二日目:冷静な分析
再び覚醒する。ここは
呼吸が浅い。心臓が鳴り止まない。ウヅキの死に顔が、まぶたにこびりついて剥がれない。
血こそ流れていなかったけれど、確かにウヅキは死んでいた。ミカン先輩と同じく、ヨルに殺されたのだ。その事実を考えたときには、スマートフォンに手を伸ばしていた。
文芸部のグループを見る。やはり、一人減って七人になっている。ウヅキのアカウントはどこを探しても見当たらない。また消されたのだ。そして、今度こそ本当にあの空間は夢ではなかったのだ。
リビングへ向かえば、いつもどおり母親が待っている。また彼女は顔を顰め、私のことを心配そうに見つめた。
「やっぱり、顔色悪いんじゃない、最近? ちゃんと寝れてる?」
「え、うん……大丈夫」
「夜ご飯あるから、ちゃんと食べなさいね」
母親が自分の部屋に戻っていく。リビングには夜ご飯が残されている。食べなければいけない、と思った──でも、箸を持とうとして、吐き気がしたので止めた。
ミカン先輩の死体を見たときは、衝撃的すぎて何も頭に入ってこなかった。だが、ウヅキの死体を見たときには、それが現実なのだと分かってしまった。死に方も無惨なもので、想像するだけで恐ろしくなる。胃の入り口が震えて、何かが入るのを拒絶しているようだ。
それでも食べなくてはならない。胃に押し込んで、口に入れすぎてえずく。それを水で流し込む。味なんてしない、ずっとオートミールを食べている気分だ。
なんとか食べ終えて、咳き込みながら皿を洗っているときだった。文芸部グループから連絡が来る。
ウヅキがいないこと。あのゲームは本当だということ。そしてカリヤは、以下のようにコメントをしている。
──誰かが裏切ったんだ。誰も信用できない!
それは同感だと、私は思った。リリカはウヅキに投票しているけれど、他にも誰かから投票されていなければ、「多数決で」選ばれることは無い。リリカ以外の誰かが、ウヅキに投票したことになる。
もちろん、私は入れていないから、他の人が入れたことになる。今回の和平に同意したヨザクラ先輩や、その考案者であるヒイラギ君が入れたとはとても思えない。すでに危険性を唱えていたハヤトも怪しくはないだろう。でも、マナミ先輩が人を裏切るような人にも思えない。あの人は適当なところがあるけれど、悪いことをする人ではないからだ。だとするとカリヤか、とも思われるが、だったらこのメッセージは自作自演だ。
──落ち着いて。きっと裏切り者の仕業だから。
ヨザクラ先輩がすぐに連絡を返した。何を落ち着けば良いかは分からないけれど、このままヒートアップしてしまうのは良くない。
だとしても、カリヤが落ち着くことは無い。すぐに、裏切り者は誰だ、などという愚問を並べている。
私は既読を付けるだけにして、布団を被ろうとした。そのとき、別にダイレクトメッセージが届いた。ハヤトからのものだ。
──ちょっと通話できない? 夜も遅いからちょっとで良いから。
正直、私は驚いた。普段からハヤトとミカン先輩とはときどき通話を繋ぐことがあった。そのときはたいてい小説の講評だとか、創作に関する相談だとかだ。
そろそろ夜も更けてきたから、あまり通話をしていると怒られるだろう。とはいえ、このまま一人で溜め込んでいても気が狂ってしまいそうだ。
──ちょっとだけなら。
私がそう返信をすれば、すぐに着信が来た。イヤホン越しに、もしもし、と訊けば、比較的明るい声が帰ってきた。
「もしもし、オレだけど。ちょっとマキに聞きたいことがあってさ」
「良いけど……わざわざ通話するほど?」
「うーん、かけといてアレだけど、それは無いかも……」
「じゃあ切るよ」
「待って待って、ちょっとだけだから」
「だいたい、なんで私なの?」
ハヤトは、そうだなー、と言葉を繋げる。それから、アレかな、と言った。
「マキが一番落ち着いて話してくれそうだから?」
「……あんたから見て私はどう映ってんの。だって私の友達が死んだばっかりなのに」
「そうそう、その件なんだけど。アレさ、おかしいよね」
ハヤトは訝るような声でそう言う。本当に私の気持ちはお構い無しらしい。
死んでいる状況なんて、思い出すだけで気分が悪くなる。けれど、「おかしい」のは確かにそうだ。そう、たとえば──
「血が出てないところとか?」
「うん。ミカン先輩の死因はたぶん心臓発作だと思うんだけど……ウヅキさんの死因はたぶん体を打ったことで。だから、普通だったら血が出ててもおかしくない。それに、落ち方が自分で落ちたか、後ろから押されたかだと思うんだよね」
「……ほんと、よく見てるよね……」
「それはお互い様じゃない?」
寝返りを打ち、手を電灯に透かす。まるで貧血みたいに肌が白い。
ハヤトは、ふふ、と笑い声を混ぜながら、話を続けた。
「だから絶対に誰か『いる』と思うんだよね、ウヅキを突き落とした誰かが」
「……まさか、リリカを疑ってるの?」
「というよりは、校舎内に誰かが──『ヨル』がいると思ってるんだ」
ヨルという人間が、あの校舎内に存在する。ハヤトはそう言いたいのだろう。だとしたら、どこに? 放送室から四階の階段は遠いはずだ。
私がそのような疑念を口にすれば、そうなんだよね、とハヤトは答えた。
「だから、ヨルは人間じゃないと思ってて。そのヒントが、もしかしたら放送室にあるかもしれないとも思ってるんだ」
「放送室に?」
「うん。行ってみる価値があると思わない?」
それはハヤトの言うとおりだ。日中の放送室にヨルがいるとは思わないけれど、何かしらの痕跡は残されているかもしれない。
私が肯えば、そうだよね、と返して、ハヤトが笑った。
「ということで、ヨザクラ先輩に放送室の件、相談してみようかと思って。もし良かったら、マキもついてきてくれない?」
「いいよ」
「オッケー。本当はもう少し話したいけど、そっちのお父さん? お母さん? も口煩いだろうし。電話出てくれてありがとう、おやすみ」
「おやすみ」
電話が切れる。大きく溜め息を吐いて布団に潜れば、なぜかは分からないけれど、心臓が落ち着いているような気がした。ハヤトがこういうときに落ち着いている性格なのが、こちらにとっても救いだったのかもしれない。他人事だと言ってしまえばそこで終いだが……
まぶたを閉じれば、やはりウヅキの死体は思い浮かぶ。それでも、寝付けないほどではなくて、明日こそはテスト勉強をしよう、と思って眠りに就いた。
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