第7話 魔法石
――この世界には魔法石と言うものがある。それは前世界――所謂千年前の『世界大戦』――以前の産物で、前世界の人々が持っていた魔力を閉じ込めたものだという。魔力に関しては後々に置いておくとして、前世界の遺産を活用され始めたのが百年前。丁度花開き始めた科学を使い大量生産と大量消費で人々の生活水準を押し上げた。今ではそれが無いとままならない程に生活の隅から隅までに食い込んでいる。
随分前から枯渇が危ぶまれているが、未だに枯渇したという話を聞かないのはなぜだろう。
ともかくとして、そんな魔法石はピンからキリまで。最上級グレードのものになれば、一つで蒸気機関車を世界の端から端まで何周も動かす事が出来ると言われているし、それだけで国家のパワーバランスを変えるらしい。
……。
……は?
「だから、拾ったんだよ。メリルちゃんにあげたくて」
栄養が足りていない為か、やせ細った掌。その上にあるのは赤ん坊の拳程度の石だった。水晶のように透明度は高いが、時折――水が流れ込む様に、靄のようにうっすらと色づいていく。それは赤であったり青であったり、色を変えながらアシッドの手の平の上で輝いていた。
それが普通の石であるはずもなく。私は直接見たことは無かったが、本の中に書いてあった『魔法石』の特徴とよく似ていた。というか――魔法石なのだろう。
しかも。色がコロコロと変わる――一般的なそれは一色である――石なんて……最上級グレードしか考えられなかった。
無い、無い。ありえなかった。
こんな物が『落ちている』なんて。腐っても最上級グレード。誰かが落としたと考えるのが無難だろうか。いや。でもそれも考えにくいのではあるけれど。
大体。最上級グレードなんてこの世に二つもない。
一つはこの国の地下。宝物この中で厳重に保管されているらしいのだが。
……まさか。ね。謎の汗がぶあっと背中に広がるのはなぜだろう。
ほくほくと無邪気なアシッドの笑顔とは対称的に私は石のように固まる。
「……え?」
説明を求める様にナイとシロトを見れは二人ともそれが何なのか知らなかったのだろう。出した瞬間に絶句していたらしい。ぽりと食べていたお菓子が口から零れ落ちていた。
ナイは私の視線に我に返ったようで、口元を引きつらせたまま呟くように声を紡いでいた。
「ろ、アシッドがどうしてもメリルに見せたいものがあるという、から……から」
ナイ何か言えとばかりに、がちらりとシロトの顔を伺う。その視線に漸くシロトも我に返りアシッドを覗き込むと、石をひょいと持ち上げた。震えている手。魔法石自体には毒性は無い。その辺の石ころと同じなのだ。特殊な機械に入れ、燃やさなければその力を発揮できない。ともかく手が震えるのは緊張の為だろう。大金だけでは済まない事を私もシロトも、ナイも分かっていただろうから。
窓の外から降り注ぐ太陽の光。それに石を翳してみたら強く輝いた気がした。
「本物?」
「分かんない――けど。多分? こんな石は他に無いと思うし」
シロトはナイの硬い声に答えると、緊張を吐き出す様に溜息一つ。相変わらず顔色は戻ってこないが大丈夫だろうか。ぽすっとアシッドの手に戻せばアシッドは嬉しそうに笑っている。宝物なのだろう。目をキラキラさせながら私を見つめていた。
興奮しているる為なのか、一人だけこの空気が分かっていないようである。
「凄いでしょう?」
「う、うん」
凄すぎて倒れそうなんだけど。と引きつらせた笑みを浮かべるしかない。
「あの、アシッド? その石は何か分かってる?」
おずおずと口を開くナイになぜそんな事を聞くのだろうと言いたげに小首を傾げるアシッドがいた。
「あ――珍しくて、綺麗な石?」
「……」
魔法石の事はこの世界の一般常識である。何なら義務教育で最初に教えてもらうのが魔法石とそれにまつわる歴史と言われているくらいであった。
けれど、アシッドもまともに通えていないから仕方ないのかも知れない。
アシッドは今でこそ学校に通えているが、もう少し幼い頃はほとんど通うことが出来なかった。病気がちで一か月寝込むことは当たり前。そのおかげで足に筋肉が無く歩くことが長くは出来なかった為である。一時進級すら危ぶまれていたが、ナイとシロト――二人とも勉強に関しては一応優秀である――の協力の元無事進級が出来ていた。
そこに魔法石の事は触れられていなかった、というの少しはおかしいかも知れない。――そうでなければこの世界は語れないのだし。ただ『どんなもの』で『どんな色』ということは教えなかったのだろうと推測できた。その価値でさえも――。
シロトの視線にナイが咳払い一つ。いや。別にナイの所為でもないし、シロトも何も言っていないのではあるが。教えていないという後ろめたさはあるらしかった。
――わ、私の所為ではないもん。と小さく嘯いている。
そんなナイを無視してアシッドの前でシロトが腰を少し屈め目線を合わせる。その体制に何事かとアシッドは少したじろいでいた。少しだけ緊張した面持ちでシロトを見返す。
「アシッド。この世界は『どんなもの』で動いているか覚えているか?」
「さっきから変だよ? シロト兄ちゃん。ナイもメリルちゃんも……」
なぜ私だけ呼び捨てなんだ――といつもの愚痴は聞こえてこない。まぁ、ナイを呼び捨てにするのは私の影響なのだろうが。
「いいから答えて」
ぴしゃりと言うシロトにアシッドはどこか不服そうに眉を顰めた。
「え……あ。ええと。前世界の残した魔法石だよね? それを燃やして機械を動かしているって。って。なんで聞くの?」
とんとシロトの長い指が石を弾こうとして、手前で止めた。年上ぶっているが、そんな所は小心者である。若干引きつっているがアシッドは見ていないようだ。
「ええと。これはなんだと思う? アシッド」
暫く考えて、アシッドは顔をあげた。初めて見るそれに少し興奮したのか頬が紅潮している。
「え、まさか、魔法石なの?」
初めてみた。と付け加えて、ほうっと息を付く。
「ははは。しかも最上級グレードのね……」
いや。もうこれどうするの。捨てる? 捨てればいいの。なんて投げやりに言いながら含み笑いが漏れているナイ。現実逃避中。遠い所を見ているようである。
捨てていいなら、捨てたい気がする。
『最上級』の価値がいまいちよくわかっていないアシッドはまじまじとそれを眺めていた。
「へぇ。最上級――僕は綺麗だから拾っただけなんだけど。凄いんだね、なら。やっぱりメリルにあげるよ」
ぽすっと私の掌に置かれた石は思った以上に冷たい気がした。そして思った以上に軽いが……重い。重い――手が震えるほどに。
内心悲鳴を上げていた。
触りたくなかったというのが本音である。壊したら、傷を付けたらどうしよう。と涙目になってしまう。それに気づいているのかいないのかアシッドは目を輝かせた。
「え……いや。あの」
「ね。それだけ凄いんだったらさこれを売ったら、僕らは孤児院出られるし、家だって買えるよね? そうしたら皆で暮らせるし」
孤児院を出るのは私たちの夢だ。誰かに養子として貰われていくのでは無く、皆でずっと幸せに生きることが夢だった。誰一人欠けることなど無く。
そうであったらきっと幸せなのに。
だけれど。未来は。大人になった先は誰にも分からない。――だからこその夢なのかも知れない。そう思う。
目をキラキラして話すアシッドは嬉しそうだった。邪気などどこにもない。子供らしいというのだろうか。純粋な双眸に思わず言葉を詰まらせる。
私は自身の震える手に乗っている石に目を落とした。アシッドの言う様にそれはとても綺麗で。見ていると魂がとられそうだ。
いや実際どこかに魂が行っていたらしい。耳から入り込む声に我に返っていた。
「ろ。アシッド。あの。これどこで拾ったの?」
ナイだ。私の肩から覗き込む様にして石を見つめていた。何気に私で壁を作っているような気がするのは気のせいだろうか。
「ええと――院長先生の部屋がある小窓の手前」
「……」
……。
一同沈黙したのは言うまでもない。何がおかしいのか分かっていないのはアシッドだけであるが、わざとなのだろうか。それ。なんだかここ迄来ると腹立たしく思えた。
ドクンドクンと心臓の音だけが煩く聞こえる。『やばい』と心の中で何度呟いただろうか。
「メリル……どうする?」
恐る恐る言うのはシロトで不安げな双眸を浮かべていた。その横のナイにアイコンタクトで頷いて見せる。そのナイの顔は青くて引きつっていたが。
「ば、バレないうちに返しにいかにきゃ――」
私は魔法石を握りしめ。慌てて診療所を閉めようと身を翻していた。
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