暴く光と鎖す月
秋錆 融華
日誌001
「看守さん!起きて!」
楽しそうな声で目が覚めると、鮮やかなピンク髪の少女に笑顔で刃物を向けられていた。手足を縛られて寝台の上、何の抵抗が出来ようか。
「おはよう、0375号」
「かわいくなーい!ミナコって呼んでよ!」
軽やかに振るわれた
起き掛けの三叉神経に、熱く鋭い刺激。
頬を駆ける一条の赤い線。
何故こんなことになったのか、全く覚えていない。
昨日、先輩看守に「0375号と0087号には気をつけろ」と言われたが、まさか翌日からこうなるとは……
「ここは?」
「ここはヒミツの部屋!ミナコがキズモノにされたのもここだよ〜」
ミナコが左側だけ不自然に長い前髪をかきあげて見せる。目許から頬にかけてを縦断する切創の痕。断裂を上塗りした皮膚が
呑気な語り口にしては、下手人への憎悪が隠し切れていない。歪に固まった笑顔。
「なるほど、ね」
前任看守の誰かが彼女を痛め付けた時の傷だろう。ここは最底辺、左遷に次ぐ左遷の果てに流れ着く掃き溜めだから。そういうことをする奴もいる、そして私もそんな最底辺の一人だ。
「私に何か恨みでも?」
「ないよー、初対面だし」
「じゃあ目的は?」
「もく、てき……?」
「どうして初対面の私を切りつけたのか?ってこと」
「それなら簡単、キレイな顔の看守さんが羨ましかったの!だからキズモノにしてあげた。私とおそろい♪」
「……嫉妬は女を醜くするよ、ミナコ」
敢えて「醜い」という言葉で彼女を挑発した。しかしミナコは僅かに険のある視線を向けただけで、数瞬後にはいつもの笑顔に戻っていた。ただの刹那的快楽主義者や破綻者の類いではないらしい。あるいはそれすらも気まぐれの内。黒猫の尾のようにくるくると変転するミナコの情緒を捉えることは、きっと誰にも能うまい。
「ねぇねぇお姉さん、ミナコにも質問させてよ」
「答えられる範囲なら、どうぞ?」
「お姉さんは何をしてここに来たの?
ここにはマトモな
「囚人を1人殺した。それだけ」
「ふーん、結構アッサリしてるね?」
「別に悔いてないもの。隠すことも恥じることも無い」
「ははっ!おもしろいよお姉さん!看守さんが『人を殺して後悔してない』だなんて、あははっ!ミナコそういうヒト好きだな〜」
「光栄ね」
それ以上は詮索されなかった。以降ミナコの愚痴を聴いたり、少し話をして拘束から解放された。どうやらミナコはこの刑務所に配属された女性看守全員にこの儀式を行っているらしい。
解放された後で先輩から
「無事に帰ってこれてよかった」
とだけ言われた。いつものことだ、頬の傷で察したのだろう。その日はそれで帰っていいと言われたが、別に宿舎に戻ってもやることがないので当直室で日誌を書いている次第。
雑記
明日は0087号に会うらしい。ミナコと話していた時に
「ハナちゃん?あの子はミナコよりもずっとこわいよ〜」
と脅されたので、厳重に警戒すること。
以上。
次回0087
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