第2話 捨てられた子
僕はこのまま死ぬんだと思っていた――。
「いかないほうがいいよ。メリル」
青い抜けるような空だった。雲一つない。爽やかな風が私たちの頬を掠めていく。
目の前にいるのは私の友達――いや。この場合は兄妹と言った方がいいのたろうか。この孤児院で同室に暮らしている少女の一人『ナイ』だ。そばかすと赤髪が印象的で、私の一つ上。七歳だった。ナイは泣きそうな顔で眉を下げて私の手首を握っている。痛くはない。その手は軽く震えていた。
それもその筈で。と私は溜息一つ。振り向けば小さく見える――いや、本当に小さいのだが――小屋に目を向けた。
ボロボロの板を打ち付けただけの小屋だ。物置と言えばそうなのだろうと誰もが納得する建物。その中には一人の少年が住んでいた。住んでいるというのは語弊があるかも知れない。言い換えればそう――そこに『捨てられていた』。もう治ることの無い病を患った少年に誰ももはや手を伸ばすことも無く、孤児院に住む子供たちは少年に近づく事を厳しく禁じられていたのだ。
最も、『うつる』と聞かされていた子供たちは気味悪がって近づきさえしない。
――私の他には。
私はにこりと笑ってやんわりとナイの小さな手を解いた。そのままへらりと笑う。
「いまさらバレたって痛くも痒くもないよ。ナイ。叩かれてもへーき。怖くないもん」
怖くない。その言葉は私自身を言い聞かせているようだった。その奥の『もの』は見ないようにする。
「それが嫌なんだよ。それにもし、うつったらどうするの? 今まではだいょうぶでも次からは……私。メリルと会えなくなるのは嫌だよ」
怒っているのか悲しいのか。ナイは頬を膨らませたままポロリと大きな目から涙を零した。それを見ながら私は眉を下げてしまう。誰かが泣いていると私まで悲しくなるからおかしい。でも。とぐっと口元を開き胸を張った。
「うつらないよ。絶対に。わたし、あの子と凄く長い時間一緒にいるのに、いまも元気だもん」
正直あの病気がどういうものと言うのは難しくて分からない。もしかして罹っているのかも知れないけれど元気だから大丈夫だろう。うん。今日もご飯は美味しかったと考えていた。
別に罹った所で怖くはないし。
「でも」
「あのね。ナイ。わたしは、あの子とおともだちなんだよ。おともだちには手を差し伸べなさいって先生も言ってたよね。――だから。行くね。おかいっぱいにして眠れば、きっと大丈夫だってかあさまが言ってたもん」
私は肩から掛けていたショルダーバックをぱんぱんと叩く。そこには盗ん――貰ったパンと果実。綺麗な着替え――私に配給された物だけど――と身体を拭くための布が詰まっている。水は近くに井戸があるので持ち歩かない分だけ有難かった。
後は自分で調合した薬――自称――が入っている。見た目にはただの草。けれど私も食べているので身体には問題ないはずだ。多分……効能は無いと思う。けれど、大したものを持って来られない今、それは貴重な食料となっていた。
「……かあさまのように、死んでほしくないもん」
いや。それより酷いかも知れない。誰もいない、来ないところで。寂しく居なくならないで欲しい。ただ、ただ、そう思っただけだ。
そう思っただけだ。初めて出会った日から。
少し考える様に視線を地面に落としてから、私はぱっと顔を上げてにかっと笑って見せた。そこには相変わらず心配そうで何か言いたそうな友人の顔がある。
私はきゅうと無いの小さな手を握っていた。
「だからね。行くんだ。このまま死んじゃうのはかわいそうだから」
「メリルぅ」
耐えられなくなったのかついに涙が堰を切った様に大きな瞳から溢れ出す。それを宥める様に頭をよしよしと撫でてみた。かつて母様がそうしてくれたように。
「わたしよりお姉ちゃんなのに、おかしいの」
軽く笑いながら言うと不満そうに睨まれ、ばっと弾かれる様に頭に乗せられた手を離す。照れているのか恥ずかしいのか軽く頬が赤く染まっていた。
「し、心配してるんだもん――メリルのバカ。何処へでも行けばいいんだよ。う、ぐ。でも――今日もぶじに帰ってきてね?」
多少大げさだなぁとは思う。けれど心配してくれているのだから仕方ない。最後によしよしと撫でれば、『なにするの』とまんざらでもない様子で拒否された。
私はヘラリと笑う。
「うん。ナイありがとう」
――大好き。
そう伝えて身を翻す。伝えたいことは伝えないと。居なくなる前に。
蒼天の下。私は走り出していた。
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