第23話 紅羽の憧れ、変わった理由


 ――SIDE:鳳紅羽――



「はあッ!!」



 気合一閃。


 木刀を構えた歩君が前方にいるゴブリンの首を両断する。刃の無い武器でも彼が使えばあの様な芸当が出来るのかと私は思わず関心した。



「おっと、させるかよ!」



 歩君へと飛び掛かるゴブリン。それを寸での所で剣で撃ち落とす総司。【タンク】の役割ロールを上手く熟してくれてるみたいね?


 私も負けてはいられない――!



「……いけっ!」



 引き絞った弦を放ち、飛んでいく矢は総司の横にいるスライムへと突き刺さる。半透明なゼリー状の身体をした魔物は、その衝撃で体積の半分を周囲へと撒き散らす。



『ピギィィ!!』



 最後の一撃か。身体の一部を私に向けて噴射するスライム。残心から立ち直っていない私は、その攻撃を無防備に浴びようとして――



「ハッ!」



 隣の歌音が、脱いだ上着で打ち払う事で、スライムの攻撃は未然に防がれた。



「紅羽ちゃん、大丈夫だった!?」


「あ、ありがとう歌音。その、制服が……」



 歌音の上着には穴が空いていた。スライムの身体は酸性を帯びていると聞いたけど、こんなにも強力な物だとは思わなかったわ。


 顔に浴びてたら、大変な事になってたかも。

 私は思わず、ぞっとする。



「制服は後で買い直せば良いから。それよりも、他の魔物は――?」


「おーい、こっちは終わったぞー!」



 鉄の剣を振って、此方に無事を伝えてくる総司。彼等の周りには4匹のゴブリンの亡骸が倒れていた。一瞬後に輝いたソレは、光と共に結晶化し、小さな魔晶を四つ残す。スライムの方も、同様だった。



「紅羽、援護ありがとな。ゴブリンばっかに気を取られて、スライムまでは気付かなかった」


「私は良いけど、歌音の制服が――」


「え? うわ、穴空いてるのか、ソレ!?」


「スライムの攻撃にやられたの。でも、私も紅羽ちゃんも無事だよ!」


「……ごめんなさい。帰ったら弁償するわ」


「えぇ!? いや、良いって! 私が勝手に動いただけだもん。もしかしたら、もっと上手い避け方もあったかも知れないし、紅羽ちゃんが気にする事じゃないよ!?」


「――だってさ? 今日の所は甘えておけば?」


「……元はと言えば、スライムの対処を怠った総司の責任だがな。謝罪として、しの……歌音の制服を弁償しても罰は当たらないぞ?」


「いぃ"!? ――お、俺が!?」


「あー、それ賛成! じゃあじゃあ、後で学習区の制服売り場に一緒に行こっか?」


「弁償するのは別に良いけど、今はその、マイレージがさぁ……」


「総司は石瑠の忠告に従って、全財産を武器に入れたからな。貸しと言う事で良いのでは?」


「つまりは借金ね。御愁傷様。探索者が金欠に陥る理由……今回で良〜く分かったわ」



 頭を抱える総司を弄り、笑い合う私達。


 ABYSS第2階層に入ってから、もう30分は経過している。探索は思った以上に大変だった。弱い魔物の代表格のスライムやゴブリンだけれど、相対してみるとそんな事は全然無い。


 他の皆は大丈夫かしら?


 その、翔真は――



「……」



 浮かんだ疑問を振り払い、私は自身のPTへと向き直る。今は自分達の事が先決だった。



「初めて【タンク】をやってみたけど、中々上手くはいかないなぁ……」


「今からでも【アタッカー】に転向するか?」


「いや。このPTで一番頑丈なのは、どう見ても俺だろう? 【タンク】は続けるよ」


「ふむ……防御役が一番良い武器を持っているというのも、何だか不思議だがな」


「あ! それ、私も思ったー! 総司君、今からでもその剣を歩君に貸してあげたら?」


「おいおい、勘弁してくれ……奮発して買った鉄の剣だぜ? それにコイツ、防御面でも結構優秀なんだ。酸化防止が付いてるから、スライムの体液でも溶けないし、重宝してるんだよ」


「俺は武器を選ばないからな……」


「木刀でゴブリンをスパスパ斬っていたわよね? アレも通っていた道場の技なの?」


天然火神てんねんかしん流の奥義だ」


「凄いよね〜、流石歩君! 頼りになるー!」


「……チクチク刺されてる様な気がするなぁ」



 総司はガックリと項垂れる。弄られキャラは大変ね? ……面白いから、放っておくけど。



「凄いと言ったら、紅羽の弓も凄かったぞ。動いてる魔物を相手に、寸分違わず当てるんだからな。弓は昔から上手かったのか?」


「別に弓に限った話じゃないわ。鳳家は武家だから、女だてらに幼い頃から色んな武術を習わされていたのよ。剣や薙刀だって、やろうと思えば使えるわ」


「……その中でも弓をメイン武器に選んだのは、何か理由でもあるのか?」



 歩君が、私に向かって問い掛ける。周りの二人も興味津々な様子である。


 ――別に隠す事でもないか。


 私はふっと息を吐きながら、幼き日の事を思い出す。私を助けてくれた――あの人の事を。





 ――アレは、夏祭りの夜だった。


 14才の頃の私は、七月に開催される草魔神社の夏祭りに、翔真と共に遊びに来ていた。


 あの頃はまだ互いにギクシャクしていなかった頃だったわ。翔真の方も変に気取らず、自然体で優しかった。だから親に言われて行った夏祭りでも、普通に楽しんでいたと思う。


 人混みを掻き分けながら、屋台を回る私達。気が付いたら翔真の奴がいなくなっていたから、私は神社の階段に座って、アイツが来るのを待ってたっけ――


 やがて、ドン! という音が、境内の後ろから聞こえて来た。花火が上がるにはまだ早い。怪訝に思った私は神社の階段を登り、人気の無い林の方へと回って行く。


 そこで、見たものは――



『……なに、これ……?』



 おびただしい血と、倒れた数人の大人達。惨劇の中心には、身体の至る所に棘が付いた、髑髏どくろ顔の"鬼"が立っていた。



『――オン



 一目見て、この世の者ではないと理解する。放たれるプレッシャーは黄泉の息吹。呼吸すら出来ないその空間で、私は己の"死"を悟る。



『う、うわぁぁぁぁぁぁ――ッ!!』



 右手の方から奇声を上げたのは、翔真の奴だ。手に石を持ち、怪異目掛けて投げ付けている。――馬鹿、翔真ッ! 声が震えて、言葉にはならない。翔真の愚行は、私からはただの自殺行為にしか見えなかった。



『怨……』


『ひ、ひぃぃ――ッ! 来るな、来るなァ!!』



 顔を向ける怪異に腰を抜かす翔真。必死に石を投げ付けるも、それは全く意味が無い。


 全ての闇を凝縮した様な、おどろおどろしい腕で翔真の顔を鷲掴みにする怪異。



『あ、が……ッ! あ、ぁ……あっ?』



 ――翔真が死ぬ……?


 顔を掴まれ、宙吊りとなった翔真が肩をだらんと脱力させた瞬間。私は喉が張り裂けんばかりに叫んでいた。



『ダメェェェェ――ッ!!』



 声と共に降り注ぐのは、幾千もの光の矢。まるで星々の煌めきの様だと思ったその攻撃は、怪異の身体をズタズタに切り裂いた。



『……最悪の事態には、間に合ったかな?』


『あ、あなたは――?』


『シッ! まだ動いている! ――離れていて!』


『――』



 神官の様な和風な白装束に身を包んだ男性は、尚も暴れ狂う鬼の怪異へと向けて、自身の弓を引き絞る。瞬間移動の様な速さで攻撃の応酬をする彼等。私は思わず、その強さに見惚れてしまう。


 やがて、決着はついた。



『ガ……グ……ッ』


『随分と梃子摺らせてくれたね。けれど、これでお仕舞いだ。在るべき場所に帰るが良い』


『――ッ』



 倒れた怪異の背中を踏み付け、その頭部に極光の弓矢を引き絞る白装束の男性。



『……れ……は……っ』



 私を見詰め、私へと手を伸ばす怪異。


 私が疑問に思ったその時――


 破壊の光が、怪異の身体を包み込んだ。


 闇が溶け込むかの様に消えて行く怪異。幾千幾万の攻防の末――戦いを制したのは白装束の男性だった。肩の負傷に手を遣りながら、彼は私の方へと歩いて来る。



『災難だったね。今日の事は忘れると良い』


『そんな事を言われても……』


『ハハッ、まぁ無理か。――難しい事を言って、ごめんね』



 言って、男性は私の頭を優しく撫でる。そうされる事で、私は漸く危機が去ったのだと、心の中で安堵した。


 同時に――目から涙も。



『おや……?』


『ごめんなさい、安心して……つい』


『……良いんだよ』


『!』


『怖かったら、泣いたって良いんだ……』



 言って、男性は優しく私の身体を抱き締めてくれる。安心感からか、この時の私は彼の胸の中で大泣きをした。今考えると恥ずかしい。


 

『……もう、大丈夫かい?』


『は、はい……』



 羞恥に顔を紅潮させながら、私は男性の顔をマジマジと見た。……思えば、何処かで見た事がある様な顔である。


 金色の髪に、光の弓使い……。

 まさか――



『大手攻略者クラン……【八尾比丘尼やおびくに】の神宮寺秋斗しんぐうじあきとさん?』


『……おっと、バレてしまったかな?』



 探索者として、ABYSS攻略の第一線を走る彼が、何故此処に――?


 ……いや、それよりも――



『私、テレビで神宮寺さんが出ているのを見た事があります! 凄い探索者だって、私――』


『ありがとう。でも、今日の事はメディアには内緒だよ? 一応、極秘の任務でね……』


『私、鳳紅羽って言います! いつかは神宮寺さんみたいな探索者に成りたくて――あ……っ』



 興奮する私を宥める様に、神宮寺さんは私の唇へと軽い口付けキッスをする。


 リップサービス……だったのかなぁ?


 驚く私に、神宮寺さんはこう言った。



『成れるよ。いつか必ず。――君ならね?』


『――』



 恍惚とする私を置いて、神宮寺さんは何処かへと立ち去って行ってしまった。


 後に残されたのは――私と、翔真……。



『そうだ! 翔真は――!?』



 今の今まで忘れていた。あの怪異のプレッシャーをモロに受けたんだもの。身体に支障があってもおかしくは無い。



『翔真!!』


『……そんなに大きな声を出さなくても、僕なら大丈夫だよ……』



 言いながら立ち上がろうとする翔真だけど、その身体はフラフラだ。何処か怪我をしたのかしら? 翔真は胸を抑えて立ち止まる。



『無理しないでよ! 何であんな馬鹿な事を!? 神宮寺さんがいなければ、アナタ、死んでいたのかも知れないのよ!?』


『……ッ』


『無事だったから良かったけれど、今後は勝手な真似は慎んで――』


『あぁ――!! うるさいうるさい、うるさいなぁッ! そんなにあの男がよかったのかよ!?』


『……え?』


『紅羽は何時も言ってたもんね!? 強い男の人が好きだってさぁ!? ――良かったじゃないか! 念願叶って、神宮寺さんに守られちゃってさぁッ!?』


『しょ、翔真……?』


『僕が何をしても! どんなに勇気を振り絞っても……!! 紅羽は僕の事を認めてくれない!! もう良いよ……! 沢山だっ!!』


『な、何を言ってるの翔真!? ――ねぇ!?』


『……それとも……僕が甘さを捨てればいいのか……? そうすれば……紅羽は……ッ』


『翔真ッ!?』



 呟くと同時に、翔真は大量の汗を流しながら、その場へと倒れてしまう。


 救急車を呼び、病院へと運び込まれる翔真。三日経った後に、アイツは意識を取り戻した。


 神社の惨劇は誰にも知られていなかった。救急車が来た時は、大人もあの"光景"を見たと思うのに、ニュースやネット。新聞では、全く報道がなされていない。神宮寺さんは極秘の任務と言っていたから、もしかしたら国家権力による偽装があったのかも――?


 疑問は尽きないけど、あの日から変わった事は二つある。一つは私自身の事。神宮寺さんに憧れた私は、その背を追い掛ける様に、彼と同じの修練に没頭した。


 探索者としての完成形――あの様な人に、私は成りたいと思ったの。


 もう一つは、翔真の事だ。


 翔真はあの日の夜の事を忘れていた。藍那さんは、極度のストレスによる健忘症だと言っていたけれど、私としてはホッとしてしまう。


 あの日、最後に見た翔真の様子はおかしかった。まるで、あの"鬼"の怨念が取り憑いた様……神宮寺さんとしたやり取りは、許嫁という立場からは少しばかりの罪悪感があり、忘れてくれるならそれで良いと思っていたのだ。


 けれど――そう上手くは事は運ばない。


 翔真は変わった。あの日を境に。


 他人へと威張り散らし、殊更ことさら許嫁という立場を強調する翔真は、私が好ましいと思っていた頃の、優しいアイツじゃない。


 それだけは、認めちゃいけないと思ってる。

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