第24話 初帰還


 ポケットの中の魔晶端末ポータルが、ぶるりと震える。時刻は丁度1時間。楽しい楽しいABYSS探索は終わりの様である。


 途中、思わぬアクシデントにも遭遇したが、結果的には万々歳じゃなかろうか? ……個人的には良いものも拝めた事だし、僕としては結構満足していた。



「本格的な探索は、明日以降か……」



 呟きながら、僕は魔晶端末ポータル機能の【緊急脱出】を使用する。





 眩い光と共に目の前の風景が切り替わる。現れた景色はABYSS第1階層。転送区の大広間であった。そこには教師である影山は勿論、先に帰還していた"榊原PT"や、優等生"芳川PT"の姿があった。……菊田澪きくたみおは、ジャージに着替えているな。ま、ゴブリンに制服をボロボロにされちゃったからね。新しく買い替えるまでは、その格好で居るしかないか。



「――無事の様ですね、石瑠君」



 此方の身を心配してか、影山が僕に話し掛けてくる。もしかしたら、生徒一人で行かせてしまった負い目の様な気持ちもあったのかな?


 何方にせよ、"翔真"の答えは決まっている。



「石瑠家の次期当主が第2階層で苦戦する訳ないじゃな〜い? 正直、拍子抜けって感じだね? 出て来る魔物は皆雑魚ばっかだし、アレに苦戦する奴はよっぽどだと僕は思うよ?」


「……っ」



 ――あ、やべ。


 意図せず菊田を傷付けてしまった。


 僕の"翔真"の成り切りロールプレイは完成度が高いのは良いんだけど、元々の"翔真"の性格がクズだから、意図せず他人を傷付けてしまうのよね? 言葉尻を優しく変えたなら、それはもう"石瑠翔真"じゃ有り得ないし「翔真はそんな事は言わない!」というゲーマーとしてのプロ意識から中途半端な事は出来ないでいた。


 かと言って"素"を見せるのは論外だ。


 一度決めた事は全うするのが僕のポリシーだし、効率から言っても"素"の僕を見せるよりも翔真の仮面を被った方が人間関係を円滑に進められるのは間違い無い。"石瑠翔真"を演じる事で周囲が感じるギャップも抑えられるし、多少のデメリットがあるとは言え、これを行わない手は無いだろう。



「初探索が上手く行ったのなら結構。ただし、油断は禁物です。ABYSS探索で命を落とした生徒は数多くいます。貴方がそうならないという保証は何処にも無いのですよ?」



 影山が口酸っぱく僕に対して警告をしてくれている。傍目から見たら総合力最下位の雑魚が運良く順調に探索出来てしまった様にしか見えないしね。有難い……本当に有難いんだけど、すいません……今の僕、翔真なんです……!



「ハァ? うっざー。心配なら僕以外の生徒にしてよ。先に帰っていた榊原達もそうだけど、調子に乗っている相葉達も、実は結構危ないんじゃない? ああ言った手合いが自分の力を過信して、危険な場所へと突っ込むんだぜ?」


「榊原さん達の事は――」


「知ってるよ、探索中にABYSSで会った。前評判が良い奴ほど、躓き易いものなのよねー」



 言って、話を締め括ろうとした時である。



「優秀な者の方が躓き易いだと……? そんな馬鹿な事があるか。詭弁を弄すな、石瑠翔真」



 離れて会話を聞いていた"芳川PT"、インテリ眼鏡の卜部正弦うらべせいげんが、横から話を混ぜっ返して来る。


 もうその話題、終わったんですけど……?


 そう、ポンポンと話し掛けないで貰いたいなぁ。"翔真"の演技をしているとは言え、根がコミュ症の僕には辛い所である。



「貴様は自身の実力が劣っている事を認めたく無いだけだろう。傍から聞いていれば、耳障りな事ばかりを言う……」


「だったら両耳でも塞いでおけば〜? 気になるって言うのは図星の証拠だろ? 途中リタイアの榊原達はまだしも、お前達が帰って来るのは早過ぎなんじゃない? ……ABYSSの魔物にぃ、ブルっちゃったんじゃないの〜?」


「何を!!」


「待て待て、ストップだ!!」


「喧嘩は駄目よ〜、セイくん〜?」


「……何を熱くなってんだか」


「――! す、すまん……」



 瀬川三四郎、芳川姫子、高遠葵という仲間達三人に嗜められ、卜部は落ち着きを取り戻す。



「あ、あの! 石瑠君!」


「ん?」



 卜部を庇う様にピンク髪の糸目系ママ、芳川姫子が前へと出る。両手を胸の前に合わせて緊張した面持ちを浮かべる芳川だが、そんな事よりもたわわに実った巨乳が腕に押し付けられて柔らかく変形している姿に目がいってしまう。


 ……いかんいかん!

 流石に今は自重しよう。


 僕は自身の煩悩を振り払いながら、目の前の芳川の言葉に集中する。



「私達が早く帰って来たのはその……石瑠君が思っている理由じゃなくて……!」


「なら、何なんだよ?」


「それはそのぉ、私の……お腹が……」


「……お胸?」



 いかん、空耳した。

 背後に佇む高遠葵の目付きが鋭くなる。



「――お腹が減っちゃって! それで探索を切り上げて、戻って来ちゃったのぉっ!!」


「……」



 わーん、と。恥ずかしそうに顔を両手で塞ぎながら、芳川姫子は高遠葵の胸に収まる。無言のまま彼女の頭をヨシヨシとする高遠。瀬川の奴は額を抑えて「ありゃー」と俯き、卜部の奴は気不味そうに眼鏡の位置を直している。


 何だ、この仲良しPT……。

 もしかして僕、見せ付けられてます……?


 ボッチだからって舐めやがってよォ――!?


 内心の悔しさを押し殺すのが辛い!!


 何とも言えない空気で佇んでいると、今度は別のPTが大広間へと転移して来た。


 現れたのは――"相葉PT"だ。



「――と。戻って来たのか?」


「へー! こうやって帰還するんだね?」


「……既に帰還しているPTもいるな」


「――! 翔真……」



 本来なら余り話し掛けたくは無いんだけど、相葉達の出て来た場所が悪かった。紅羽なんて、僕の目の前だ。此処で彼等を無視したなら、逆に意識し過ぎだと思われるだろう。


 仕方が無い……。



「へぇ? どうやら無事探索は済んだみたいだね? 相葉との初めての冒険は楽しかった?」


「……ねぇ翔真。入る前にも思ったけど、アンタ、何か誤解してない? 私と総司はそんな関係じゃないからっ!」


「別に隠さなくても良いよ。僕もお前みたいな尻軽女は好きじゃないし。紅羽だって、僕の事は嫌いだろう? ――何時の間にか名前で呼んでる時点でもう、説得力は無いんだよッ!」


「そ、それは……」


「違うよ、石瑠君! 私が皆に名前呼びにしようって提案したの! 紅羽ちゃんと総司君が変な関係って訳じゃないの!」


「そうだ! 勘違いだぜ石瑠!」


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