レガシオン・センス〜対人関係クソザコな最強ソロゲーマーが、VRMMOの嫌われモブに転生とか無理ゲーじゃね?〜

威風

第01章 入学編

第1話 ようこそ、ハードモード


 ――朝。


 目を覚ましたら別人になっていた。



「……へ?」



 比喩では無い。



「おはよう御座います」



 天蓋付きのベッドの横には、若いメイドさんが立っていた。一体、何時から居たのだろう? 驚きの余り時が止まった僕を見て、秋葉原にでも居そうな金髪のメイドさんは、淡々と僕の衣服に手を掛けていく。



「ちょちょちょ――何をっ!?」


「……お着替えですが、何か?」



 慌てる僕に対し、メイドさんは事務的に返事をした。無感情というよりは少しの苛立ちを感じる。仕事を妨害された事に対する怒りだろうか? 戸惑う僕を見下ろしながら、彼女は忌々し気に顔を歪めた。



「朝の御着替えをメイドの私に手伝えと申し上げたのは、翔真しょうま様でしたよね?」


「あ、え……?」


「他にも仕事がありますので、手短に終わらせて頂きます」


「――ほぁあっ!?」



 ズボンの裾を掴んで来たと思ったら、そのまま腿の部分まで引き摺り降ろされてしまう。露わとなった白いブリーフに羞恥心を覚える僕だが、メイドさんは白々しいと言わんばかりに「チッ」と、舌打ちをし、膝元のシーツを捲り上げて中途半端に脱がしたズボンを没収する。


 手短に終わらせると言った、彼女の言葉は正しかった。態度こそ険悪ではあったが、プロの様な手際で僕はあっという間に紺のブレザーへと着替えさせられていた。


 姿見の鏡の前で己の姿を振り返りながら、改めて思う――誰だこれ!?


 27歳。冴えないフリーターだった自分が、気が付けば前髪の長い陰気な黒髪少年に早変わりしているではないか。歳の方も肉体の方は恐らく15〜17と言った所だろう。若いしショボイ。スラックス越しに縮こまった己のJr.を見下ろしながら、僕は淋しい気分で一杯だった。


 どうやらこの肉体の少年は、結構な金持ちの家の子供らしい。本物のメイドさんなんて初めて見たし、洋館風の屋敷の中には高級そうな絵画や花瓶がこれでもかと飾られている。


 まぁ、普通に考えたら夢だよな……?


 ……でも、何でか知んないけど、この夢……中々覚めてくんないのよね……?


 そうこうしていると、僕のお腹がグーっと鳴る。起き抜けの空腹という奴だ。



「……早く食堂に行かれたらどうです?」


「しょ、食堂って、どっちですか……?」


「……チッ!」



 ……本当に態度が悪いなぁ。


 舌打ちをしたメイドさんは、無言のまま部屋の外へと歩いて行ってしまう。


 ……多分、着いて来いって事だよね? 僕はおっかなビックリとしながら大和撫子の様に彼女の三歩後ろを着いて行く。


 辿り着いたのは、それはそれは豪華な食堂だった。天井に吊るされたシャンデリア。壁側には巨大な暖炉と鹿の剥製、金縁の鏡が設置されている。中央に置いてある長テーブルも、これまた立派な代物だ。


 キョロキョロと辺りを見回していた僕は、隣のメイドさんに怒られ、すぐさま近くの席へと着席した。手元にはナイフとフォークが並べられているけれど、洋式のテーブルマナーなんてまるで知らない。


 想像以上の格式の高さに戸惑っていると、奥の扉から一人の少女が二人のメイドを伴って、食堂へとやって来た。


 ツーサイドアップに結んだ金色の髪を左右に揺らしながら、少女は僕の目の前の席へと着席する。歳はいくつだろう? 少なくとも高校生では無いと思う。中学校低学年頃か? まるで二次元キャラの様な容姿をしているけれど、コスプレとはまた違う自然体だった。もしかしたら白人の血が入ってるのかも知れない。


 目が合うと同時に、にっこりとした微笑み。


 小学生くらいの歳の子に、僕は思わずドキリとする。日本人離れした顔立ちに、お嬢様然とした洋服は決まり過ぎてて逆に怖い。



「――翔真しょうま! 朝の挨拶は!?」


「ふぇ!?」



 微笑みから一転。キッとした鋭い目付きで僕に命令する少女。突然やって来た10代の少女に挨拶を要求された経験は27年の人生の中でも存在はしない。そもそも、目の前の女の子はどう見ても僕より歳下だろう? 何だってこんな舐められた態度を取られているんだ!?


 疑問に思ったが、しかし……無視は不味い。



「お、おは、おはよう……?」



 どもりながら何とか朝の挨拶を繰り出す僕。咄嗟の事態にもちゃんと対応出来る、自身のアドリブ力を褒めてやりたい気分だった。


 が――



「……は? 何それ?」



 少女は、お気に召さない様である。



「私が挨拶って言ったら――頭はでしょう? もう一度やりなさい!」



 少女が指差したのは、床だった。

 頭を……床に……着けろ……ってコト!?


 思わず、ゆるキャラの様な顔をしてしまう。



「椅子から立って、膝を着くのよっ!!」



 不承不承、言う通りにする僕。


 余りにも傍若無人。ていうか、周りのメイド達は誰も止めないのかよっ!?


 援護を期待して、周囲を見渡す僕。


 そこには意地の悪い嘲笑を浮かべたメイド達が存在した。彼女達は誰も金髪の少女を制止したりしないし、むしろやられる僕を見ては楽しんでいる始末である。


 正に四面楚歌!!


 この少年、嫌われ過ぎぃ!?


 一体どんな生活を送ったらこんな扱いを受ける事になるんだァ――!?


 心中で頭を抱えながら、僕は急かされるままに床へと這いつくばる。頭を地面にって……要するに土下座をしろって事だよね?


 何だって僕がこんな目に。



「お、おはようございま〜す……」


「――」



 衆人環視の中、額を床に擦り付けながら歳下の少女に向けて挨拶をする僕。傍目から見たらコレは一体どんな光景なのだろう? 屈辱……と言うよりも、今はまだ混乱が勝っていた。



「……あれ?」



 言う通りに挨拶をするも、少女からの反応は薄い。どうしたものかと視線を上げると、そこには養豚場ようとんじょうの豚を見る様な目で此方を見下ろす少女の姿があった。呆気に取られた瞬間、僕の後頭部は足置き台の様に彼女に踏み付けられ、再び床へと額を擦り付ける形となってしまう。



「……キモ。それが武家の名門・石瑠家の次期当主の姿? 恥晒しも良い所ね。良い加減、当主を姉様に譲ったらどうなの?」


「そ、そんな事を言われましても……」



 石瑠家? 当主?


 新たなワードの登場に、僕は頭にクエスチョンマークを付けてしまう。



「お前が家を出るだけで良いのよ? それだけで毎日の苦痛は終わるの。石瑠家の次期当主は姉様――石瑠藍那いしるあいな様にお譲りしますと、一筆をしたためなさい。そうすればお前に対する嫌がらせも終わりにしてあげるわ。どう? 悪い提案では無いでしょう?」


「は、はぁ……」



 そう言われてもなぁ。未だ展開に着いて行けてない僕は、後頭部をグリグリと踏まれながら生返事をする事しか出来なかった。


 そんな時である。



「これは一体、何の騒ぎだ!?」


藍那あいな姉様!」



 食堂の入口から凛とした声が響いてくる。コツコツと言った足音に慌てながら、目の前の少女は僕の頭から踵を退かした。声色からは薄っすらとした喜色がうかがえ、姉様と呼んだ人への心からの尊敬の念が感じられる。


 えーっと……僕も、もう良いのかなぁ?


 這い蹲った体勢からそろりそろりと起き上がると、藍色の髪のショートカットの美人なお姉さんと目が合ってしまう。女性にしては背丈があり、スラリとした脚はモデル体型と言って良いだろう。一見して、可愛いというよりも格好良いという印象が強い人だ。女子制服を着ている事から、同じ学生なのが見て取れる。


 この子が、石瑠藍那いしるあいな


 偶然かどうかは分からないけれど、僕はその名とその姿に見覚えがあった。


 ――レガシオン・センス。


 近年流行したVRMMO。石瑠藍那と言うのは"レガシオン"に出て来るNPCの名前だ。姿形も似ている……ゲームグラフィックを現実として落とし込んだら、きっとこんな感じになるのだろう。極めて高い原作再現度だ。



麗亜れあ……またやっていたのか……?」


「それはそのぉ……」


「……いや、もはや何も言うまい。やられる方もやられる方だ。我が弟ながら情けない。三つ下の妹に良い様にやられる男なぞ、石瑠家の男児として相応しく無いだろう。その腐った根性、この私が直々に叩き直してやる!!」


「いぃ゛!?」



 どうやら悠長に耽っている暇は無いらしい。

 状況は刻一刻と悪くなって行く。


 一難去って、また一難!?


 もう堪忍してぇ――!


 後退りして両の腕で顔を覆った、その時だ。



「――と、言いたい所だが、今は時間が無い」


「ふぇ?」


「今日は貴様の"アカデミー"初登校日だったな? 許嫁が玄関に迎えに来ているぞ。男子が女子を待たせるものではない。……早く行ってやれ」



 い、許嫁!?

 こいつにそんな相手がいるんですか!?


 27の僕でさえ彼女いない歴=年齢なのに!?


 ……しかし、それはさておき――



「あ、あのぅ……僕ぅ、まだ朝ご飯を食べて無いんですけれどぉ……?」


『――チッ!!』



 メイドさんを含む、全員に舌打ちをされた。


 どうやら、僕には朝食を食べるという選択肢は与えられていなかったらしい。

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