婚約破棄から始まる婚約を

うららぎ

第1話 婚約破棄を宣言され、追放を伝えられる



「アリエル、キミとの婚約を破棄する」


 第一王子のジフル・ケフ・アルケイナス殿下は、私ことアリエル・ライオハインに言い放った。

 格好良く決めたつもりなのだろう。

 けれど、この場にいる全員が普段のジフル殿下の軽薄な態度を知っているため、シラけてしまっている。

 仕方ないから私は元気よく答えるのだ。次に続く言葉を。


「謹んで、お受けいたします」


私の答えが意外だったのだろう。

誰がどう見ても動揺した表情で硬直している。


「な、な、な……なんだと! 婚約を破棄すると、この俺が言っているんだぞ!」

「はい。では、もう少し大きな声で失礼いたします」


 私は一呼吸置いて大きく息を吸い込み、返答するべく声を張り上げた。


「お 受 け い た し ま す と ! ……申し上げました」

「な、何故だ! 嫌ではないのか! 普通、嫌だろう? 俺の足元にしがみついて許しを請うのではないのか!」


 ジフル殿下のこれまであった数々の愚行を思い出す。

 思考に1秒もかかったけど、微塵も後悔はありません。

 むしろ気分はとても清々しいという。


「私はジフル殿下の将来を考えて、残念ですが身を引くことにいたします」

「クッ……お前ごときが、僕の将来を案ずるな! 何様のつもりだ!」


 相当頭に来たようで、「クソ」の連発、近くにいる近衛兵を蹴飛ばしたりと見苦しいことこの上ない。

 王でさえ頭を抱えているのが現状なのである。

 私としては、これまで受けた無礼ともいえる数々の暴言を我慢していたせいで限界でもあった。

 たとえ殿下であろうが最低限の礼儀も弁えない人に付き合うほど、私もお馬鹿ではない。


 背後では、私のお父様のルーファス・ライオハインが険しい顔を更に険しくしておとなしく話を聞いていた。

 公爵であるお父様の偉大な功績により領土は安定して、高い税金も納めている。

 人望も厚く、飢饉の際にも率先して保管庫の食料の解放、他国への食糧調達などを誰よりも積極に行う姿は、娘の私から見ても素晴らしいお父様である。

 それはアルケイナス王国を救ったと言ったとしても過言ではありません。

 そのお父様を前にしてこの醜態である。


「ジフル殿下、重要な話があるとお聞きましたが……どういう話なのでしょうか」


 お父様もジフル殿下の行動に言葉が無いようだ。

 まさか娘の婚約者がこんな滅茶苦茶な人だとは思わなかったのだろう。

 はい。私も最初は驚きました。


 私に向かって睨みながら歩いてくる、ジフル殿下。

 一歩後ずさる私の前に立ち塞がるように立つ人物がいた。


「兄上の無礼をお許しください、ルーファス卿。それに、アリエル嬢」


 第二王子のアリツ・トス・アルケイナス殿下は、お父様と私に頭を下げてジフル殿下を止めに入った。


 アリツ殿下は聡明な上に優しい人で、ルックスも断然私好みな紳士な方である。

 ジフル殿下に招待されて宮殿まで行った時に、アリツ殿下とは何度も会った事も話した事もある。毎回、短い時間でしたけれど。


 それだけに婚約をアリツ殿下に変えて下さいと何度思った事か。

 お父様が私の後ろから小さな声で問いかけてくる。


「これでよいのか、アリエル」

「はい。このままでお願いします、お父様」


 私には不思議な能力があって、精霊の声が聞こえる事がある。

 今回の声は、婚約が破棄されるというものだった。

 まさかと思いながら、もしもの為に情報収集を依頼しておいたのである。

 それに加えてもう一つの事実・・・・・・・のほうが少し困惑しているけれど……それは今は考えないようにしよう。


 依頼した人物は、私の従者のハンゾである。

 元シノビだと聞いている。一風変わっていて影は薄いのに発言がとても濃い。

 呼べば瞬時に現れ、役目を果たせばすぐに消えるとても出来るヤツ・・・・・・・・なのである。悔しいけどその点は認めなければいけない。


「何をコソコソと話している! お前がこのボクと婚約できたのは、多大な功績を持つ卿のおかげなのだぞ!」

「理解しておりますわ。私は殿下のお言葉を受けて引き下がることにいたします」


「今ならまだお前の態度次第で考えない事もないんだぞ!」

「いえ、1秒ほど長考いたしましたが、やはり私は身を引くべきかと」


「クソックソックソッ!! こんな気に障る女は婚約破棄だ! パパ、聞いたよね!」


 キグオス陛下をパパ呼ばわりするなんて、そんな風だからあまり会いたく無かったのよ。

 キグオス陛下は平静を装いつつ、無表情にジフル殿下に言い放つ。


「ここでは、陛下と言いなさい。お前がそこまで言うのならば、アリエルとの婚約は破棄するものとする。アリエルよ、良いな?」


 若干疲れたような表情を見せる陛下に、私は笑顔で頷いた。

 陛下も何となく分かっていたのか、目だけ少し長めに閉じて謝罪しているように見えた。


「ほら、婚約破棄だ! この俺の足に泣きながらしがみつけ! そうすれば許してやらないこともないぞ?」


 今までならその発言に口を開けて固まっていただろうけど、今となっては慣れたものである。

 そんなアホ殿下の言葉に即答してあげる優しい私。


「いいえ、ジフル殿下。陛下からも直接お言葉を頂いたのです。わたくしあなたのため・・・・・に、喜んで・・・身を引きましょう」


 満面の笑顔を見せる私に、堪忍袋の緒が切れたジフル殿下は怒りの形相で怒鳴り声で返してきた。


「このクソ女が! 俺をバカにするな! 追放だ、追放! お前は国外追放だ!」


 そう言った瞬間、その場の空気が氷りついた。

 それは当然である。

 国外追放とは重罪を犯した者に課せられる罪である。

 ましてや、私を国外追放するという事は、無実な私を犯罪者として仕立て上げるということだ。

 お 父 様ルーファス卿を敵に回すという事と同意なのである。


「私を国外追放? 婚約破棄はまだ理解できますが、どういう理由でしょうか?」

「ジフルよ、アリエル嬢が国外追放に値する罪を犯したというのか」

「こいつは、いつもいつも僕の言う事を聞かないんだ! 口うるさく文句ばかり、追放に値する罪だと思います、パパ!」


 陛下が額に手を当てて、深いため息をついた。

 ジフル殿下の身勝手すぎる言い分に呆れているようだった。


 本当は気が乗らないけど、国外追放そこまで言われたら仕方ない。

 殿下のこれまでの悪事をお披露目するしかないわよね。


「ジフル殿下がそこまで仰るのであれば、こちらにも考えがあります! ハンゾ!」


 私が手を出すと、一枚の巻物状の紙がスッと現れた。

 その場に居た人たちは、魔法のように見えたかもしれないけどハンゾが私の手に紙を置いただけである。


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