第2話 桜色の夢2

 「去年は来れなかったな。仕事が忙しくて」


 桜の木にちょっと言い訳をした。何か、桜の木が優しく微笑んだような気がした。


 太い幹に寄りかかり見上げると、全てが桜色に染まり、あるはずの空も見えない。あるのは桜色の空間だけ。まるで他の世界とは切り離された別世界のようだ。


 桜色の時だけが流れる。今は過去につながり、今は未来と重なり合う、静かな永遠の時が流れる。


 苦しみも哀しみも、絶望も挫折も、涙も葛藤も、恐怖も不安も、全てが融けて美しい桜色に染まる。


 桜色の世界に包まれ、桜色の時に抱かれ、桜色の夢に溺れる。


 瞳が捉えるのは桜色の夢・・・・・

 耳に届くのは花びらの囁き・・・・・


 意識も、ゆっくりと打つ鼓動さえも、桜と同化しひとつに融ける。たくさんの想いや夢を、桜色に染めて融かして、今年も桜色の世界が大きな木の下に澱み漂う。


 樹齢数百年の桜の古木が、無限に拡がる桜色の別世界への扉を開き誘うようだ。


 桜の花びらのなかに、淡く人影が浮かぶ。女性だろうか?20歳位であろうか?長い髪が素敵である。桜色のワンピースか優しげだ。


 横顔をのぞいた。小学6年生の時に好きと打ち明けられなかった、あの娘に似ている。


 かおるちゃん、だったかな?

 とっても優しい女の子だった。


 いじめられた子がいると、その子に声をかけ励まして一緒に帰る。宿題を忘れた子がいると、自分のノートを見せてあげる。泣いている子がいると、自分のハンカチをそっと差し出す。


 目立たなかったが大好きだった。横顔や後ろ姿を見つめるだけだったけど、大好きだった。


 『似てるな、かおるちゃんに』


 かおるちゃんに似た女性。桜の木の下で誰かを待っているのだろうか?桜色に包まれた横顔、ややうつむき加減に伏せた瞳は、何を見つめているのだろうか?


 長い睫毛、長い黒髪、風に飛ばされそうな細い身体の線、腰の後ろに組んだ腕、すんなりと伸びた脚、すべて昔のまま。


 あの頃は145cm位の背の高さだったが、今は160cm位かな?背は伸びたようだけど、桜色の空間に浮かぶ姿は、間違いなくかおるちゃんに違いない。


 覚えてくれているかな?話をしたことさえないオレのこと、覚えているだろうか?


 ぼぉっと見とれていた。どれだけの時間、女性を見つめていたのかわからない。ほんの数秒かもしれないし、10分位かもしれない。


 今でも時々思い出す。かおるちゃんのことを・・・・・


 もう博司も26歳である。14年位前の果たせなかった夢。あの時、せめて気持ちを伝えることができていたら・・・・・

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