友達のカノジョ

棺あいこ

友達のカノジョ

一、夏の日のこと

1 どうして、ここに……?

「よっ! りお、俺彼女できたぞ!」

「お、おめでとう。直人なおと……」


 あの時の……、その顔を……、俺はまだ忘れていない。

 なぜだ……? そんなことがあっても、俺たちはずっと友達なのに……それだけは絶対変わらない事実だったのに。なぜ、俺はあの時のことをずっと忘れられないんだろう……? その夢を見るたび、俺はあの時のことを思い出してしまう。


 もう……一年前のことだけどな。


 ……


「暑いな……」


 今年の夏も部屋に引きこもるだけ、買い物以外はほとんど外に出ない俺だった。

 暑いし、息苦しいし、友達もいない。

 みんな青春の夏って言ってるけどさ……。俺の青春は……すでに終わったかもしれない。何も始まってないのに、俺がそう決めていた。すごいイベントや楽しいことはもういらないからな……。いや、それに飽きたっていうか。今は一人の時間を楽しむために毎日頑張っている。それだけだった。


 でもさ、本当に田舎とは違うな……。

 転校してきてほぼ一年くらいか……、俺はあの二人から離れて都内の高校に通っていた。


 名前は……。


北川きたがわくん……!」

「えっ?」

「うん?」


 ベッドで寝ていた俺は、聞き慣れたその声にすぐ目が覚めてしまう。

 どうして……、ここに?


「久しぶりだね? 北川くん!」


 俺の前で笑みを浮かべる女の子、この子の名前は霞沢かすみざわあい。

 彼女は俺の幼馴染だった。


 相変わらず、可愛いなと思わせる茶色の長い髪の毛と大きい目……。霞沢は俺がそこを離れる時と同じ姿をしていた。懐かしいな。でも……、あの時より少し痩せたような気がするけど、気のせいかな……。


「…………」


 待って……、友達の彼女を見て何を考えてるんだ……。

 可愛いとか、痩せたとか、俺たちはただの友達なのに……。それにしても、その笑顔だけはずっと忘れられないほど可愛かった。そんな人だったよな、霞沢は。


「よっ……。久しぶり、霞沢……」

「ええ……、また部屋に引きこもってんの? たまには外に出てよ! 夏なら青春! 知らないの?」

「ええ……、霞沢もそんなこと言うのか……」


 やっべ……、先変な夢を見たから……今の状況に上手く対応できない。

 なんでそんな夢を……。しかも、普段なら全然思い出せないはずの記憶まで思い出しちゃって……その気持ちを隠せなかった。


 しっかりしろ、りお!

 お前の前にいるのは友達だけど、一応あいつの彼女だから……。


「ふふっ。なんでそんなに緊張してんの? 何もしないよ?」

「えっ? あ、あ、ごめん。全然予想できなかったから、それよりどうやって入ってきたんだ? うち七階だし、鍵も持ってるはずぅ———」


 すると、微笑む霞沢がうちの鍵を見せびらかす。


「じゃーん!」

「嘘! なんで、そ…それを霞沢が持ってるんだ?」

「ここに来る前にね? 北川くんのお母さんと話したから! うちのバカをどうにかしてくれない?って言われたの」


 お母さん……。


「それより……、服着てくれない……? 半裸のまま話すのは……私も恥ずかしいけど……。北川くん」

「えっ?」


 あっ、そうだった。

 今日は天気予報で暑いって言ったから、半裸のまま寝てたよな……。


「ごめん。てか、来る前に連絡くらいは……して……」

「ううん……、ここはいいね〜」


 なんで、さりげなく男のベッドで寝てるんだ……?

 それに変なことも言ってるし。

 霞沢とは一年ぶりだけど、あの時の癖もその言い方も全然変わってないな……。いくら彼氏の友達だとしても……、これはひどくないのか……? 直人のやつは彼女がここにいるのに何をしてるんだ。


「霞沢……、寝るなら靴下くらい脱げ」

「ええ……、いいじゃん。別に汚くないし……」

「追い出すよ……」

「ええ……、女の子に暴力……? 北川くん、そんな人だったの〜?」

「…………まあ、いい。俺の癖みたいなことだから」

「…………」


 すると、床に座っている俺の肩にさりげなく足を乗せる霞沢だった。


「確かに、北川くんは変なことに執着する癖があったよね? じゃあ、北川くんが脱がして……」

「嘘だろ……?」

「このまま寝ちゃうよ〜?」


 霞沢はいつもこんな風にいたずらをする。

 うっかりしていた。元々、こんな人だったのを……。


「ね・ちゃ・う・よ・?」


 彼氏がいなかった時は調子に合わせてあげたけど、今は状況が違うだろ……。

 このバカは一体何を考えてるんだ。マジで分からない。


「はいはい。姫さっ……! あっ」

「へえ……、まだそれ覚えてるんだ!」

「違う! これは……」

「早く……!」

「はいはい」


 ゆっくり……霞沢の靴下を脱がす。


「ふふっ。姫様って懐かしいね〜」


 ミスった……。


 幼い頃からずっと二人っきりだったからな……俺たち。

 まさか、あの時の癖が直ってないとは……。

 恐ろしいな、霞沢あい……。


「うっ……♡」

「へ、変な声出すなよ!」

「だって……、北川くんの手が……冷たいから……。それに……気持ちいいっていうか……」

「はあ! 冷房つけたから当たり前だろ……!」

「ふふっ。なんか、こんなやり取りをするのも久しぶりで楽しいね」

「俺に変なことをさせたくせに、そんなこと言うな……」

「ええ〜」


 それはいいけど、なんでそんな短いスカートをはいてるんだ……?

 直人とデートする時も、友達と遊ぶ時も、霞沢はいつもズボンだったのに……気のせいか……? やはり、女子の気持ちは難しいな……。平凡な俺に女心なんか、分かるはずがなかった……。


「ううん———! 気持ちいい」

「ちょ、ちょっと……くっつくな……!」

「ええ……。北川くんに靴下脱がされて、寒くなっちゃったから……。それにおままごとをする時はハグとか、お姫様抱っことか、さりげなくやってくれたじゃん? 今更……?」

「…………」


 いや……、小学生の頃だろ。それは……。

 いつの話なんだよ!


「いいじゃん……」

「全く……」


 そういえば「姫様って言ってみ、北川くん!」とか言ってたよな……。

 俺にいい思い出はないのか?

 まあ、そんなこと覚えてないけどな……。


「あたたか〜い!」


 今は後ろから抱きつく霞沢をどうにかしないと……。


「あ、そうだ。直人に連絡しておくっ———」

「…………」


 なぜか、霞沢にスマホを取られてしまったけど……。

 なんだろう……?


「今は……ダーメ」

「えっ?」


 もしかして、喧嘩でもしたのか……?

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