第10話 聖なる光
正直、あの時感じた
だから本当は今だって。
あの辛さに、これからも何度も同じ思いをするのであろう事実に向き合いたくなんてない。
でも……。
もうトレーユの事を勝手に僻んで一人逃げて、アリアを一人過酷な旅に送り出す真似はしたくない。
だから俺は今ここでトレーユではなく、誰よりも俺自身を信用して動きださなければならないのだろう。
「カルル、もう一度変身させてくれ!」
そう言えばカルルが
「へぇ?」
っと少し間の抜けた声を出した。
「スキルのリミットを戻したい。スキルを使っていない状態まで変身させてくれ。出来るだろう?」
カルルはそんな俺の言葉に、ピクッと頬を引きつらせた。
「言っただろう、格上の存在には出来ないって。スキルの上限を越えられるハクタカは私からしてもかなりの脅威なんだ」
そうして、カルルはしばし思案する素振りを見せた後、
「……でも。まぁもう一回くらいなら何とかなるか??」
ニヤッと嗤ってそんな事を独り言のように言った。
「いいだろう、やってみよう。リスクと引き換えにしたって、キミがやらかす事には興味あるからねぇ」
トレーユが止める前にパチンと指を弾いて、カルルが頭を抱えて苦し気にその場に蹲った。
そんなカルルの身を案じ焦る俺に、
「大丈夫。頭キーンとしただけ」
蹲ったまま、カルルはそう言って緊張感を感じさせないようヒラヒラと気の抜けた風に手を振って見せる。
「恩に着る!」
そう短くねぎらった後。
俺は改めて思念体の方に体を向けた。
「ごめんな」
そう言って思念体に向かって手を翳す。
すると、アリアの事を完全にトレーユに任せ、興味深々で俺を見ていたカルルが
「えぇっ??!」
とまた素っ頓狂な声をあげた。
「何の為?! 何の為に思念体に治癒魔法なんてかけたの???」
何の為って、そんな事言われても困る。
拍子抜けさせてしまって申し訳ないが、治癒魔法は怪我を治癒させる為のものだ。
この子の怪我を治した理由?
そんなの罪悪感を軽くする為の、何の償いにもならないただの自己満足に決まっている。
でも……。
これから辛い過去と向き合うって言ってるんだ。
『ハクタカはトレーユと違って素直でいい子過ぎるな』
そう言ったのはカルル自身だし、たまにはこうして我儘やったっていいだろう?
おずおずと顔を上げた思念体の顔から痛みの色が消えたのを確認した後、俺はホッと小さくため息を付いて。
俺は今度こそ本命の魔法を放つ。
「!!!!」
『聖なる光』を三重に重ね掛けして放った瞬間だった。
暗く狭い地下墓地で光が爆発した。
「それを重ねるかぁぁぁ?!」
ホワイトアウトした世界に、焦ったような、しかしどこか楽しそうなカルルの声だけが聞こえた。
やっぱり悪手だったのだろうか?
これでダメなら可哀そうだが今度こそ、一思いに屠るしかないな。
そう思った時だった。
不意に墓所が温かさに包まれた。
「かあさま?」
眩しさから閉じていた目をゆっくり開き声のした方を見れば。
地下墓地の中、どこかから差し込んできたキラキラとした光の方を向いて思念体がそんな事を呟いていた。
目を凝らし思念体の目線の先を追う。
すると眩し過ぎる光の中、微かに真っ白なドレスを纏い優し気に手を伸べる綺麗な女の人の姿が微かに見えるような気がした。
これが、この思念体がずっと探していた本物の『かあさま』の姿なのだろうか?
思念体が導かれるようにしてその光に向かい、自ら小さな手を伸べた。
すると次の瞬間、思念体は光に抱かれるようにして一瞬眩しく光る。
そして気が付いた時には跡形もなく消えてしまっていた。
思念体がいた場所には、しばらく、それが纏っていたボロ布だけが残っていた。
しかし、それも光に溶けるようにして直に消えた。
「私、……何してたんだっけ???」
眩しすぎる程の光が消えた後で、正気に戻ったアリアが剣を下ろし、そんな事を言った。
訳が分からないと立ち尽くすアリアと、安堵感から脱力する俺とトレーユの横で、
「そうかあぁぁぁ! 『聖なる光』の威力を高めれば、こんな効果も期待出来るのかぁ!!」
すっかり体調の戻ったカルルだけがまた一人はしゃいでいた。
◇◆◇◆◇
墓所を後にする前に、アリアの前に『かあさま』にされた、その躯の弔いを皆ですることにした。
深い穴を掘り遺体を埋葬する。
掘り返した土の粘土質の部分を捏ね、古来より死者の魂を死者の国へと連れて行ってくれると言われている小さな粘土の馬も作って墓前に供え、神官であったトレーユが正式な作法で祈りを捧げた時だった。
三重に重ね掛けした『聖なる光』の効果なのだろうか?
突如粘土の馬が光だした。
そして粘土の馬は、見る見るうちに本物の馬と変わらないくらい大きくなると、突如嘶き声を上げ俺達の周りを軽く翔けた後、亡くなったその人の魂をその背に乗せた。
俺が驚きに口を開けたまま、その様を見ていた時だった。
その馬が一瞬アリアの方をヒタと見つめ止まった。
しかし粘土の馬はすぐさまアリアから目を逸らし太陽に向かい首を巡らすと、日差しの中真っすぐ天へと翔けて行きすぐに見えなくなった。
「思ったんだけどさ。もし、アリアの意識が戻る前にトレーユが思念体を殺してしまっていたらさ……」
日差しの中消えて行く馬を見送りながら、そう言ってカルルはまた新しい説を思いついたとばかりに楽し気に嗤い
「いや、何でもない」
と首を振った。
何があったのか覚えていないアリアはキョトンとしている。
しかし、直感に蓋をすることをやめた俺はそんなカルルの言いかけた言葉に、一人ゾクッと背筋が寒くなるのを感じたのだった。
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