新番組『希望戦機 ホープフル・フューチャー』予告

地崎守 晶 

希望戦機 ホープフル・フューチャー PV1「時計草の死神/天使」(公式)

 漆黒の宇宙に青をたたえる地球。

 そのペールブルーの土壌から伸びるカーボンナノチューブの茎の先に、鋼で形作られた大輪の花が咲いている。その十二枚の花弁は同じく十二本のメインシャフトで支えられ、中心部から飛び出した長さの異なる三本の雌しべは航宙艇という花粉を捕まえる可動式ドッキング・ポートだ。

 飽くなき探求心と経済的帰結により人類が咲かせた科学の花にして、未知なるフロンティアへの足がかり。

 特徴的な外観から時計草パッションフラワーと呼ばれるその軌道エレベーターは今、機械仕掛けの害虫に群がられていた。


 『乗る限り希望を奪われ続ける』人型有人兵器、ホープレス。敵も味方も時計草の周囲で入り乱れ、撃ち合い、斬り合い、散っていく。音のない閃光が鋼の花を照らし、爆煙が影を落とす。

 均衡が破られ、時計草を守る側の機体が次々に撃墜されていく。欠片は引力に引かれ、乗り手の魂と共に成層圏で燃え尽きていく。

 決壊した防衛ラインを突き進み、時計草の雌しべに迫る一機のホープレス。

 いっそ美しくすらある獰猛な黒いフォルム。鋭角的なマニュピレータに握られた、骨と牙を組み合わせたような純白の大鎌。フードを被った白いドクロの意匠の施された頭部。

 『郷愁の死神』スノウ・ノスタルジアの専用機、『ブラックリーパー』。

 すでに機体と命運を共にしたパイロットは幸運である、彼女という不条理の恐怖をこれ以上目の当たりにせずに済むのだから。

その証拠に、黒いホープレスが防衛目標を破壊せんとしているにも関わらず、それを阻もうと動く機体はなかった。

――いや。正確にはたった一機だけ。

 最高速の死神の軌道を切り裂くように飛び込んできた純白に輝くホープレス。射撃で捉えることが不可能な死神相手に特化した、二本の大型実体剣と精密な高速機動を可能とする六枚の翼。

 『裁断天使』フユ・ホープフルの専用機『ホワイトリッパー』。

 宇宙の闇に溶け込む黒とその闇を切り裂く一条の白が交錯し、激しく火花を散らした。

 鎌と二本の剣。互いの刃が噛み合うことで一時的な均衡が生まれ、二機のホープレスのカメラ・アイが交錯する。


『アハハ! やっぱフユちゃんやないとアカンなあ、ウチの相手は!!』


郷愁の死神の言葉を聞けば正気でいられない。

そのオカルトじみたジンクスを誰もが恐れ、ノスタルジアのいる戦場では敵軍とのチャンネルは封鎖されているいるにも関わらず、まだ生きている全ての機体のコクピットに、愉快そうな声が響く。


『相変わらず好き勝手してくれるわね、スノウ・ノスタルジア。アンタがオシャカにしてくれた新型機1ダース、弁償してくれるんでしょうね!?』


 ホワイト・リッパーの操縦桿を握り直し、フユは苦々しく吐き捨てた。

 二刀で鎌の刃を挟み込みながら、胸部バルカンを浴びせかける。ブラック・リーパーの装甲は火花のひとつも立てずにぐにゃりと表面を波立たせ、弾丸を内部に飲み込んで、一瞬後には無傷の姿を見せた。


『ウチに勝てたらなんぼでもフユちゃんに払ってあげるで、ウチの体で。

じゃあ撃っても効かんの分かってんのに撃っとる豆鉄砲はウチへのラブコール、いうことやんなっ』

『あー言えばこー言う!』


 ノスタルジアはフユとの言葉の応酬を楽しみながら、複雑怪奇な曼荼羅めいた操作系を指先で弄ぶ。 

 ブラック・リーパーの鎌を握る手がぐるりと回転し、噛み合っていた刃が弾き飛ばされる。

 フユは反動で流される機体を6枚の翼からの噴射で押しとどめる。

 頚部に蛇のように伸びてきた白い鎌を、銅に引きつけた膝の装甲を犠牲に防いだ。


『相変わらすキレイな機体やなあ、ウチ好みのドレスやわ……脱がしたいって意味でな♡なあ、やっぱりウチの仲間になれへん? ウチ、フユちゃんが欲しいねん』

『っさいわよこのヘンタイ!』


 鎌の柄を蹴りつけ、ホワイトリッパーは閃光のように宙を駆けた。

 漂っていた二刀を回収すると、瞬く間にブラック・リーパーに迫る。


『人の未来のために戦うフユちゃん、キミはなあ~んにもわかってへん一般ピーポーの都合のええ英雄にされとる。しんどいやろ、いっつもええ子チャンのアイドルやらされるんは。ウチならホントのフユちゃんをかわいがってあげる。そんでいっしょに、世界のみぃんなを懐かしい安寧の中で救ってあげようや。ウチの胸はいつでも空いてるで?』


 飛び込んでくるフユを迎え入れるように、ブラック・リーパーは腕を広げた。


『アンタの愛なんかいらない! アンタの言う安寧なんてまやかしじゃ誰も救えない! アンタを断ち切って! 未来を切り開いてみせる!』


 長大なブレードを突き出し、X字に重ね合わせ、その刃で死神を挟む。


『ふふ、それでこそ、ウチのフユちゃん、や』


 二機のホープレスが激しく交錯し、あらゆる因果を裁断するかのような鋏が閉じていく――


 宇宙に咲く時計草。その花弁を照らすように、ひときわ巨大な爆発が広がった。

 ノスタルジアとフユ。 

 伝説のホープフル乗りとして語り継がれることになる二人の少女。

 鋼鉄の時計草を巡る抗争は、その端緒に過ぎなかった。

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