第06章 臨海合宿編

第197話 嵐の前の静けさ


 ――我道竜子が敗北した。


 そのセンセーショナルなニュースは、学校中を駆け巡り、外界にまで飛び火していた。校内掲示板は元より、ABYSS関連のニュースを取り扱う大手企業では『Who is he?』という煽り文と共に石動蒼魔の顔写真をデカデカとHPに載せている。プライバシーなど、ガン無視だ。


 決闘の立役者である石瑠翔真の話題は何処にも無かった。完全に石動蒼魔に喰われた形である。試合を棄権した事よりも「あんな探索者と何処で知り合ったんだ!?」という疑問の方が強く寄せられていた。


 目立つのが嫌いな僕にとっては、どちらであろうとも歓迎すべき事態ではないだろう。


 我道との決闘が終わった後、僕の周囲にも目に見えた変化があった。


 まず一つ目は、藍那姉さんがアカデミーに復帰したこと。姉さんは僕が試合に出なかった事を怒るでもなく、安堵と共に「良かった」と言ってくれた。翌日には以前の凛々しい性格に戻っていて、今日も元気にアカデミーへと登校している。心配していた2年生の面々も、これで一安心。……変わった点と言えば、前よりも過保護になった事かな? 家紋章も取り返したし、全ては丸く収まったと言って良いだろう。


 二つ目は、我道だ。手が付けられない猛獣の様だったアイツだが、石動蒼魔に敗北してからは嘘の様に大人しくなっていた。極め付けはアレだ。数日経ってから、藍那姉さんへと謝罪した事だろう。「悪かったな」……ぶっきらぼうな物言いであったが、あの我道から謝罪の言葉が出たのが衝撃的で、暫くは校内新聞のトップ記事に置かれていた。今は純粋に自己鍛錬に励んでるらしい。何でも好きな男が出来たとか? まぁ、流石にこっちはデマだろう。報道部の記事は、いい加減だからね?


 そうして、最後の三つ目なのだが――



「どうやら、今日も休みみたいだね……?」


「……連絡は取れないのか?」


「いいや、全く。こんな事は初めてだよ」



 場所は生徒会室。


 僕は、椅子に腰掛けた天樹院と向かい合っていた。最近は色々とあったから忘れていたが、こうしていると、天樹院の奴は真面目に生徒会長をやっているんだな?


 天樹院と交わしていた会話は、失踪した狂流川冥についてだった。


 我道との決闘を最後に、狂流川の奴はアカデミーから姿を消していた。思い通りに行かなかったから、癇癪を起こして不貞寝でもしているのかと思ったのだが、彼女の住むマンションにも狂流川の奴は帰宅していないらしい。


 現在が7月3日の月曜日だから、つまり、丸々1ヶ月は消えてしまった計算になる。


 ――普通に事件である。


 世間様では大騒ぎ。警察にも調査を依頼しているのだが、余り進展はしていないらしい。


 しかし、あの狂流川がなぁ……?



「何か事件に巻き込まれたとか……?」



 言ってて、余りの空々しさに苦笑してしまう。相手は狂流川だぞ? 誰があの女に危害を加えられるって言うんだ? 裏でコソコソと悪どい事を考えていると言われた方が、まだ信憑性があるんじゃないか?


 天樹院も同じ考えなのだろう。狂流川の身の心配をしている素振りは感じられない。



「……とは言え、不気味なのは事実だよ。直近で、彼女の標的にされていたのは君だからね? 用心はしておいた方が良いだろう」


「最近は平和で、楽しかったんだけどなぁ?」



 天武祭を終えてからの学園生活は、平和の一言であった。1-Dは全員が20階層を突破したし、その練度はA組と比べても遜色は無い。かく言う僕も、もうすぐで30階層に挑戦出来る。


 各教室の進捗は、以下の通りだ。


 1-A……最高LV.31 到達階層[29F]

 1-B……最高LV.28 到達階層[28F]

 1-C……最高LV.26 到達階層[24F]

 1-D……最高LV.25 到達階層[29F]


 C組がやや遅れている様に見えるが、実際はほぼ横並びだろう。A組は事前にレベルを上げ過ぎたな? 総合力ではD組の生徒に抜かされている者も出て来ている。各教室は戦力バランスも悪いと見える。最前線を攻略している生徒はA組では六割。B組では四割。C組では二割と言った所か……? 僕もこの世界に来て随分と経った。階層主を攻略出来る者は一握りと知った。レベルが足りないとか、そう言った問題ではなく、単に諦めてしまうらしい。進み続けるのは勇気がいるしね? ……現に、1-Dの一部の生徒にも、燃え尽き症候群と言うか、20階層攻略を最終地点として、先を目指さない生徒は存在する。


 そう言った輩は、此処ら辺が限界なのだろう。僕も無理強いをさせる気にはならなかった。実際に命が懸かっているのだ。止めるも進むも本人次第。去る者を追っても仕方がない。


 この分だとD組は30階層が限界かな?

 行っても40か。


 完全攻略なんて、夢のまた夢である。


 ま、別に良いけどね?


 元々僕はソロ専な訳だし。

 後は、勝手にやらせて貰うよ。


 ――そう言えば、神宮寺秋斗は国内の到達階層数を更新していたな?


 確か……今は[57F]だっけか?


 アメリカを抜き、世界トップに躍り出たとかで、連日テレビで放送されていた。


 僕としては、[57F]でこの騒ぎか? と言った感想である。神宮寺秋斗の実力ならば、もうとっくに[80F]は行っててもおかしくないんだがな?


 世間とのズレを痛感するよ……。



「7月は臨海合宿があるから、頑張ってね?」


「臨海合宿……?」


「向かう先は海の孤島さ。三泊四日の合宿で、プロ探索者との交流も兼ねているんだ。合宿中にはクラス対抗戦も行われるよ」


「集団行動か……苦手だなぁ……」



 僕はげんなりと肩を落とす。



「合宿は一年生だけで行われる。何かトラブルが起こったとしても、僕や道明寺さんは、助けには行けないから、気を付けてね?」


「はいはい」



 天樹院め……まるで僕のオカンだな?


 心配なんてされなくても、そうそうトラブルなんて起こりはしないさ。僕は耳の穴をほじりながら、軽い返事をするのであった。

 

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