第195話 神宮寺秋斗の独白


 ――SIDE:神宮寺秋斗――



 マキシマイザーと龍虎砲のぶつかり合いは、天武祭の舞台を完膚無きまでに破壊していた。元より石舞台は粉砕されていたが、両者のスキルにより、会場の中心には大きなクレーターが出来上がってしまっている。


 ……何も知らない一般人ならば、龍虎砲×2の方が競り勝つだろうと考えるだろう。マキシマイザーの性質を知っている僕ならば――それは有り得ないと断言出来る。彼、石動蒼魔は我道竜子の攻撃を事前に八割程擦過させていた。


 四人分の、八割だ。

 

 当然。吸収したエネルギーも、それ相応。



『煙が、晴れて来ましたよ――!?』



 故に――この結果は、特段驚く事ではない。


 むしろ、既定路線と言った所か?



『た、立っているのは、石動選手――!? 竜子ちゃん、負けているぅぅ――ッ!!』



 観客席から歓声が上がる。その騒ぎ。熱狂具合は凄まじく、感極まった末に衣服を脱ぎ出す者さえも散見した。


 クレーターの横では、気絶した我道の首根っこを掴みながら、石動蒼魔が天を仰いでいた。



『……狂流川さん、ジャッジを』


『は!?』



 僕が促すと、彼女は己の仕事を思い出す。



『我道選手、完全に気絶……ッ!! 並びに、天武祭頂上決戦、誉れある勝者は――代理出場の石動蒼魔選手となりましたぁぁぁッ!!☆』


『うおぉぉぉぉぉ――ッ!!』


『続いて! 勝利者インタビューに参りたいと思います!! Me'yちゃんダッシュ〜〜ッ! と! ……あ、あれ? 石動選手……?』


『もう、いないみたいだね?』



 僕以外の誰も気付いていなかっただろう。石動蒼魔は、目にも止まらぬ速さで試合会場から逃げ出してしまっていた。


 ……間違い無い。


 やはり、彼だ。


 考えていると、ポケットの魔晶端末ポータルが振動した。……電話か。掛けて来たのは恐らく、那須野様だろう。あの人も随分と焦っているな?


 実況席から立ち上がると、一言断りを入れてから、人気の無い場所へと歩いて行く。背後からは僕を呼び止める狂流川さんの声が聞こえたが、今は無視しよう。此方の用件が先決だ。



「はい、神宮寺です……」


『神宮寺か!? あの試合は何だ!? 対戦相手のあの男……圧倒的だったではないか!? 斯様な選手が居た事を貴様は把握していたのか!?』


「いいえ、全く。石動蒼魔――彼は僕からしても完全なイレギュラーです。存じてはいません」


『何と……!』



 電話口の那須野様は焦っていた。


 想定よりも天武祭のレベルが高かった所為だろう。何よりも石動蒼魔。彼の力は段違いだ。左大臣・藤原伏直様に取られでもしたら、今の勢力図に狂いが生じてもおかしくはない。



『一つ聞きたい……石動蒼魔。彼奴と貴様が相対した場合、貴様は奴に勝利出来るのか?』



 これは、随分と弱気な事を……。


 現在の那須野様の地位は、ABYSS攻略の貢献により保たれていた。故に、左大臣側が強力な探索者を抱える事を恐れているのだろう。


 比べられるのは少々苛つくが、しかし、寛大な心で此れを許そう。那須野様には、まだまだ御健勝に働いて貰わねば困るのだ。



「……勝負の世界に絶対は有り得ませんが――断言します。僕は決して負けませんよ」


『……そうか。いや、つまらぬ事を聞いた』


「いえ」


『石動蒼魔とのコンタクトは取れるか?』


「生憎と、本人が消えてしまいましたからね。身元を洗うには時間が必要かと思われます」


『何としてでも探し出せ!! 伏直達よりも好条件で此方の陣営に引き入れるのだ!!』


「――御意に」



 言い切ってから、那須野様は電話を切った。

 終始乱れていたという印象だ。


 あれほどの試合を見せられてしまったのなら、それも仕方がないのかも知れない。



「しかし、石動か――」



 何故? という疑問が強い。


 レガシオンの亡霊。人目に付く事を極度に嫌う彼が、何故こんな大会に出場したのか――?


 いや、そもそもだ。

 何故、彼が此処にいる?



「確実に、殺した筈なんだが――?」



 顎に手をやりながら、思案に暮れる。


 考えても答えは出ない。ただ――現実として彼は現れた。それも姿でだ。



「まさか、至ったのか――?」



 僕と同じ様に?

 だとしたら、何という皮肉だろう。


 欲していた人材は、悉くこの"世界"に取り込まれてしまった。此方側に来る事を想定してなかった彼だけが、僕の同類になるなんてね……?



「……言っても、仕方が無いか……」



 彼が本当に"石動蒼魔"ならば、僕を見て、形振り構わず襲って来ないのはどうしてだ? 僕に対する復讐心を無くしたのか? 前の世界の因縁など、どうでも良いと考えたのか?


 世界を渡った事による代償――


 記憶障害が、彼にも出ている?


 ……考えられる要因は、色々とある――が。



「今は様子見だな」



 植えた種子が、芽吹くまで。

 まだまだ時間は必要だ。



「それにしても――マキシマイザーか。彼は本当に変わってないね……?」



 懐かしさよりも、失望の方が強い。

 

 あんなものは、唯の一発芸だ。

 対策は容易。

 切り札になんて、するものじゃない。


 彼は、僕との敗北から何も学ばなかったのだろうか? プレイヤーとしては一目置いていたが、その認識も改めなければいけないね?


 あんな男に――何故だ?

 何故彼女は、想いを寄せるのか?


 どうしても、その事だけは分からない。



「――呉羽くれは



 呟きは、虚無へと消えていく――

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