第8話


         ※


 ガトリング砲の登場は、戦況を一変させた。

 縦横無尽に射線を走らせ、それに沿って対象物を穴だらけにしていく。宿の外壁を結構、いや、かなり破損させたが、死人が増えるよりマシだ。


 こんな大それた火器がなくとも、ここに集う賞金稼ぎたちならバッタの食人獣を殲滅できただろう。

 だが、ガトリング砲のお陰で死傷者が各段に少なくて済んだことは認めねばなるまい。


 そんなことを考えつつ、ゴンはちらりと振り返った。

 そこには、しゃがみ込んで両手を頭に載せたケレンがいる。

 しかし落ち着きは皆無だった。腕を離しては、前方の戦況を見守っている。


 自分が死に瀕した時、一体どんな行動を取るだろうか。ゴンはそんなことを考えた。

 もちろん、悠長に思案していられる状況ではない。だが、ゴンにはそれが可能だった。

 流石、常時四本の腕で活動しているだけのことはある。マルチタスクという言葉がゴンの脳裏に浮かび上がった。


 いやいや、それはお門違いな考えだな。

 ゴンはぶるぶるとかぶりを振って、自らの禿頭を引っ叩いた。

 自分は飽くまでも人間だ。確かに非常に特異な背格好だが……。戦いに向いているのなら、それに越したことはない。まさに今、レベッカと連携して食人獣を駆逐している。我ながら実に見事なコンビネーションだ。


 まずレベッカが、食人獣たちの只中へと走り込む。待ち構える食人獣の目を散弾銃で潰し、スライディングの要領で群れに割って入るのだ。


 そして薙刀を振り回し、敵に打撃を与えつつ、注目を引く。

 しゃがみ込んでからの巧みな足運びで。

 それに怯んだ食人獣。ブーメランのように投擲されたゴンのサーベルが、その首を丁寧に斬り払っていく。


 サーベルだったら、皆の頭上を掠めながらゴンの下へと帰ってくる。

 が、レベッカはもうそこにはいない。一旦身を隠し、散弾銃に弾込めをしていた。


 再び駆けだしたレベッカの背中を目視しながら、ゴンは銃声に負けない大声を張り上げた。

 

「負傷者の搬入急げ! トリアージは随時遂行し、存命の可能性の高い者を優先的に看てやれ!」


 そう言い終えてから、ゴンもまた食人獣の残党を狩るべく駆け出そうとした。が、しかし。

 ん? なんだか足の動きが悪いな……。一太刀喰らったか?

 そう思って振り返ると、すぐ後ろでケレンがずっこけていた。


「馬鹿野郎、何やってるんだ? 俺の邪魔をする気か?」


 まるで肯定の意思表示をするかのように、ケレンはゴンのシャツの後ろを引っ張っていた。


「文句なら後で聞いてやる。戦の後にはよくあることだ、今は堪えろ!」

「遅い! それじゃあ遅いんだよ!」

「何だと?」


 思いがけないほど強硬なケレンの言葉に、ゴンは驚きを通り越して拍子抜けしてしまった。


「トリアージなんてやめてくれ! どうにか負傷者全員を救えるように……!」


 ゴンは胸中で、ぽんと手を打ち合わせた。

 なるほど、戦を知らないケレンらしい言い分だ。トリアージを否定しようとするとは。


 トリアージとは、負傷者のうちで存命確率の高い者を優先して処置を施すというものだ。

 助かる見込みのないものは、最悪、放置される。もっと正確には、なんの処置も受けられずに苦しみながら死んでいく。


 もちろん、それに越したことはない。だが問題は、そんなことは人間にはできないということだ。医学に明るい人物が賞金稼ぎになるはずがないし、そもそも医者不足はかねてより叫ばれていたことだ。


「坊主、お前の言いたいことは分かるがな、んなこと俺たちにできやしねえのさ!」

「僕ならできる!」

「はあ? 何を馬鹿なことを――って、まさか!」


 ゴンには止める間もなかった。

 ケレンの両の掌の間で、生成されていたのだ。治癒魔法、とでも呼ぶべきものが。


 それは瞬く間に、シールドを形成するかのように半球体を描いて広がった。

 さっと周囲が淡い紫色に染まったの見て、レベッカは毒づいた。


「あの馬鹿! 魔術ってのがどんなもんなのか、さっさと説明しておけばよかったぜ……!」


 ケレンの創造した半球体の中にいた負傷者たち。彼ら全員が助かったわけではない。

 だが、急速に傷が癒えたり、出血が止まったりした負傷者が存在したのは事実だ。


「こうなったら仕方がねえな……。皆の衆! 今だ! バッタ共を斬り刻め!!」

「うおおおおおおお!!」


 ゴンの一声に、動ける者たちは皆が雄叫びを上げた。食人獣たちは、再び攻勢に出ようとしている。しかし、賞金稼ぎたちの方が僅かに早い。

 そしてその、僅かな早さから勝機を見出したのがレベッカだった。


 ケレンの瞳に、凄まじい爆光が飛び込んできた。きっと閃光手榴弾を使ったのだろう。視界を真っ白に塗りつぶされたケレンは、再び腹這いになって腕で目を守る。


 その一方で、レベッカは巧みに、いや、超人的な立ち回りを見せていた。

 壁に向かって跳躍し、思いっきり膝を曲げてバネのように身体をしならせる。

 跳躍した先にいたのは、残り五匹ほどになったバッタの食人獣。だが、こいつがレベッカの狙いではない。


 ヒュッ、ヒュッと空気の壁を裂きながら、食人獣の頭上を踏みつけながら進んでいく。その先にいたのは――。


「よう、てめえが親玉だな? 相手してやるよ」


 レベッカがようやく地面に足を着いた時、一際賞金稼ぎたちからの銃撃が激しくなった。

 レベッカの戦闘に、別な食人獣が割り込まれないように。


 彼女が戦おうとしている相手。それは、バッタ型食人獣のボスだ。

 明らかにでかい。体高三メートルはあるだろうか。今までの雑魚とは違い、体表は鱗のようなもので包まれている。


「こいつを斬り捌くのは手間だな……」


 まったく表情を変えずに、淡々と口にするレベッカ。

 バッタの方も警戒しているのか、すぐさま彼女に跳びかかろうとはしなかった。


 じっとバッタの複眼を見つめながら、レベッカは落ち着いた態度を崩さず、散弾銃に弾込めをする。三発だったところに五発を捻じ込み、残弾は八発。ちょうど散弾銃の装弾限界数と一緒だ。


 急いでいるわけではない。とてもそうは見えない。だが、レベッカの一連の行動は流れるようで、若くして凄腕と言われる理由を嫌というほど突きつけてきた。

 

「さて、そろそろ始めるか」


 バッタに、というより散弾銃にそう言いかけて、レベッカは初弾を装填した。無表情のままで発砲する。

 が、バッタはこれを跳躍で回避した。群れの親分としての、面目躍如といったところか。

 

 しかし問題は、バッタが跳躍した先にある。

 

「!」


 よりにもよって、皆が戦っている中庭へと飛び込んだのだ。

 残りの個体数が少ないからといって、バッタ共が手加減してくれるはずがない。

 宿の屋根上に飛び移り、どこの誰に狙いをつけようかと思案しているようだ。


 ケレンの治癒魔法展開によって、致命傷を被っているやつらはいないだろう。だが、ボスのバッタがあの図体で暴れたら。


「早急に仕留めるしかねえわけか」


 レベッカは急いで中庭に戻り、喚き散らした。


「あのデカブツが最後だ! 皆、頭を守って慎重に銃撃しろ! 重火器でやつの複眼を潰してやれ!」

「アイアイ、マム!」


 そう答えたのはマスターだった。軽く額を切っているが、命に別状はあるまい。


「マスター、そのガトリング砲、残弾は?」

「残り三分の一ほどでっせ!」

「了解」


 ふむ。それだけ残弾があればなんとか押し切れる。

 と、思った時には遅かった。レベッカが油断した、とは言わずとも、注意力が僅かに弱まったのは事実だ。


 反射的に横っ飛びし、ボスバッタの攻撃を回避する。が、マスターはそこまで機敏ではなかった。

 慌てて両手で目を守ったレベッカ。その手の向こう側で、マスターは上半身を失っていた。


「チッ」


 苛立つレベッカ。もちろん、そんなことは戦闘が終わってからするべきだ。

 だが、戦力が減衰したということを考えると、客観的に見て状況が悪化したのは明らか。


 それに、これ以上ケレンに魔術を行使させるわけにもいかない。


 同士討ちを恐れ、皆が発砲を躊躇っている。まさかとは思っていたが、このままでは本当に全面敗北するかもしれない。

 どうする――?


 その時だった。一瞬、バッタの動きが止まったように見えた。そして次の瞬間には、まるでシャボン玉に包まれたかのように、赤色の光で周囲を完全に囲まれてしまった。

 シャボン玉は僅かに上昇し、賞金稼ぎたちからすれば絶好の射角に浮かんだ的になった。


 バッタは足をばたつかせて抵抗を試みたが、まったくの無駄。

 その後は、レベッカの薙刀で両目を斬り裂かれ、迫りくる銃弾と爆薬で穴だらけにされて絶命した。

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