落下の中で

中山花伝

【700文字完結】落下の中で

高層ビルから飛び降りる。


飛んだ瞬間、なんとも言えない解放感を得る。

親や兄弟の目を気にする必要はもうない。俺をいじめていた会社のヤツらのことはもう考えなくても良いのだ。


どんな人間でも思い出の割合は、良い思い出が6割、中間的な思い出が3割、悪い思い出が1割らしい。

自殺した人間の走馬灯ではどうだろう?


まず出てきたのは母親の顔とコーヒーだ。

俺をこんな性格にした張本人だ。兄弟の中で一番出来が悪かった俺には見向きもしなかった。


母親は俺の机にコーヒーをそっと置いた。これは浪人時代の思い出だ。

もっと母親との思い出はたくさんあるはず。小さい頃に暗くなるまでキャッチボールしたこととか。毎週末には映画館に車で行っていたこととか。たくさんの思い出の中で、出てきたのがこれか・・


次は上司との食事だ。

俺を怒ってばかり。後輩には優しい顔してばかり。


取引先との打ち合わせの帰りには、ご飯を食べながら「反省会」をさせられるのだ。

これは何の打ち合わせの帰りだっけ?この唐揚げ定食美味かったな。


中学時代に俺をいじめていた不良の顔。大学時代に俺をフった同級生の顔。就活の面接官。はじめて付き合った彼女。近所のスーパーの愛想が良いおばさん…


落下する俺とは反対に、涙は上へ上へと上がっていく。

俺とどんどん離れていく。


もう少し生きてみたい。良い思い出とは言えないが、悪い思い出でもない。

あの時どんなことを思っていたのか、腹を割って話してみたい。良い思い出にできるかもしれないのだ。


どんな人間でも思い出の割合は、良い思い出が6割、中間的な思い出が3割、悪い思い出が1割らしい。

自殺した人間の走馬灯ではどうだろう?

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落下の中で 中山花伝 @naka_naka

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