第23話 心配
辿り着いた食堂では、何やら悩みながら歩き回るスチュアートの姿があった。彼はパーシーを見るなり、その華奢な身体に抱きついた。
「パーシー、良かった……」
「痛いよ、スチュアート」
パーシーは苦笑する。
「君がこの儘、牢屋に繋がれたらどうしようかと思っていたよ。本当に良かった」
「大丈夫さ。それよりも、昼食にしよう。腹が減っているだろう?」
スチュアートの腹の虫が鳴ったのと、それはほぼ同時だった。
「そうだね、空腹だよ」
と、彼は恥ずかしげに言った。
午後は、スチュアート・ブラックモア伯爵の聞き取りから始まった。
「ヤードに見つからずに、上手く内部を聞き取る方法はないかな?」
閉ざされた客間の扉の前で、パーシーはアンソニーに訴える。
「クロイドン君はどうやら僕の事を信頼していないらしくてね。どうしてもと頼んでも、中に入れて呉れないのだ」
「しょうがないでしょう。あなたも、容疑者の一人です」
「そうだねぇ」
そう言って、彼は頬を膨らませる。
その時だった。
「パーシー様、とっておきの物が見つかりました!」
キャサリンが、硝子のグラスを持って駆けて来たのだ。
「キャサリン、それはどうやって使うのだい?」
突然の救世主に、興味津々で、パーシーはグラスを受け取った。
「こうやって、扉に縁を当てて、底の部分に耳を傾けるんです! あたしも、先程やっていたので、実用性は保証します!」
彼女が饒舌に話している最中、その肩に乗せられる手があった。
「成る程。午前中の掃除にいないと思ったら……」
「ヒッ……」
突然のハウスキーパーの登場に、ハウスメイドは姿勢を正した。
「ヒルダ様……」
「全く。若さとは羨ましい事です。しかし良いですか? キャサリン。ハウスメイドのお仕事がありますよ。それが済んだら、自由を与えましょう」
「あ、有難うございます……」
キャサリンは項垂れた儘、午後用の深い紺色の仕着せの裾を翻した。
「グラスは厨房にありました! アンソニーさん、あとは頼みました!」
それだけを言い残し、若いハウスメイドは仕事に戻っていった。
「まぁ良いや。早速試してみようか」
目の前で起きた些細な事件に耳を傾ける事なく、パーシーは扉にグラスの縁を当てて耳をすませた。そうして、その口角を引き上げる。
どうやら、満足のいく結果になったようだ。
こうして暫く取り調べの内容を聞いていたパーシーは、ある程度でグラスを扉から離した。そうしてそれをアンソニーへと手渡すと、
「僕が聞いていたと言う事は内緒だよ、アンソニー君」
その言葉と同じくして、重い客間の扉が開かれた。クロイドン巡査部長はパーシーの存在に驚きつつも呆れながら、
「全く……」
それだけ言って、スチュアートを解放した。
「残るはもしかしたら犯行を見ていたかもしれないと言う、ゲーム・キーパーですな」
再び生えかけの青髭の生える顎を触りながら、クロイドン巡査部長は言った。どうやら、これは癖のようだ。
「判った。呼んで来よう。それとも、一緒に来るかい?」
「使用人の家なんぞに、ランチでもないのに仮にも主人が土足で入り込んでも良いのですかな?」
「成る程。それもそうだね」
パーシーは辺りを見回した。
「私が呼んで来ましょうか?」
アンソニーが言う。すると、
「アンソニー君、それは君の役目ではないよ。君の役目は、いつも僕から離れない事だ。ほら、階段からジェイクが上がってくるのが見える。彼に任せよう」
パーシーは階段を顎で指した。確かに、階段を上ってくるフットマンの姿があった。
「ジェイク! 一寸手伝っては呉れないかい?」
「お、俺ですか?」
階段を上り終え、一息ついたジェイクは目を見開いた。
「狩猟場で汚れた靴の、手入れが遅れても良いならば良いですよ?」
己の仕事に命をかけている彼は言う。
「構わないよ。取り敢えず、ハドリーを呼んできて呉れ」
パーシーは腕を組んだ。
「もう、昼食も終わっている頃だろう?」
アンソニーの余り逢った事のない、ゲーム・キーパーが、ジェイクに連れられて連れられて来たのは、それから暫く経った頃だった。
「な、なんの御用ですか?」
余り事件に居合わせた事がないのだろう、ゲーム・キーパー、ハドリー・ウェッバーの一声がそれだった。
壮年期が丁度過ぎたあたりの白髪交じりの男は、ハッチング帽を手に、警察の前で震えあがっている。
「大丈夫だよ、ハドリー。別に君を、ヤードは殺人事件の容疑者として扱うことはない」
「さ、殺人事件ですって?!」
状況が余り把握出来ていないのだろう。哀れなゲーム・キーパーは更に肩を上下させた。
「これは、僕も付き添った方が良いかな? クロイドン君」
「出来れば、ご退室願いたい所ですな。ご領主様」
他の巡査に肩を抱かれて客間へと入ってゆくハドリーに視線をやってから、クロイドン巡査部長は答えた。
「そうして、ここでお聞きになさるのもいい加減にして頂きたい」
クロイドン巡査部長の叩いた扉が、重厚な音を立てた。
「成る程。判った。僕は自室で待っていよう」
「それが宜しいかと」
幾度かの咳払いの後に、クロイドン巡査部長は頷いた。
「行くよ、アンソニー君」
と、パーシーは踵を返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます