一日目:ヨルの殺人庭園へようこそ

 誰かに呼ばれている。このまま眠っていたいという気持ちは不思議と無くて、すぐに覚醒した。腰が痛い。体が冷たい。どうやら硬くて冷たいところに寝かされていたようだ。体を起こしてみれば、隣にいたのは、ブレザーにニットを着た女子だった。ポニーテールが不安げに揺れている。


「ん……リリカ……ここは?」

「文芸部の部室、なんだけど……」


 眼鏡を掛け直して周りを見渡せば、確かにそこは薄暗い空き教室だった。だが、異様な光景でもあった──窓の外は真っ黒に塗り潰したようになっていて、床には部員たちが倒れている。さきほどはいなかった二人の男子も倒れていた──狩谷カリヤ正幸マサユキヒイラギ颯太ソウタの二人だ。眼鏡をしていかにも真面目といった見た目をしている男子と、まるで周りに花でも待っているかのような好青年だ。

 リリカと私以外も徐々に目覚め始め、辺りを見回している。普段の部室と違うのは、机が無く九つの椅子が円形に並べられていることと、窓の外が切り取られたように何も無いことだ。

 目を擦って起き上がったカリヤがズレていた眼鏡を元に戻し、窓へと駆け寄る。後ろからヒイラギ君がついていく。カリヤは窓を開けて下を見下ろし、うわっ、と大きな声を上げた。


「何だよこれ……学校以外何も無いじゃねーか!」

「どういうこと? って……下の階以外何も無い……」


 その言葉に、他の部員たちも窓へと寄っていく。私も確かめに行くと、本当にこの高校以外何も「無い」のだ。手を伸ばしても何かが触れることは無く、遠くを見てもまるで黒ばかり。下を見れば学校の壁が続いている。

 次に反応したのはマナミ先輩だった。ゲームの続きでもしようとしたのだろう、スマートフォンを点けた彼女の顔が白く照らされる。あ、と声を上げた彼女にならい、他の部員たちはスマートフォンを開いた。


「圏外だ……」


 確かにアンテナは立っておらず、代わりに「圏外」の文字が表示されている。試しにスマートフォンを開いてみれば、普段使うアプリは一切無く、私が意識を失う前に見た白いアイコンのアプリだけがホーム画面に表示されていた。アプリ名は「NO TITLE」。誰かが開いたのだろう、再び声が上がる。


「『ヨルの殺人庭園』……?」


 その声はヨザクラ先輩の声だった。三つ編みを弄りながら、不思議そうに画面を見ている。

 マナミ先輩も画面を開いたのか、本当だ、と口にした。私も開けば、黒地に紫が基調なポップな画面が表示された。そして最初の画面には、可愛らしい書体で「ヨルの殺人庭園」の文字が表示されている。

 全員の目は謎のアプリに釘付けになる。指でスクロールして、続きを見ようとする。そこには私たちの顔写真と名前が並べられていて、自分以外に「投票する」の文字が書かれているボタンが表示されていた。

 私がよく分からないままそのボタンをタップしようとしたそのときだった。校内にアナウンスを知らせる音が鳴り響いた。皆、スピーカーに目を奪われる。高いハウリング音が鳴ったかと思うと、息を吸い込む音が続いた。


『──御機嫌よう! ようこそ、ヨルの殺人庭園へ!』


 男と女が混じった大声が響き渡る。声の主は音割れしていたのに気がついたのか、おっと、ごめんね、と言い足した。

 言葉を失い、立ち尽くす私たちに、彼は──同時に、彼女でもある──愉しそうに話し始めた。


『ワタシは、オレは、ヨル。このゲームを主催するゲームマスター様さ! まずはご協力ありがとう、文芸部の諸君!』

「ゲームマスターって、何それ。ゲームって何?」

『良い質問だね、ウヅキリオ。これからそれを説明しようと思ってたのさ!』

「うわっ、聞こえてるの、コレ?」


 ウヅキが呟いた言葉に、ゲームマスターを名乗る何者かは答えてみせた。私たちの会話は筒抜けということだろうか。ウヅキは顔を顰め、少し後退りした。

 私たちが何かを考え、非難する間も与えないくらい早く、彼らは話を続けた。


『今からキミたちには、デスゲームをしてもらいまーす! ほら、キミたち好きでしょ、お決まり理不尽デスゲーム。それをやってもらおうと思ってさ!』

「そりゃ、フィクションだからに決まってるだろ、フツー。誰も殺し合いなんて好きなわけねーだろ!」


 カリヤが早口で答えれば、うんうん、とヨルは頷いた。他の誰も声は上げなかったが、私も同じ気持ちだ。

 いきなり集められて、殺し合いをしろ、だなんて理不尽にも程がある。そもそも、ここはどこなんだ? どうして私たちが? そんな疑問を言いたい空気が広がっている。そもそもこれは現実なんだろうか? 頬を抓っても、痛みが返ってくる。

 ヨルは高いテンションのまま話し続ける、私たちの空気はお構い無しに。


『ヨルの殺人庭園、インストールありがとう。このアプリを使ってゲームをしてもらうよ!』

「それなら、今から消せば良いのでは……?」


 ヨザクラ先輩が言った言葉に、えー、とヨルは不満げにテンションの低い声で答えた。そっか、とマナミ先輩が言ってアプリを消そうとして、何度もスマートフォンをタップしている。


『無理に決まってるじゃーん。テンポ悪いなー、キミたち。そろそろ退屈してきちゃったよ』

「アタシの部員たちを殺し合いさせるなんて従えるわけ無いでしょ。だいたい、何を求めてるの?」

『それなら公開しちゃいましょう。実はこの中に裏切り者が二人いまーす! アプリから確認してみてね!』


 アプリの画面が読み込み中になったかと思うと、大きな文字でこう書かれた画面が現れた──あなたは、裏切り者です。

 ヒュッ、と喉が鳴った。誰にも見られていないか、辺りを見回せば、周りも同じような行動をしていた。私だけ挙動不審になっているわけではなさそうだ。

 スピーカーからケラケラと笑う声が聞こえてくる。それを合図に、元の投票画面に移った。


『今からキミたちには、裏切り者を探してもらいます。話し合いをして、そのあと多数決で裏切り者だと思う人を決めてもらいます。裏切り者を二人殺せるまでゲームは続くよ! ね? すっごい簡単でしょ?』

「って、ことは……裏切り者が死ぬまで、人が死に続けるってこと……?」

『ご明答! クルミリリカは話を呑み込むのが早いね。さすが!』

「で、でも、ゲームでしょ……? まさか本当に処刑なんて……」


 マナミ先輩の言葉を聞いて、ヨルは少しばかり沈黙した。しかし、うん、と明瞭に頷くと、明るい声で応えた。


『やってもらわないと分かんないよね! まずは一人選んでもらおうか! あぁ、一日目って情報が無いでしょ? だから適当で良いよ! さぁさぁ、さっさと始めて!』

「そ、そんなこと言われても……困るよね、誰を選べば……」


 ヒイラギ君がきょろきょろと辺りを見回した。すると、ハヤトがおずおずと手を挙げた。白い髪の向こう、隠れた目が細められている。


「ごめんなさい……何も分からないまま、ミカン先輩の画像を選んじゃいました……」

「馬ッ鹿お前、まだ何も分かってないくせに!」

「仕方無いよ、ゲームマスター? も言ってたとおり、誰を選べば良いかなんて分からないだろうし……でも、人が死ぬっていうのは、本当なんじゃないかとアタシは思う。変な状況だし……」


 カリヤに首根っこを押さえられたハヤトを擁護するように、ミカン先輩はそう言った。それから、皆を見渡し、真剣な顔で言う。


「これで誰が死んでも、恨みっこ無しで」

「うちは信じないよ。マナミ先輩の言うとおり、どうせゲームだろうし。リリカは誰に投票するの?」

「え、え、私は……」

『ほらほら、時間無いよー! ワタシたち、ここで時間食うつもり無いんだから。適当に選んじゃうよ?』


 おろおろとスマートフォンとウヅキとを見比べていたリリカだったが、ヨルに急かされると顔を青ざめ、一人を選んだ。

 私は誰を選べば良いだろうか、しばし悩んだ。死にたくはない、から、自分以外の誰かを選ぶしか無い。私は目を瞑って適当にスクロールし、一人を選んだ。

 表示されたのは、「カンザキミカンに投票しました」の文字だった。背筋がぞくりと粟立つ。咄嗟に胸にスマートフォンを当てて画面を隠した。

 心臓がバクバクしている。本当にこれはデスゲームなのだろうか? ただの「ゲーム」であってほしい、ミカン先輩には死なないでほしい──そう願うことしかできなかった。いつの間にか、画面は元の投票画面に戻っていた。

 しばらくして、ヨルの咳払いが聞こえた。そして、次のように述べた──


『多数決の結果、最多票が入ったのは……カンザキミカンでしたー!』


 ミカン先輩が顔を上げた、のも束の間。彼女はびくんと体を揺らすと、そのまま崩れ落ちた。手からスマートフォンが離れる。そこには、「残念! 裏切り者ではありませんでした!」の文字が書かれていた。

 隣にいたヨザクラ先輩が弾かれるように動き出し、ミカン先輩の肩を揺すった。返事は無い。先輩が、ミカンちゃん、と何度も呼ぶ。

 最初こそ芝居か何かと疑っていた私たちだったが、ヨザクラ先輩の顔が青ざめていくのを見て、空気が張り詰めていった。私も指先から冷たくなるような感覚に襲われる。


「──本物だ……」


 ハヤトがそう呟いたのを皮切りに、リリカがふらっと倒れた。ずっと我慢していたのだろう。ウヅキは小さな悲鳴を上げて、死体から離れる。マナミ先輩はスマートフォンを握ったまま、唇を震わせて言葉を漏らす。


「嘘……だよね……? ミカンちゃん……? だって、ゲームで……」

『はい、処刑完了! 今日はこの辺かな。ではまた明日!』


 ヨルがそう言った途端、バタバタと人が倒れていく。そのまま、私の意識はまた消えてしまったのだった。

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