このご時世に日本でバスジャックなんてあるのだな。もし俺がバス内にいたらカッコよく取り押さえていたものを。
しかし、ここは構想していた『バイク曲乗りからの飛び移り作戦』を実行するときが来たようだ。
俺は革の手袋を装着しながら話しかけた。
「犯人の目線が逸れた瞬間に窓を開けてくれ。17時12分発のバスは古いから窓の開放制限が無いはずだ」
「まさかアンタ…」
バイクのエンジン音が駐車場に響き渡る。片足を軸に半回転のアクセルターンをしつつ、駐車場の通路を走り抜ける。二本めのタバコを吸っていた非常勤講師を気にも留めず出口に突っ走った。
「今どの辺だ」
「
「51と113どっちかわかるか」
「多分113」
国道から大きく外れて再び戻るとしたら、このまま国道の一本道を進むだけで必ず追いつくはずだ。信号もバスの現在地地点まで無いはずだから速度を通常よりも少しあげるだけでいい。
学校に併設していた駐車場を出て、左右を確認せずに速度を維持したまま右へハンドルを切った。ここら一帯は車の通りが少ないので市内までは安全運転が頭から抜け落ちていても問題ない(当社比)。
片耳からは時折聞こえる赤子の泣き声と怒号が気持ちを逸らせる。ただ作戦を実行したいという理由なはずなのに、速度が徐々に上がっていく。既に交通法など気にしていられなかった。
山の麓まで降りるとだんだん対向車が目に入るようになる。左側には伸びない“ト”型の交差点を二つ抜けると、郵便局の看板が視界に入る。それと同時に通話先から声が聞こえてくる。
「今右側の窓を開けたわ」
「場所は」
「そば屋を過ぎて国道に入っ…」
言葉の途中でノイズが走り、聞き覚えのある声を耳にする。
「おい。変な気起こすなって言ったよなァ」
男の声と共に轟音が耳をつんざく。
いつしか通話先の音が何も聞こえなくなる。
鼓膜が破れたのではない。スマホを奪い取られたのだ。
ふと意識を視界に戻すと見慣れた古臭いバスが同じ車線を通っていた。剥がれかけた広告の上には目出し帽の男が座席に立っていた。手元までは見えないがおそらく凶器で脅しているはずだ。
命の危険と奴の敵意を感じ取り、ヘルメットの留め具を外す。バスはハザードランプを点灯しながら走行しており、遠くからはサイレンが聞こえてくる。バスの後面にある行先表示板には『緊急事態発生』と書かれていた。
猛スピードでバスに横ざまにつけて、窓が開いていることを確認できた。ヘルメットを外して右肩に抱えつつ犯人に悟られないほどの近距離まで近づいていく。
バランスが崩れてバイクが左へと旋回した瞬間俺は窓に左手をかけた。と同時に右肩のヘルメットを投げ入れる。投げ入れる動作そのままの右腕を窓から入れて腕をかける。
既にバイクは大きな音を立てて転げ回っている。目の前には犯人と銃を突きつけられている女友達がいたが、もう思考する暇など無かった。
犯人が構えていた銃に投げ入れたヘルメットが直撃。銃は黒コートを着た男性が座っている席に吹っ飛ばされる。
上半身はバスの中に侵入しており、座席の手すりに持ち替えつつ脚を畳む。今度は両脚を窓にかけて犯人に向かって飛んでみせた。
予定通りの展開に思わず口角が吊り上がっていた。
「俺の出番だ!」
しゃがんだ態勢のあと、立ち上がる勢いのまま手すりから外れた右手を顎に向けて思い切り打ち込んだ。犯人は衝撃で舌を噛んだのか、口から血が噴き出ている。
白目を剥いた犯人はそのまま倒れ込む。静寂の中バス内からはどよめきの声があがり、いつしか賞賛と喝采が包み込む。
登場シーンは最後までカッコよく。肩が脱臼気味だが今は痛みなど全く感じない。
「さっすが」
俺はただ余裕のある笑みを浮かべた。これにて『バイク曲乗りからの飛び移り作戦』の完遂…。
突如として車内に響き渡る発砲音。
脱臼とは比になるはずもない胸の痛み。
口角が垂れ下がり足から崩れ落ちる。
バスの揺れに合わせて通路へと倒れ込む。
車内には人々の悲鳴とひとりの絶叫がこだまする。
「よくも…よくもォォォ!」
手放しかけている意識のなか、再び響き渡る発砲音。身体にのしかかる人間の重み。いつも鼻についていた香水の匂いすら感じぬままに目を閉じた。
――――――――――――――
夕焼けに照らされた部屋。
赤い目蓋を静かに開ける。
白い壁には紅の光彩がよく似合う。
病院のベッドに横たわっているのだろうか。幾許かの違和感は拭えないが、ひとまず状況整理のために上体を起こす。
すると、病院にあるとは思えない赤い幕が垂れ下がった豪勢なベッドで寝ていたようだ。もしかしてバスジャック事件で英雄視されたか。
しかしそんな浅い考えも束の間、鼻をすすりつつ咽び泣く女の声が聞こえた。聞き覚えが無くても理解可能な言語が頭に染み込んでくる。
「ログラールゥゥゥ……」
頬は散々泣き腫らしたのか、夕焼けのせいか分からぬほど赤く染めている。白いブラウスに包まれた胸部のみが開いた青いワンピースを着る女性が俺に抱きついてくる。
訳の分からぬまま俺はこの状況を黙して過ごしていた。目を丸くしたまま、ただ女性の泣き声を聞き流していた。
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