第15話
ケレンが行ったこと。それは、蛙たちの居場所を立体的に把握することだった。
彼らは一見、一体一体が無作為に蠢いているように見える。だが、ケレンはその観察眼で蛙の最も出現比率の高い場所を把握した。
フロア横の壁に沿って配された、配管の口。確かにあの直径であれば、蛙たちが出てくるのに十分な広さがある。配管の先端部が外れているのも特徴的だ。
同じ要領で、ケレンは銃器で照準を合わせるかのように、蛙の出現場所を見切っていく。
配管の口以外に、天井裏に入った大きな亀裂、金属で敷き詰められた床のパネルなども発見した。
合計三ヶ所。場所も把握済み。だが、銃声と斬殺音がガンガンと響き渡る中で、レベッカとゴンに伝える術がない。
僕にできるか? いや、やるんだ。それしかない。
(レベッカ、ゴン、これから蛙が出てくる場所を三ヶ所知らせる! 僕の声に意識を集中して!)
二人は返答しなかった。こちらに背を向け、次々に蛙を打ち倒していく。
「くっ……!」
あまりのもどかしさに、ケレンは唇に歯を立てた。こうなったら、二人に自分の意志が伝わっていることを信じて指示を出すしかない。
(今、このフロアの地図と蛙の出現場所を伝える! できるだけ蛙たちをその三ヶ所に追いやって!)
すると、二人の動きが変わった。広範囲に渡って得物を振り回すようになったのだ。
そうか、ゴミを掃き取る要領で蛙たちを追いやっているんだ。
ケレンは、後は任せて伏せてくれと、再度意志を伝播させる。
意志伝達の間も、ケレンは魔弾を周到に用意していた。
今、彼の手の中にある魔弾。それは一種の時空間制御型の高度なもので、命中させた物体を一時的にその場に留める効果がある。
問題があるとすれば、最大効果域が狭いこと。だから、レベッカとゴンが蛙を数ヶ所に集合させてくれたのは有難い。
魔弾が三つ自分の手中にあることを確かめて、ケレンは仁王立ちになった。そして王が家臣の前でマントを広げるような動作で、魔弾を解き放った。
「はあっ!」
魔弾は直進しない。ケレンの脳波で、巧みに湾曲を繰り返しながら目標地点に向かって飛んでいく。
それは一瞬のこと。目標地点に到達した魔弾は、ブワッ、と球形に広く展開し、周囲の蛙たちを取り込んだ。
するとたちまち、蛙たちの動きが固まった。これならすぐに倒せる。
しかし、レベッカとゴンはそうしない。冷静に処分すべき個体を識別している。
二人が狩り出したのは、展開した魔弾の外の蛙たち。
「ケレン、この時間停止はどのくらい保っていられる!?」
「あ、あと二十秒!」
そう口走った直後、ケレンは感じた。自分の中の魔力がだんだんと減衰していくことを。
これは自分の感覚にすぎないが、確かに二十秒くらいであるような気がしてくる。
さらに言えば、どんなに短くともあと二十秒は、魔弾の発する魔力を絶やしてはならない。それより早く魔弾の効果が切れてしまうと、前線に出ている二人が危険だ。
さっきから噛んでばかりだった下唇が、ついに出血した。ケレンの細い顎先を伝って床に滴っていく。
同時に、心臓が不自然に脈打ち始めた。これでは、ケレンは魔力の酷使が原因で、蛙たちより早く命を落とすかもしれない。
「ッーーーー!!」
それはケレンの、声にならない叫びと悲鳴だった。
「ケレン!」
先に気づいたのはレベッカだった。ケレンの名を呼ぶが、彼は苦しげにうずくまっている。とても会話は無理だ。
考えてみれば、ゴンの助言がこの事態を招いた、と言えるかもしれない。
自分の魔力量の限界を知っておけ、という言葉によって。
何らかの訓練中だったらそれで構わないかもしれない。だが、今は戦闘中だ。とにかく敵を殲滅しなければならない。
レベッカは大きな舌打ちを一つ。そして再び蛙共を狩り始めた。
これらの出来事は、ケレンが魔弾を放ってからほんの三、四秒間のこと。こう追い込まれた時に、いかに迅速に仕事を片づけられるか。
レベッカは薙刀を左手に握り、思いっきり振り回した。向きは水平。ケレンの時間停止能力に巻き込まれなかった蛙の接近を防ぐ。
同時に散弾銃を右手一本で、時間停止に巻き込まれた蛙たちの頭部を撃ち抜いていく。右手でぐるん、と次弾装填を行い、連続で発砲。もちろん狙いは、空中で動きを止めている連中だ。
左右に目を走らせるレベッカ。その眼球の動きと連動するかのように、次弾装填の動作を繰り返す。彼女の手先から発せられた大口径の弾丸は淡々と、しかし次々に蛙たちを屠っていった。
ケレンの魔弾が効果を失い、空中で時間停止をさせられていた蛙たちが床に落着する。
「時間はほぼ精確だったな……」
既に周囲の蛙を全滅させたレベッカ。何の感情も浮かべずに、周囲を見回す。
時間停止から解放された蛙たちは、息つく暇もなくレベッカに斬殺された。
というより、肉塊と化してばらばらと崩れ去った。
「ゴンのやつ、苦戦してるのか?」
最後の一体に一瞥すらくれず、レベッカは散弾銃の残弾を確認した。
※
「ぬぅん!」
気合いのこもった後ろ腕の動きで、ゴンは蛙を上半身と下半身に引きちぎった。前の腕はサーベルを振り回し、蛙共を牽制している。
「おらおらどうした、蛙野郎! てめえらも同じ目に遭わせてやる!」
もちろん、蛙に人語が解せるはずがない。だが、ゴンの叫び声には、人間以外の動物でも怯んでしまうような狂暴性と残虐性があった。
サーベルを回避すべく、這いつくばって接近してくる蛙。それをゴンは、お見通しと言わんばかりに、ぐちゃり、と踏みにじった。
前の腕をぐるぐる振り回しつつ、後ろ腕で拳銃に次弾を装填している。
ゴンの有する拳銃は、古めかしいリボルバー構造。込められる弾数はやや少ないが、一発一発の威力が常軌を逸している。
レベッカの散弾銃に勝るとも劣らない、凄まじい破壊力だ。
四方八方から攻め込んできた蛙に対し、ゴンはリボルバー拳銃二丁とサーベル二つで応戦した。
ダァン、と片足を床に押しつけ、そこを中心に自身の巨躯をぐるぐると回転させる。拳銃の弾丸は精確に、サーベルもまた問答無用で、蛙たちを返り討ちに遭わせていく。
心臓を撃ち抜き、あるいは脳を半分に斬り捨てながら。
やがて、びちゃり、という生々しい音と共に、蛙の死骸が床に落ちた。あたりはその血で真っ赤。血の海、という表現ではとても形容しきれない。床のみならず、壁にも血飛沫や臓器の一部が付着していたからだ。
※
ゴンより手早く蛙共を片づけていたレベッカは、素早く拳銃を抜いて警戒しながらゴンに声をかけた。
「おい、大丈夫か?」
「ああ、お前さんこそどうなんだ、レベッカ?」
「数の割にはどうってことのない連中だったな」
「ほう?」
何が可笑しいのか、ゴンはくっくっく、と喉を震わせた。
「おい、油断するなよ。まだ敵が――」
「……もう、いないよ」
そう言って会話に割り込んできたのはケレンだ。
そのままならない呼吸音に、レベッカとゴンは慌てて振り返った。
「大丈夫か? いや、その根拠は?」
「周辺から魔力の反応が消えたんだ。だからもう、ここに食人獣はいないよ」
「そうなのか? どう思う、レベッカ?」
ゴンの疑問は当然だった。
今のケレンの言葉からは、食人獣は魔力を有する存在である、という主張が見えている。
それは妙だと思ったのは、レベッカも同じだ。
食人獣と魔力? 一体どんな繋がりがあるというんだ?
「皆さん、考え込んでいらっしゃるようですな」
唐突に、フロア全体に響いた声。その落ち着き払った声音に、ケレンは聞き覚えがあった。レベッカとゴンも、取り出しかけた得物を引っ込める。
「あっ、ま、魔導士、さん?」
「ええ。申し遅れましたが、私は同僚からセドと呼ばれています。現在のところわたくしの任務は、強力な魔術師、あるいはそうなる見込みのある方々をできる限り集め、一気に食人獣たちを駆逐する作戦にご協力をお願いすること。もちろん、レベッカ様、ゴン様のような武芸に秀でた方も対象になります」
「お生憎様、断らせてもらう」
レベッカは一瞬で斬り捨てた。
「あたしとゴンは賞金稼ぎで、今はケレンの身を守るボディガードだ。第三者に邪魔をされる筋合いじゃない」
「ふむ。仕方ありませんな」
そう言って、セドは大きく腕を広げた。同時に床面に円形の紋様、魔法陣が現れる。
「レベッカ! ゴン! 何かに掴まって!」
そんな無茶な。レベッカがそう思った直後、セドを除く三人は、するりと真っ暗な空間に滑り落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます