第30話

 そう察したゴンは、後退しながら大声で呼びかけた。


「賞金稼ぎ共、前衛に出ろ! 魔導士さんらは恐竜の傷を狙え!」


 魔術と物理科学の両方を撃ち込まなければ、恐竜は倒せない。何故なら、恐竜の身体は魔力で構成されていながら、外部は固い表皮で覆われているからだ。


 もちろん、物理攻撃が魔力を削ったり、魔術を用いて科学的防御を破壊したりすることはできる。だが、今目の前にいる恐竜を倒すには、科学的部分には物理の、魔術的部分には魔力の伴った攻撃をした方が、効率は遥かにいいはずだ。


 幸いだったのは、ゴンが冷静に恐竜を観察できたことと、彼の声が誰の耳にも届くほど大きかったこと。

 斬り込み隊長に従う兵士よろしく、賞金稼ぎたちは一気呵成に恐竜との距離を詰めた。その背後で、魔導士たちは魔弾の生成を開始する。


 新たなサーベルを取り出しながら、ゴンは味方の配置を確認する。


「ん?」


 魔導士たちも確かに戦ってはいた。だが、人数が少ない。

 そうか。魔導士たちの主力は、沿岸部で待機しているのだ。今はこの程度の手勢でなんとかするしかないだろう。


「皆、援護しろ!」


 言うが早いか、ゴンは勢いよく駆けだした。

 恐竜の左右に立ちはだかっている高層ビルに突っ込んでいく。そして、外壁を蹴りつけながら垂直にビルを上り始めた。壁を地面にして駆けているかのようだ。


 他の賞金稼ぎたちが呆気にとられる中、ゴンは思いっきり膝を曲げて跳躍。そのまま恐竜の横顔に向かい、サーベルを振りかざした。


「うおらああああああああ!!」


 ぎゅるり、と空中で身を捻るゴン。サーベルは見事に恐竜の表皮を斬り裂き、そこから大量の赤い液体が噴出した。


「おう、っと!」


 ゴンは恐竜の腹部の真下に落下した。受け身を取り、ダメージを最小限に抑え込む。

 恐竜に踏みつけられないよう、寝転がってその足を回避。隙を見て立ち上がり、急いで向かいのビルまで駆け抜ける。


 その頃には、多くの魔弾が恐竜に襲い掛かっていた。

 魔弾は実弾と違って色が多彩で、ゴンには恐竜がなんらかの祝福を受けているようにすら見える。

 だが魔弾は、驚異的な熱を帯びながら空を斬り、恐竜の体力を着実に奪っていく。

 見た目は美しいのに、恐ろしいことだ。


 そうして体勢を立て直したゴン。ここまで接近してしまっては、何かを撃ち放つだけの距離がない。

 

「やっぱり俺は打撃特化型、ってわけか」


 一つ呟いて、恐竜の足に狙いをつける。

 再び地面を踏み抜く勢いで脚部に力をため、ドゥッ、と真っ直ぐに低空滑走。

 恐竜の足の甲を斬り抜いた。


 しかし、恐竜も馬鹿ではなかった。

 前のめりに倒れかけながらも、思いっきり振り返ったのだ。

 今度はゴンも警戒を促す暇を与えられなかった。恐竜が振り向くと同時に、その尻尾が勢いよく回転する。そして、近づいてきた賞金稼ぎたちをまとめて薙ぎ払った。


「野郎!」


 粉塵の中、ゴンは悪態をついた。慌てて伏せて回避したゴンだが、同じ芸当をここにいる戦闘員の全員ができたわけではない。

 むしろ、直感的に動けた戦闘員たちはごく一部。ほとんどは強靭な尾の回転で、呆気なく打ち据えられ、吹っ飛ばされ、壁面のように佇むビルに叩きつけられた。


「くっ、これで終わりか……」


 ゴンは背中から、最後のサーベルをすっと引き抜いた。これを滅茶苦茶に振り回しながら、突撃を敢行するつもりだった。――しかし。


「ぐあ!?」


 急に身体が軽くなり、ゴンは奇妙な声を上げた。

 何が起こっているのか? 直接目で見るまでもない。自分の身体が恐竜に噛みつかれ、引っ張り上げられているのだ。


「ぬっ……!」


 後ろ腕の肘に走る激痛に、顔を顰めるゴン。

 こうなったら、死なば諸共だ。


 サーベルを放り投げ、前の腕でキャッチする。これで後ろ腕は空いた。武器を奪われる恐れはない。


「うおらあっ!!」


 サーベルは、恐竜の顎の下あたりに二本揃って突き刺さった。

 恐竜の悲鳴のような唸り声が、くぐもって聞こえてくる。


 ふっと息を溜めて、ゴンは膝蹴りをサーベルの柄に叩き込んだ。ゴンが使うほど長い武器だ。数度の膝蹴りで、サーベルは恐竜の上顎にまで接触した。下顎は貫通したのだ。


 気が抜けたのか、ゴンを支えていた後ろ腕の筋肉繊維が一気に千切れ始める。

 やられる、と思った時には、既にゴンは背中からアスファルトに叩きつけられていた。


         ※


「チッ!」


 レベッカが舌打ちをしたのと、恐竜が粉塵の中から飛び出してくるのは同時。

 恐竜は相当なダメージを負ったようだが、誘導は上手くいっていない。最短距離で海岸沿いに恐竜を誘導するには、恐竜の進路を右斜め前方、二時方向に曲げる必要がある。


「まったく……」


 これでは自分が武器を扱い慣れていねえみたいじゃんか。

 内心呟きながら、レベッカはうつ伏せに寝そべって射撃体勢を取った。


 高度差、風速、大まかな距離、この場の気温。

 それらの情報を基にスコープを捻り、銃撃を開始した。しかし、恐竜そのものに対してではない。移動方向にある、鉄筋コンクリートのビルに対してだ。


 ゴンのサーベルを以てしても、あいつを止めることは叶わなかった。自分がここから銃撃しても、弾丸が恐竜にダメージを与え得るとは思えない。であれば。


「多少無茶するっきゃねえよな」

 

 弾倉一つ分の弾丸を撃ち込み、レベッカは狙撃銃を捨て置いた。遠く前方でビルが倒壊し、無数の瓦礫や鉄片が降り注ぐ。恐竜を巻き込みながら。

 上手くいっていれば、恐竜の方向感覚は一時的に混乱するはず。そこを叩く。


 レベッカはメリッサに飛び乗り、一気にバイパスを走り下りた。

 ゴンたちが戦っていた大通りと並行する裏道に入り、恐竜の側面に回り込む。通りの間は約五十メートル。

 そこからでも、強烈な砂塵と火薬の臭いに鼻が潰れそうになる。血生臭さが上乗せされているのは言うまでもない。


「ああ、ったく!」


 不快な空気を振り払うように、レベッカは最短距離で大通りを折れた。

 急旋回する車体に、ギリギリで食らいつくレベッカ。ヘルメットなど、とっくに放り捨てている。


「ここだ!」


 レベッカは驚異的な動体視力で、巧みに路地を駆け抜けていく。

 大通りに出るまではあっという間だった。

 さっと日光に照らされた瞬間、レベッカの手には何かが握られていた。

 手榴弾だ。

 このご時世に、実戦に耐えうるだけの数を揃えるのには苦労した。だが、そんなことを言っている場合ではない。

 今使わずにいつ使うというのか。


 レベッカは緩やかに蛇行運転し、やがてぐるぐると回り出した。先ほど倒壊させたビルの瓦礫の前で。


「これで終い、ってんじゃねえんだろうな、ええ?」


 満面の笑みを浮かべる。目以外は。

 すると、まるでそれに応じるかのように瓦礫の山が震えだした。


「おおっと!」


 勢いよく切り返すレベッカとメリッサ。

 彼らが数秒前にいた空間を、瓦礫が弾き飛ばされていく。当たれば負傷どころか、即死してもおかしくはない。


 これを狙って、瓦礫の中に潜んでいたのか。だとすれば、恐竜は戦いながら、新たな攻撃方法を編み出していたということになる。


「随分と知恵の回る野郎だな……」


 レベッカは、散発的に飛んでくる物体を回避することに徹した。手榴弾の無駄遣いは避けなければ。


「我慢比べか、舐めやがって」


 そう呟いた直後、聞き覚えのある声、いや、思念がレベッカの脳裏に響き渡った。


(レベッカ、わたくしです、リーネスト・アライリアンです)

「何か作戦があるのか?」

(はい。もしこのまま恐竜を放置すれば、せっかく与えたダメージがどんどん回復されてしまいます。むしろ、より頑強な肉体をもって出てくるかもしれません)

「じゃあどうするってんだ? ここで使える魔力なんて限られてるだろ?」

(わたくしに、今一度チャンスをください。瓦礫の山をいっぺんに持ち上げ、恐竜を無理やり露見させます。その隙に、あなたには手榴弾を使ってほしい)

「できるのか? あの瓦礫をいっぺんにどかすなんて」

(そこは信用の問題ですね)


 信用の問題、か。あんな幼女の言葉とは思えねえ。

 しかし、レベッカにもはっきり分かった。最強の魔導士と言われるリーネストの助力を得られるなら、それこそ今がその時機なのだろうと。


「了解した。こっちはいつでも大丈夫だ、やってくれ!」

(了解しました)

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