ご当地ヒロインに中の「人」なんていない

くにすらのに

第1話 あひる野市

 月曜日の朝というのは一週間のうちで最も憂鬱な朝だ。これから五日間の労働が始まると考えるだけで胃酸がこみ上げてくる。


「おえぇ」


 社会人になってまだ一か月も経っていないのにこんな調子ではわたしの人生も短いのかもしれない。お父さん、お母さん、親不孝な娘をどうかお許しください。

 

東京の片田舎、あひる野市の職員にはある夢を抱いて志望した。大好きな特撮ヒーローのロケ地になったこの場所を盛り上げたい。その一心で公務員試験の勉強をして、その努力のかいはあまりなくすんなりと地域活性課に配属された。


 志望者が少ないというなんとも悲しい理由だ。わたしが地域活性を担当するからには数年後には倍率百倍超えだ!

 そんな風に考えられていたのは最初の一週間だけで、今はすっかり身も心も削られてしまっていた。


「さとみぃ、おじさんみたいだよ~」


「うるさい。ニートは黙ってろ」


「ちゃんと家事してるも~ん。帰ってすぐにお風呂に入ってご飯を食べて眠れるのは誰のおかげかな?」


「平日の朝から娯楽三昧の生活ができるのは誰のおかげかしらね」


 その小さな顔を両手ではさみ柔らかなほっぺたをぐりぐりと動かす。普通ならそれなりにぶちゃいくになるはずなのにむしろ愛らしさがあった。

 元の顔が良いと何をしても可愛い。自分の顔では知りえなかった情報だ。


「ああくいないとしこくふるよ?」


「ああっ! もう! ニートに構ってたら」


「いってらっしゃ~い。今日もこの家は私が守るよ」


「自宅警備員がいるおかげでわたしは安心して仕事ができる幸せ者です! いい? 何度も言うけど絶対に居留守を使ってね」


「わかってる。みんな里美みたいに優しいわけじゃないから」


「遠回しにわたしを褒めてもお土産はないわよ?」


「ちぇ~。あまおうのタルトを買ってきてもらおうと思ったのに」


 ルームシェアをしているニートには腹が立つのに、子供みたいに拗ねられてしまうと庇護欲をそそられる。ヒモを養う女性ってこんな気持ちなのかな。ダメな相手をわたしが支えなきゃ! みたいな使命感。


 彼女の場合は本当にわたしが支えないとダメだからちょっと違うか。身も心もほだされているわけじゃなくて、ちゃんとした理由がある。


「出会った頃はこんなんじゃなかったのに」


「いや~、人間ってすごいね。こんなにたくさんの娯楽に囲まれてちゃんと仕事してるんだもん」


「その娯楽を味わうのにお金がいるからよ。あんたはわたしのお金でその自堕落な生活を実現できてるわけ」


「里美には本当に感謝してる。命の恩人! 神様!」


「あんたに言われても説得力がな……むしろあるのか。って、遅刻しちゃう。いってきます」


 まだ慣れないヒールを履いて玄関を勢いよく飛び出す。鍵を掛けなくていいのは地味に楽だ。ガスの元栓を締めたかなとかエアコンを消し忘れてないかなとか心配をしないで済むのもありがたい。


 家に誰かがいる。それが自堕落なニートだとしても一人じゃないというのはとても心強い。


「いってらっしゃ~い」


 長い耳をぴょこぴょこと動かしながら笑顔で見送ってくれる。顔が良いって本当に得だ。仕事が終わればまたこの笑顔を見られる。そう考えるだけで八時間の労働を乗り切れてしまう。


 神様がいるのだとしたら、感謝しないといけないのはわたしの方だ。

 彼女と出会っていなければせっかくの夢の就職先を一週間で逃げ出していたかもしれない。


 顔だけは良い自堕落なニート。そんな彼女にしかできない仕事をわたしを見つけてしまった。正確にはこれから課長に打診するんだけど、あの感じならきっと企画は通る。上司にやる気がないってチャンスなのかも。


「入職して一か月も経ってない新人がに企画を立ち上げさせるとか、本当にこの市は大丈夫なのかな」


 早くも夢が叶いそうな反面、プレッシャーに押し潰されそうになっている。


「おぇ」


 二十代前半の女の子が発してはいけない汚い音がこみ上げる。あの良い顔を見れば絶対に納得する。きっとそう。エルフの美しさってそういうものだから。

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