七日目:この世界の真実

 黒から白へ、そして紫へ。目がちかちかする。暗い部屋の中が、紫色の光で溢れていた。ここは、放送室ではない。

 まず目についたのは、そこら中に溢れるモニターだった。そのほとんどが学校内を映している。また、タッチパネルがたくさん置いてあって、それも毒々しく紫色を放っているのであった。

 そして部屋の奥、誰かが少し高い椅子に座っている。白い光に照らされていて、逆光になっているからか、その影が誰かは分からない。ただ、肩幅からいって男性だろうか。

 ……ヨルが、男性?

 私はその影にゆっくり、ゆっくりと歩み寄った。耳元で鼓動が聞こえる。こめかみが脈打つ。足先が痺れる。そして真後ろに立つと、静かに問いかけたのだった。


「……誰? あんた」


 すると、くるりと椅子が回る。暗い部屋の中でも、その顔を見ることはできた。赤い目が、ぎらり、光を帯びている。白い前髪で隠れたもう片方の目が、歪に弧を描いている。

 彼は、相原アイハラ隼人ハヤトは、テノールの声で、こう答えた。


「ようやく来てくれたね、マキ」


 ハヤトの声は羽毛のようにとても優しかった。それでいて期待に満ちて薄明るかった。

 私は後退り、ハヤトの顔を見上げた。


「なんであんたが生きてるの……!?」

「なんで……か。ヨルにこのゲームの裏技を教えてもらったから……かな?」

「裏技……?」


 そう言ってハヤトはスマートフォンを取り出す。スマートフォンの表示はバグを起こしたのか、三十二時二十九分とありえない表示をしていて、画面は黒いノイズがかかっていた。

 私がその表示に唖然としていると、ハヤトはクスッと笑って話の続きをした。


「実はこのゲーム、『スマートフォンに触れていると』退場するようになってるんだよね」

「何、それ……意味分かんないんだけど……」

「まぁ、簡単に言えば、スマートフォンに触れてなければ死ぬことは無かったってことだよ」


 スマートフォンに触れない。その言葉に、ある光景が思い起こされる。ハヤトは処刑のとき、誰よりも先にスマートフォンを「地面に」置いていた。しかも、誰もハヤトの死を確認しなかった……

 つまり、彼が死んだのは演技だったということだ。


「っていう話なんだけど……」

「じゃあ……黒幕はあんた、ってこと?」

「やだなぁ、人のこと棚に上げちゃって……裏切り者っていうのはさ、このゲームの黒幕、って意味なんだよ」

「はぁ……?」


 ハヤトがそう言うと、キィ、と音を立てて後ろの扉が開いた。私が入ってきた扉だ。振り返ると、その先も黒に絶たれていたが、一人の人影が立っていた。

 白髪に、赤い瞳。ハヤトと違うのは、髪の毛は長いこと、そして少女であるということ。和柄の描かれたパーカーとデニムのショートパンツを着ていて、緩いスニーカーを鳴らしてこちらへやってくる。

 ハヤトは緩く微笑み、おかえり、と言った。少女はピースして、ただいま、と返す。


「ま、まさか……あんたが、ヨル……?」

「そうだよー。私はヨル。またの名を、相原アイハラ月詠ツクヨミ。ようやく揃ったね、お父さんにお母さん」


 お父さん、というのはハヤトを指すのだろうか。だとしたら、お母さんは私だ。

 ……ヨルを作ったのは、私だ。でも、この月詠という少女に見覚えは無い。

 ヨルはハヤトを押し出すと、自分が椅子に座った。まるで玉座に座るように横柄な態度で座ると、にっ、と歯を見せて笑ってみせた。


「ツクヨミマキ、私の赤い髪飾りは受け取ってくれた?」

「ちょっと待って……私の知ってるヨルじゃない。あんた、何者?」

「何者って……そっか、そこから説明しなきゃだよねー。ハヤト、手伝ってくれる?」

「そうだね。オレも理解に苦しんだし……でもまぁ、マキなら頭が良いからすぐ理解してくれるよ」


 ヨルは愉しそうに笑うと、それじゃあ、と言ってタッチパネルを弄り始めた。すると、モニター一面に紫色の四角い箱が映し出された。それは黒を背景としてくるくると回っている。どこかで見たことがあるものだ──確か、夢の中で……


「まず、重大な事実を発表しようと思います──なんと、この世界はゲームの世界なのです!」


 ヨルが拍手をした途端、視界にノイズが走った──否、空間にノイズが走った。そのノイズをよく見ると、零と一の数字が並んでいる。

 ハヤトが、それ止めてよ、と言えば、ヨルはすっと手を膝の上に置き、私のことを見下ろした。


「ゲームの世界……いや、仮想世界って言ったほうが良いかな、そのキャラクター、それがマキたちだよー。どう? これで『人が消えた』理由、分かるんじゃない?」

「……分かんないよ。ゲームとか仮想世界とか、意味分かんない……」

「簡単に言うとさ、処刑されたとき、ゲーム世界からキャラクターが消去されたんだよ。だから存在ごと無くなったってことだよ」

「そうそう! このパネルを押すだけでお手軽に人を消せるよ。たとえばこんな感じでね!」


 ヨルはタッチパネルを操作した。そこには、私たちの化学基礎を担当する先生の名前が書いてあった。モニターは途端に彼を映し出す。ヨルはタッチパネルを操作し、そして、彼の存在の項目をオフへと変更した。

 その瞬間、紫色のノイズを残し、画面から彼が消え去った。うわっ、と私は思わず声を上げる。ヨルは再びタッチパネルを操作し、項目をオンにすると、何事も無かったかのように先生の姿が現れたのだった。


「こうして、スマートフォンに触れてる文芸部員の存在をオフにしてるってわけ。だからウヅキリオが逃げ出したときびっくりしたなー、思わずこの部屋から飛び出して足引っ掛けて本当に殺しちゃった!」

「そして、このスイッチはいつでもオンにできて、生死はリセットされるんだっけ?」

「そーそー。だから皆生き返るよ! 安心してね!」


 ヨルの言葉に、ハヤトはまるで親しい友達であるかのような調子で話していく。私は頭がいっぱいで混乱しているというのに。

 人の存在をオンオフができるなんて、確かにゲームの世界──仮想現実でしかありえない。では、この放送室はデバッグルームということだろうか。そして、このデバッグルームに入れる私は、つまり……

 ヨルは、ぱちん、とウインクをすると、私のほうをきらきらした目で見つめた。


「デバッグルームに入れる私は、つまり?」

「な、なんで心まで読めるの……?」

「そりゃ、オレたちを作ってくれたのがマキだからね。それで? 何だと思う?」

「……私も、黒幕……?」

「大正解! じゃあ次は、そこについて説明しちゃおうか」


 黒い背景に紫色のキューブが表示された画面に戻ると、ヨルは椅子をくるりと回し、画面に向き直った。それから、まるで物語を語るように説明を始める。


「この世界は何か。この世界は、現実世界から隔絶された仮想世界だよ。マキは知らないかもしれないけど、この箱庭の向こうには、仮想世界を作れる方法が存在してね。まぁ、二人は全部ミカン先輩から教えてもらったんだけど……」

「ミカン先輩が……?」

「そうそう。でも別に変なことじゃないよ。外の世界では当たり前の話。皆が皆、ゲームの世界を作って遊んでたんだ。それで、ミカン先輩はマキとハヤトに一つのキューブを手渡した。それが、この世界。『ヨルの殺人庭園』と名付けられたゲームなの!」


 そう言ってヨルは両手を上げた。振り返り、舌をぺろっと出してみせる。

 後ろには黒地に紫が基調なポップな画面が表示された。可愛らしい書体で「ヨルの殺人庭園」の文字が表示されている。

 呆然とする私の肩に、ハヤトが手を、ぽん、と置いた。


「そして、この世界を作ったのは、現実世界のオレとマキってこと。ヨルはオレたちが二人で作ったアバターだよ」

「いや、いやいや、ますます意味が分かんない。私たちがなんでそんなことしたの?」

「それについては思い出してもらうのが一番かな? それでは、過去の映像を流してみよー!」


 画面が一度ノイズで掻き消えてから、文芸部を映した映像が映し出される。そこでは、ミカン先輩とハヤト、そして私が楽しそうに何かを話しているようだった。

 そして、ミカン先輩が懐から何かを取り出す。それは、紫色に光るキューブだった。私とハヤトは、それを受け取った。

 ……その映像を見た瞬間、全てが思い出される。「外側」の自分のことを思い出す。私は映像に釘付けになっていた。

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