第134話 階層主・魔神アトラナータ②


 格好良く啖呵を切る僕だけれど、正直あんまり気乗りはしない。20階層の階層主・魔神アトラナータは対処法さえ分かってしまえば比較的楽に倒せるボスだった。プレイヤーとしての技量もそんなに必要無いんじゃないかなぁ? 故に、威勢とは裏腹に僕のテンションは平常だ。


 敏捷性に優れたデカブツ。厄介なのは足にある猛毒の棘と粘着性の糸だろう。時折上部に乗っている人型の本体が範囲魔法を行使してくるから、ある程度の備えは必要かもね? 特筆すべきは眷属による物量アタックだ。粘糸に絡まった状態で受ける捕食攻撃は、ゲーム内では即死だった。現実の此処でも一緒だろう。


 対処方法は――色々とある。



「来るぞ、翔真ッ!!」


「――フッ!」



 糸は直線にしか飛ばない上に、射出する際には予備動作がある。予め敵のヘイトを取っておいて、予備動作の硬直を確認したら、横に飛べば簡単に躱せる代物だ。



「!!」



 三角飛びの要領で壁を蹴り、宙を飛ぶ。身体の構造状、奴等は直上には糸を吐けない。つまり、上からの攻撃には無防備なのだ。


 細剣・シュルクリスタを煌めかせ、真下にいるアラクネを斬り屠る。再び空中へと飛べば、僕は"安地"で戦う事が出来るのだが――今回は、ソレとは違ったやり方を取ろう。


 試したい事もあるしね――?



「――スゥ」



 目ん玉をかっ開き、己の視野角を拡張する。飛来する粘糸。向かってくる蜘蛛の大群を群中の中心に居ながら俯瞰する。コンマ数秒後に訪れる未来を敵の予備動作で予測しながら、脳内インパルスに任せて僕の肉体を自動化させる。


 さぁ、行くぞ――?


 これが僕の隠し玉――



「――マキシマイザァァァァッ!!」



 スキルを行使すると、身体の輪郭は一瞬だけ火花が散った様に輝いた。同時に密集するは蜘蛛の大群。一対数百の圧倒的物量差だ。僕の身体は容易く飲まれ、押し込まれ、蜘蛛の黒海へと沈んでいく。だが、で良い。こうでなくてはスキルを発動した甲斐が無いッ!!


 蜘蛛の鋏角に気を付けながら、連中の身体を足場に上へ上へと逃れていく僕。突き出されて擦過する前腕の棘がを生じさせる中、猛追する蜘蛛の突進を闘牛士の様に避けまくる。一歩間違えれば毒の棘がぶっ刺さるが――なぁに、当たらなければ問題ない。


 近距離になれば、アラクネは粘糸を発射しない。敵の攻撃は鋏角による挟み込みと、前腕二本による刺突に限られる!! 前者は接近を許さなければ問題は無いし、後者は気合で避けるから大丈夫!! 後は時が来れば何だが――



「――とっ!」



 アラクネの刺突を回避した際、足を滑らして奴等の群れに落下してしまう。当然アラクネは転けた僕へと殺到し、その息の根を止めようとするだろう。――逃れる術など何処にも無い。


 そう、普通ならば――



「嫌、嫌……ッ!!」


「嘘だろ!? 翔真ッ! 翔真ァァァッ!?」



 外からは、絶叫する歌音達の声が聞こえて来た。どうやらショッキングな光景を演出した為に、要らぬ心配を掛けてしまった様だね?


 ――よいしょっと。


 密集したアラクネの大群から、ニョキっと生える僕の右腕。隙間隙間――っと、良し……!



「はーい、無事生還!」


『な――!?』


「手足が多いってのも考えものだよね〜? 致命傷を避けながら揉まれてやれば、連中は足が絡まってスタックする。そして、魔神アトラナータには致命的な欠陥があってね? 奴は自分の子供が近くに居る場合は、強力な攻撃を打って来ない。行動を制限されちゃうんだよ」



 子蜘蛛を殲滅しつつ、アトラナータを相手にしようとすると、コイツは中々に厄介な魔神と化すのだが、こうして子蜘蛛を生かしたままにすると、途端に奴は弱体化する。


 範囲攻撃の雷も、全方位発射の毒の棘も、設置罠の糸斬りも、体重を活かした高火力のグラビティ・プレスも、何もかもが使用不能。


 僕が楽だと言ったのは、そういう理由。



「歌音! 太一! ……確認だけど、君達のお仲間は僕の足元に居るのか〜い?」


「あ、あぁ……!」


「シエルなら、そこに居るよ!?」


「ふーん……」



 歌音が指差した箇所には、他にもアラクネ達がウヨウヨしていたから、パッと見では何れが噂のシエルなのかは分からなかった。……まぁ、居るって言うんだったら良いだろう。


 細かい事は置いておこう。



「さぁ、マキシマイザーの本領だ……ッ!」



 ――パリパリと。まるで電気を纏ったかの様に、僕の身体にはエネルギーが渦巻いていた。


 コマンド・スキル【マキシマイザー】とは、僕が新たに就いた職業ジョブ、[道化師]の固有スキルの一種であった。効果はお世辞にも使い易いとは言い難い。威力の程は技量次第。つまりは僕好みの玄人仕様という訳だ。


 スキル発動から360秒の間――僕の身体は"吸収"モードへと移行する。その間一切のスキルを使用不能とする代わりに、敵の攻撃を、その威力を自身の攻撃エネルギーへと変換させてくれる。


 解放は一度切り。

 けれど、その威力は――絶大だ。


 見せてやる。

 これが、レガシオンでの僕の常勝戦略。


 僕の――


 僕だけの、必殺技――ッ!!



「いっっくぞォォォォ――ッ!!」


「何だ!? 何が――!?」


「翔真君!?」



 解放する力が一筋の柱となる。慄くアトラナータを眼下に収め、僕は自身の細剣に全力を注ぐ。数百のアラクネ達から吸収した攻撃エネルギー……その身で受けろォッ!!


 これがぁぁ、僕のぉぉ……ッ!!



「ハイパー・翔真斬りだぁぁぁぁぁぁッ!!」


 

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