異世界昆虫日本侵略

子鹿なかば

プロローグ

第1話 異世界からの帰還者

 2025年2月下旬、千葉県のとある小さな市。千葉駅から電車で1時間ほどの田舎街だ。過疎化しつつあるこの地域は、田園風景が広がっている。


 そんな市内の片隅にある小さなアパートの2階角部屋。この部屋はカーテンを締め切っている。


 部屋の中は薄暗く、無人だ。狭い部屋にはダンボールがたくさん詰まれている。


 すると、誰もいない部屋にどこからか声が響く。


「ゲート」


 ブゥンという音ともに、部屋一面の壁が歪む。まるで大量の水銀を流したかのようだ。その壁から、男性がぬるっと表れてきた。


 年齢は30代半ばだろうか。作業用のつなぎ服を着た彼は、重そうなダンボールを2箱抱えていた。


 汗を垂らしながらダンボールを慎重に床におろす。部屋には同じようなダンボールが10箱ほど積まれていた。


「まだだ。もっとだ。もうひと堀りしていこう」


 この男は数年前に突然、日本から別の世界へ移った。異世界転移といわれるものだ。世間には知られていないが、神の悪戯により数年に一度、日本人が異世界に転移させられている。


 そこは剣と魔法の世界。ダンジョンから溢れ出るモンスターとの戦いが繰り返されていた。


 異世界からの勇者として迎え入れられた彼だが、彼はその期待を早々に放棄した。やっとの思いで、転移魔法「ゲート」を習得して地球に帰れるようになった彼は、その魔法を使って、異世界のダンジョンにある鉱石を現代社会に持ち運んでいた。


「危険を犯してまで勇者なんてやってられるか。貴重な鉱石をこっちで売りさばいて、億万長者になってやる」


 鉱石の知識がない彼は、ダンジョン内の岩石や土をでたらめに持ち運んでいた。彼が今回持ち運んでいるのは、ダンジョン4層の熱帯エリアに散らばっている岩石だ。中には光る石が数多く含まれている。日本で売ればきっと高くれるだろう。彼は鼻息を荒くして、大量の岩石や土を自宅に持ち運んでいたのだ。


 流れる汗を拭きながら、男は再びゲートを通って異世界へと戻っていく。


 無人の部屋に残されたのは大量のダンボール。


「……ガタ」


 ダンボールの1つが音をたてる。


 しばらくすると、ダンボールの中から小さな虫が這い出てくる。その数は大量だ。


 持ち運んだダンジョンの土の中には、異世界に住む昆虫の卵が大量に含まれていたのだ。また、岩石だと思って持ち帰っていたものも、一部は擬態した昆虫の卵だった。


 酸素濃度と気圧の変化で、急速に孵化を始める昆虫の卵たち。


 次々にダンボールが倒れる。こぼれた土の中からは多様な種類の昆虫が孵化をした。


 蟻に似た昆虫。足は8本あり、頭には角がある。


 緑色の岩石が破れ、中からカブトムシに似た昆虫が出てきた。黄金色に光ったカブトムシは2リットルのペットボトルぐらいの大きさもある。


 ゴキブリに似た昆虫もいる。部屋の背景に合わせて身体の色を変えている。


 日本では見られない異形な昆虫たちが狭い部屋に溢れかえる。しばらくすると、虫たちは食料を求めて共食いを始めた。


 そんなタイミングで、この部屋の持ち主が異世界から再び帰還してきた。


「うわっ! なんだ!」


 床が波打つように蠢いている。


 部屋に足を踏み出した瞬間、大量の昆虫が彼の足に群がった。バランスを崩したその男は床に倒れ込む。すぐさま昆虫たちが全身に群がってくる。


 男は手足を暴れさせ、まとまわりつく昆虫を振り払おうとするが、簡単には振りほどけない。虫たちは穴という穴から体内に侵入し、男の肉を喰い漁っていく。


「うっ……く……ぶほっ」


 恐怖と激痛の悲鳴を出そうとするが、口を開けた瞬間に無数の虫たちが口内に侵入する。手足を暴れさせてこの状況をどうにかしようとするが、無駄に終わる。


 身体の外から肉を食され、身体の中から内蔵をかじられる。


「た、ず、……げ」


 次第に身体が痙攣を始める。


 震えがだんだん大きくなり、ついには、


 ぱぁん!


 水風船が割れるように大量の血潮が吹き出した。


 部屋中に男の血肉が飛び散る。それすらも急いでむしゃぶりつく昆虫たち。


 数時間後、部屋にはきれいに骨だけが残った。


 男が暴れまわったときに窓が割れていた。その窓から昆虫たちは外の世界へ飛び立っていった……。


 そして、部屋にできたゲートは今もなお開いている。どうやら男の死後も魔法は維持されるようだ。そのゲートを通って異世界の昆虫たちがぞろぞろとこちらの世界にやってきている。


 1人の男の身勝手な行動により、異世界の昆虫たちが日本へと解き放たれたのだ。


 昆虫たちは、栄養たっぷりの人間の味を求めて広大な土地へ飛び出していく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る