第38話 環境の回復 二
鈍く重い音がして、博尾はメイの腕から両手を滑りおとすようにくずおれた。そのまま床に倒れ、生き物らしい気配が一切断ちきられた。
「お客様にお見苦しいところを披露してしまい、申し訳ありません」
メイは謝罪のしめくくりとして頭を下げた。
「い、いえ……あのう、博尾さんは……」
「死にました」
「うげぇっ!」
ここはバーチャル空間ではない。呪宝如来がロボットさながらに自力で博尾を殺す場面は、あまりにも非現実すぎて制止のしようがなかった。
博尾は端的にいってろくでもない人間だ。それでも、生かしておくべき理由……たとえば山伏達とのかかわりを証言させる……は多々あった。
呪宝如来がメイの望みを実現できたとして。こうなったら法律もクソもない。警察が調べたところで、ロボットの暴走による事故と断定されて結論だろう。
「ご安心ください。あなたはご契約を実践し、危害を加えられることなくここを去れます」
「ほ、本当ですか?」
正直なところ、金さえ心配なければさっさとでていきたい。
「はい。博尾の死により、本館の当主ならびに『神捨て』の責任者は私となりましたから」
「でも、博尾さんのことは……」
「無意味な正義感にかられて命もお金も失いたいですか?」
メイの脅迫に応じるように、呪宝如来が渕山に身体をむけた。
「い、いえ。両方欲しいです」
「お話が早くて助かります。次の挑戦者は近森 智恵美様、女性で二十七歳。環境保全テロリストで、風力発電のタービンを爆弾で破壊したさい無関係の家族連れ三人を誤って殺害しています」
「た、びたび犠牲者が説明より多くなるのは……どうしてですか?」
なけなしの勇気を集中投入し、渕山は聞いた。
「客観的な記録は私どもの数字が正しいです。参加者本人が、無意識に殺したいと考えていたり間接的に死に至った人間を自分が原因によるものだと考えていたりすればデータに反映されます」
説明されれば理解はできるが、大して役にたつ情報でもなさそうだった。
「あと、『神捨新聞』が顔写真以外あまりあてにならないんですけど……」
「かしこまりました。今後は参加者の顔写真のみ送信します。他になにか?」
「メイさん、参加者の修行につきそっていたんじゃ……?」
「博尾が研究の疲労を重ねて、錯乱しただけです」
どうとでも解釈できる説明だった。検証のしようがない。
「まだなにか?」
「いいえ」
「では、いつもの宣言をお願いします」
「没入」
一言。室内の光景が暗転した。
きいきいかたかた、きしみながらなにかが動いている。一寸先も墨を流したような闇だ。
胸ポケットが内側から乱雑にひっかかれ、渕山はスマホをだした。『写真 近森 智恵美様』とタイトルのついたメールがきている。すぐに開くと、痩せて鼻と頬骨の高い女性の写真があった。二十七歳ということで、なるほど若い。しかし、狭い口元に睨むような目つきはいかにも偏屈な思想に凝りかたまっているように思えた。
メールは閉じたが、ついでにスマホのライトで周りを照らした。大小様々な歯車や導線、配電盤などが狭い室内にびっしりほどこされている。壁には『今月の平均風力』や『月別見込み発電量』といったタイトルの貼り紙があった。つまり、風力発電の塔の中というわけだ。
出入口もあった。長方形の頑丈そうなドアだ。
外にでるのは簡単だろう。しかし、近森が待ちぶせしている可能性は否定できない。
待ちぶせといえば、近森はどんな武器を使うのだろう。やってきたことからして罪悪感はなさそうだから、やはり爆弾か。手榴弾でも投げつけてくるかもしれない。拘束リングにはめられてからそんなことをされたら、一巻の終わりだ。
渕山はライトを切った。
つらつら考えるに、鈴木は火炎放射器・佐藤はパイプ槍・瀬川は毒薬……。罪悪感の有無には一貫性はない。当たり前といえば当たり前か。
バーチャル空間なのはさておき、田中の妻は一時的にせよ復活した。夫を殺した。如来に限らず、神仏の力で生き返ったなら慈悲や
博尾やメイの説明は、最初から訂正に訂正を上塗りするような体たらくだった。唯一ある程度の
バーチャル空間や呪宝如来による博尾の殺害からすると、連中が無能だから説明があやふやになったとは考えにくい。むしろ逆だろう。彼らにとって致命的なほど重要なことを
いずれにせよ、呪宝如来が本道の仏でないのはたしかだ。なにしろ人を殺したから。そんな代物を崇拝している山伏達も博尾達も同じ穴のムジナであろう。
老婆から、もっと詳しい話を聞きたい。まだ死んではないようだが、バーチャル空間から出られなくなっている可能性もある。
いやいやいや。聞いてどうする。あと一人か二人の『神捨て』が終われば、博尾は死んだのだから契約は満了。まさか、メイがボディビルのために渕山を雇い直すはずがないだろう。彼女は博尾の債権者でもなければ家族でもないのだから。金さえもらったら、復活した呪宝如来でどう世間が混乱しようが知ったことじゃない。
と、できることなら切り捨ててすませたい。これまでの参加者一同がたどった惨めな人生や、バーチャル空間での悲惨な死……現実にどうかは不明瞭ながら……を思いだすにつけなんとも割りきられない気持ちになってきた。
時間。こうなると時間が欲しい。この館にきて半日もたってないのに、状況の変化が激しすぎる。
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