視線
U.N Owen
夜間バス
「やっべー、忘れた。」
「は?」
もう夕暮れは近づいており、河原では着々と人々が減って行っている。
高校に入ってから人生は変わると言われて来たが、先生はどう変わるのかは教えてくれなかった。俺のはたまたま悪い方に行ったようだ。
中学の頃はまだ遊ぶ時間もあったものの、高校に入ってから親にはいい学校、いい成績しか聞こえてこない。塾にも毎日分刻みのスケジュールで行かされるようになった。部活はもちろん、週末さえも自由な時間は少ない。父も子供の頃は勉強だけで生きて来ており、それでエリートサラリーマンになったのだから父にも母にもそれだけが成功の方法だと見えているんだろう。
塾では毎日ガリ勉ばかりが来て上位に食い込むだけでも難しいのに、教師もひどいと来ている。大抵の教師は東大や早稲田などを落ちた浪人生で、常に生徒を見下している。
そうして、俺には塾か家に帰る二十分程が友達との唯一の自由な時間となった。
「あの出っ歯の佐藤の所か??」
隣にいた圭佑が聞いてきた。佐藤は俺の入っている塾でも一番最低で、塾に入っていない生徒にもその酷さの噂が流れている。
「そうなんだよ。今から引き返すから。」
「まじかー。じゃあ、また明日な。」
「また明日。」
俺は圭佑と別れると駆け足で塾へ引き返し始めた。
ゆっくりと、ヒグラシの鳴き声が止み出した。
「佐藤の野郎、三十分も説教しやがって。」
ブツブツ独り言を言いながら俺はまた溜息をついた。周りはもう漆黒の色で埋め尽くされている。この様子じゃもう歩きは無理と思いながら周りを見ていると、あるバス停が目に入った。時間表を確かめようと俺がバス停に近付いた時、丁度最後のバスがバス停に止まった。
「まだ入ります!」
そう言って俺はバスへ寄って行った。扉の中へ入ると運転手が眠たそうな声で、
「210円。」
と言った。俺は財布から百円玉を三つ取り出し、運転手に渡す。お釣りを貰い、座る場所を探そうと顔を上げると目の前の男性と目があった。いや、そこにいた乗客全員と目があっていた。気のせいかと思いもう一度周りを見渡したが、俺は全員に見つめられたままだった。その人達の瞳には何故か生気が感じられなく、まるで暗闇に光を吸い取られるような感覚が走った。
気味が悪くなり俺はおずおずと唯一下を向いていた老夫の隣に座り込んだ。その老夫は白い帽子を被っており、近付いてみると当初の印象よりも少し若く感じてしまう。
「どうかしたのかい?」
下を向いていた老夫に突然聞かれて驚いたが、思い切って伝えてみた。
「今さっき乗客の方々全員と目があったんです。こういう事って珍しいですよね、最近は皆自分のことしか考えてないのに。」
すると老夫はにこりと笑い、
「そうなのかい。でも人間と言うのは自殺する時などはよく多くの人と目が合うらしいよ。」
と呟いた。
「ふーん。」
老夫が何を言いたいのか分からなく、俺は少し不器用に相槌を打った。けれども老夫は気にせず喋り続ける。
「私みたいな年寄りや大人は死ぬ時に”走馬灯”と言うものを見る事が多くある。君も知っているかも知れないが、走馬灯と言うのはその人に自分の過去の記憶を全てもう一回見せるんだよ。」
老夫は一呼吸を置くとまた口を開けた。
「けれども、子供やまだ若い人はそれだけの記憶を持っていない。だから彼らは逆走馬灯を見る。そう、自分の未来が全部見えてしまうんだよ。面白い事にこれはそんなに知られていないんだけどね。」
するとその老夫は手を膝に乗せ、腰を上げた。そして乗客の一人を指差した。
「ほら、あのお爺さんは八十歳の君、あれは大学生の君、あれは結婚した後の君、。。。。」
鼓動が速くなるのを感じる。俺がその老夫をもう一度見上げると、彼の顔が骸骨に変わっていた。
「鈴木義輝くん、今日は君が死ぬんだよ。」
「うわぁーっ!!!!」
俺は悲鳴を上げ出入り口へと走り出した。
「運転手さん!止まって!!殺される!!!」
俺はがむしゃらに運転手の腕を揺さぶった。
「おい!やっ、止めろ!」
運転手の手で無理やりバスを回転させ、バスはやっと止まった。
「止まった!」
俺が慌てて出入り口から出た時、目の前に車のライトが見えた。
視線 U.N Owen @1921310
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます