第76話 賛否両論な男
――完全に寝過ごした。
時刻は午前11時。
転送区のテントの中で目覚めた僕は、諦めの境地に達していた。
今更ジタバタしても時は巻き戻ったりはしないのである。考えた僕は充分に時間を使ってシャワーを浴び、昼休みに登校出来る様、時間を調節しながら朝の準備を仕上げていく。
忘れちゃいけないのが、コイツ、
右手の薬指に指輪を通すと、再び僕は呪われた。次にコイツを外すのは、20階層の階層主戦だろう。なるべく早くに向かいたいものだ。
制服に着替え終わった僕が、学習区を歩いていると、遠くの校舎から鐘の音が聞こえて来る。どうやら昼休みに入った様だ。直に此処ら辺は生徒達でごった返すだろう。何食わぬ顔で鞄を置いて、午後の授業に合流するとしよう。
「だからァッ!! どう言う事か説明しろっつってんだよォ――ッ!!」
1-D教室前。その扉を開けようとした瞬間、教室内からは男子生徒の怒号が響き渡った。
思わず、ピタリと静止する僕。
聞こえて来た声は、1-Dの不良代表・磯野浩介のものだった。中で喧嘩でもしてるのだろうか? だとしたら、教室に入るのは後回しにした方が良いのかも知れない。
……取り敢えず、聞き耳を立てとくか。
「どうもこうもありませんわ!! 1-Dの級長は石瑠翔真!! それが昨日決まった事ですわ!! 文句があるなら、貴方も自由探索に参加すれば良かったのではなくて!?」
「んだとぉッ!?」
「その言い草は無いっしょ? こっちは武者小路さん達が級長に選ばれると信じて参加しなかった訳なんだし、開き直るのはどうかと思う!」
「賛成してる人には悪いけれど。私、石瑠翔真が級長だなんて堪えられないわ! 他の皆だって気持ちは一緒の筈でしょう?」
「……しかし、現に決まった事だ」
「そんなの反故にすれば良いじゃーん。何かの手違いでしたって事で、また選び直したら?」
「選び、直す……?」
「――そんなの駄目! 皆、正々堂々と級長選出に挑んだんですから、気に入らないなんて理由で結果を台無しにするなんて、有り得ない!」
『――』
……芳川の一喝で、教室内は静かになる。
うわぁぁ――気不味ぅッ!!
このまま帰っちゃった方が良いのかも!?
僕が思った、その時だ。
教室から、再び誰かの声が聞こえて来た。
「現実に級長を選ぶリミットは今日な訳! グダグダ言ってても仕方が無いでしょう!? 翔真の奴は結果を出した! なら――何もしていないアンタ達が口を挟む問題じゃないのよ!!」
声は紅羽の物だった。
僕を擁護してくれているのか……?
……珍しい。
明日の天気は槍かもね?
念の為、鉄傘の用意はしておこう。
「その結果も怪しいんだっつってんだよ!! お前ら、ちゃんと確認したのか!? "あの"クソ石瑠翔真が、10階層を攻略した所をよぉッ!?」
「それは――」
「ほら見ろ! 誰も確認しちゃいねぇ。俺は奴がLV.1のまま止まっていた事を知ってんだ。初期レベルのまま、しかも総合力最下位のアイツが、階層主なんかを
「……ッ」
「お前等、全員ペテンに掛かってやがるんだよ! 良い加減、目を覚ましやがれッ!!」
「来なかった奴が、良くもそんな事を言えたものね……!? ペテン? 私達は実際にその場に居たのよ? 翔真が何か小狡い事をしていたとしたら、私達が気付かない訳ないじゃない!!」
「だから、ソレを上手くやったんだろう!?」
「それはアンタの妄想でしょ!? 翔真はズルなんてやってない!! 勝手な思い込みを、事実と混同してんじゃないわよッ!!」
「鳳ィ、テメェ……ッ!」
険悪なムードが流れる中、僕は気が付いたら教室の扉を開けていた。
全く、世話が焼ける……!
僕はツカツカと教室の中へと進むと、自身の席へと辿り着き、鞄を机の横へと引っ提げた。
周囲の視線なんて、ガン無視だ。
「テ、テメェ……!」
磯野の声に顔を持ち上げ、やっと事態に気が付きましたと言った風を装ってやる。"石瑠翔真"なら、これくらいの嫌味はやるだろう。
「……あっれー? 皆揃ってどうしたの? 今って確か昼休みだろ? 飯食う時間が無くなるよ?」
「誰の所為だと思って……!」
「はぁ? どういう事!? 言いたい事があるんなら、もっとキチンと言いなよ榊原ァ……!?」
「ッ! フン……!」
僕が視線を向けてやると、キャンキャンと騒いでいた女子のトップ・榊原冬子は押し黙る。簡単なものだ。コイツが黙れば、仲間のいなくなった椎名も口を噤まざるを得ないだろう。
同調する事でしか意思表示の出来ない卑怯者だ。同じ女子でも、紅羽の方が断然マシだね。
「テメェ、石瑠ゥ……ッ! もう級長になった気でいやがんのかよ!? ――認めねぇ。俺はぜってぇ認めねぇからなッ!!」
「あ、僕が級長になったって話をしてたの? そりゃ親切に説明どうも。でもさー、昼休憩はちゃんと取った方が良いと思うよ? 磯野達って、ただでさえABYSSの探索遅れてるだろ? せめて万全な体調にしとかなきゃね〜?」
「グッ、こ、このッ!!」
「実績や経験が無い奴に限って、口では不平不満を言うもんだ。僕が級長に成って、反対する理由は分かるけれど、だからと言って、自分達の力不足を棚に上げるのは違うよねぇ?」
「!」
僕は教室中を見回しながら、D組の生徒へと向けて発言してやる。
「不満があるなら、まずは結果で示しなよ。僕は別に級長の立場が不動だっていう事は思って無いから。僕よりも秀でた生徒が居るんなら、喜んでソイツに席を譲るよ」
「言ったな、テメェ? 後には引けねぇぞ?」
「引くとか無いし。……差し当たっては、そうだな――次のクラス対抗戦。僕よりも良い成績を残した奴は、そのまま級長に成って良いよ」
『!!』
「現級長である僕が許〜す。クラス対抗戦までは約10日だ。精々必死に励むと良いさ」
「ちょっ、翔真――ッ!?」
「飯食ってくる。後は勝手にやってなー」
言い捨てながら、僕は教室を後にした。
背後ではまた何か騒ぎが起こっている様だったけれど、完全に知らんぷりだね。
付き合ってらんないよ。
……取り敢えずコレで、合法的に級長を辞退する算段が付いたという訳だ。誰が成ったとしても、もうどうでも良い。僕以外なら結局は皆なぁなぁで納得するんだろう? 嫌われキャラの悲哀って奴? 何だかもう、辛いわなぁ……!
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