第133話 階層主・魔神アトラナータ①


 ――SIDE:東雲歌音――



 転移した20階層。其処は魔物の巣であった。直前までの開放感のあるエリアとは違い、岩肌に囲まれた洞窟の様なこの場所は、訪れた者に不安と閉塞感を抱かせる。薄暗くジメジメとした空気。カサカサとした蟲の足音が、至る所に響き渡る。声を上げる事すら躊躇しながら、私は隣に居るデュラドに目配せをしつつ、慎重に洞窟の中を進んで行く。


 形としては大きな空洞になっている。高低差のある地形で、敵が何処に潜んでいるのかは分かり難い。周囲には出口は無く、脱出する方法は魔晶端末ポータル機能の【緊急脱出】のみだった。それさえも人間ノーマル では使えないのだから、多くの探索者が此処で足踏みをする理由も分かるよね?



「! ……粘糸」



 壁中に張り巡らされた白い糸を目の前にして、私はポツリと呟いた。アトラナータが近くに居るのかも知れない。全長6mの巨大な蜘蛛だ。隠密には向かない筈なのに、その姿を未だに発見する事は出来なかった。



「アラクネの粘糸……回収するなら今か?」



 呟きながら、デュラドが糸へと近付いたその瞬間――捕食者は彼へと殺到するッ!!



「なッ――!?」



 ゾゾゾゾゾゾ。


 蜘蛛の多脚が気味の悪い足音を立てながら、デュラドに迫る――! 四方八方を取り囲むのはアトラナータの眷属のアラクネ達。このままでは不味いと思った私は、反射的に範囲攻撃の魔法スキルを行使する――!!



「凍れッ! アイス、ストォォムッ!!」


「おおおおッ!!」



 発生した氷の竜巻がアラクネ達の足元を凍らせる。動きを止めた魔物達にバルディッシュの斧刃を振るっていくデュラド。数の上では不利だけど、個々の力は負けていない!


 私が思った、その時だ。



「――ぐはッ!!」



 巨大な蜘蛛の前腕が、デュラドの胴を薙ぎ払った。紙細工の様に鎧を粉々にしながら、地面を転がっていくデュラド。



「……よ、鎧召喚――!!」



 彼が叫ぶと同時に、粉々になったデュラドの鎧が新品の様に修復される。けれど、負ったダメージは軽いものではない。デュラドを回復させたい私だけれど、アラクネ達を目の前にしては、迂闊な行動は取れやしない。



「アトラナータ……ッ」



 遭遇するのは覚悟していたけれど、目の前にするとその威容は圧巻だった。上半身が人間。下半身が蜘蛛の脚をしているのがアラクネの特徴だけれど、コイツはそのまま巨大な蜘蛛の頭部に女性の上肢が乗っかっている。まるで車のエンブレムみたい――馬鹿な事を考えて、現実逃避をしたくなる位には絶望的な相手だね?


 直接対決は無謀――だけど!!



「見ろ!! アンネッ!!」


「――ッ、シエル……!!」



 アトラナータの背には複数の子蜘蛛が生えていた。集合体恐怖症の人なら発狂しそうな光景の中、シエル=ネットは


 生きている――ッ!!


 目は虚ろだけれど、コイツから引き剥がす事が出来れば、まだ――ッ!?



「――くっ、危なッ!?」



 糸の射出。眷族の蜘蛛が飛ばしてくる粘着質な糸を避けながら、私はお返しとばかりに次々と攻撃スキルを連発した。



「ダァァァク、ジャベリンッ!!」



 闇の炎で形成された黒い槍が、アラクネ達へと突き刺さる。二撃、三撃と繰り返すも、しかし雑魚にしか当たらない。魔蟲アトラナータは体格に似合わず素早い動きで跳躍し、私の魔法を躱して行く。


 もう少しだって言うのに……ッ!!



「焦るな、アンネ!! 雑になってるぞ!!」


「うるさい!! 分かってるから――!!」


「アンネ――ッ!!」


「――ッ!?」



 デュラドの警告は一足遅かった。横合いから飛んできた糸が、私の左足に付着する。



「不味っ――」



 糸の先は、よりにも寄ってアトラナータのお尻に繋がっていた。そのまま身体を引き倒される私。――駄目。このまま手繰り寄せられたなら、奴に捕食されてしまう――! 焦った私は、身を捩って必死に足掻くけれど、アラクネ達の糸の噴射は止まらなかった。身体中を白い粘着質な物体に塗れさせながら、私は次第に手足を動かす事すら出来なくなっていた。



「アンネェェェッ!! 畜生、この糸……ッ!! 切れろ!! 切れやがれェェェェ――ッ!!」



 集る蜘蛛を追い払いながら、アトラナータの糸に向かって、斧刃を振り下ろすデュラド。馬鹿、そんな無茶をしたらアンタまで――ッ!?



「ぐッ、くっ……ち、畜生……ッ!!」



 足を止めたデュラドはアラクネ達の格好の的だった。私と同じく糸で身体中をグルグル巻きにされた彼は、そのまま地面に膝を突き――



「太一ィィッ!! 鬼火を使え――ッ!!」


『!!』



 聞こえて来た助言に従い、デュラドは【鬼火】で糸を焼き切った。延焼する蒼い焔は私の系にも燃え移り、その拘束を解いてくれる。



「――ったく、スキル特性はちゃんと理解しておきなよ。見ててハラハラしたじゃないか?」


「お、お前――!?」


「翔真君!? な、何で――!?」



 岩の柱から、飛んで現れた翔真君。分からない。何で彼が此処に? 私達を、助けに来てくれたの? 魔種混交の――私達を……?



「魔神アトラナータか……久しぶりだなぁ。偶にはコイツとも遊んでやるか……」


「え?」



 ボソリと何かを呟きながら、翔真君は右手に小瓶の液体を振り掛けた。薬指から引き抜いたのは――アレは、指輪……?



「準備は万端――さぁ、行こうか?」


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