第6歳 -10月-

 事件の後、千疾と暁美に改めて謝罪をした真は、自分の生い立ちとこれからのことを話しだ上で、躊破教を創設してもよいか打診しに行った。


 「躊破クン、いや、躊破サマは神様の生まれ変わりに違いありません。躊破サマは我々を啓蒙して下さる素晴らしい御方なのです。是非とも躊破教の創設をお許し下さい!」

 「うん!僕も躊破は特別中の特別な子だと思うよ!」

 千疾は満更でもない様に言う。

 「しかし真くん。君はエセ宗教に何かと恨みあったんじゃないかな?それでエセ宗教創ったらやってること一緒だよ?」

 「何がエセ宗教ですか!あんな宗教と一緒じゃないです!躊破サマは本物の神です!だからエセではありません!」

 真は机に身を乗り出し反論する。

 「変わったわね、真ちゃん。すっかり躊破の虜になっちゃって」


 二人から面白そうだからいいよと返事を貰った真は今までの稼いできた金で広い土地に教会を建て、布教活動を開始した。

 元々躊破を信仰する小団体はあり、それも加え、さらに新規の信仰者も多く入信した。それだけ躊破の奇跡の数々は人々に影響を与えていたのだ。

 入信者は創設後5日で3500人を超えた。そして5日目に真は躊破教初となる集会を開いた。


 「えー、250人程の皆様、今宵は躊破教初となる第1回躊破教集会にご参加頂き誠にありがとうございます」

 パチパチと参加者が拍手を送る。

 「今日は躊破サマがわざわざここにお見えになられております。神である躊破サマと一緒にこの躊破教の概要を決めていけたら良いなと思っております。それでは、躊破サマのご登場です!躊破サマこちらに!」

 参加者は一斉に立ち上がる。そして控えていたオーケストラが躊破の大好きな少女アニメ『魔法少女田中梅子』のオープニングテーマ曲が流れ始めた。著作権は買収済みだ。


 その曲と共にノリノリに頭や尻を振りながら躊破が登場した。参加者はさっきより大きな拍手を送る。中には失神する者、感動のあまり泣き出す者もいた。

 躊破がお立ち台の上に立つと真が合図を出し、その場を静かにした。

 お立ち台の上でノリノリに踊っていた躊破は一気に場が静まりしゅんとした。


 「躊破サマ、わざわざここまで御足労頂き感謝致します」

 「魔法少女田中梅子の曲終わり?」

 「失礼しました。流し続けろ!」

 『魔法少女田中梅子』のオープニングテーマ曲は再開した。


 「躊破サマ、何か信徒に向けて一言お願い致します」

『魔法少女田中梅子』のオープニングテーマが3番までちゃんと演奏され終えたところで真は躊破に話を振った。

 「皆ここまで来てくれてありがとう!ボクはとっても嬉しいよ。君たちのことは心から愛してる。だから、すぐ死んじゃわないでね?」

 このセリフは『魔法少女田中梅子』第25話で梅子達魔法少女グループがやっと敵地に辿り着いた時にサイコパスキャラのボス敵が梅子達に向かって言い放ったセリフである。

 しかし、もちろん参加者はそんなことを知る由もなく感動の嵐に包まれる。

「私たちには勿体ない程のお言葉、感謝致します。それでは躊破サマ、こちらへ」

 真が戒壇の上にある大きな椅子へと躊破を案内した。そして再び大衆の前に直り、話を続けた。

「これより、躊破教について私から説明させて頂きます。まずはお手元にあるタブレットをお取り下さい」

 信徒達は入場の時に渡されたタブレットを手にした。

「それは聖書のようなものです。躊破サマについての身長、体重、足の裏など最新情報がそのタブレットに配信されます。その他様々な機能が備わっているので説明書を参考にお楽しみ下さい」

 信徒はなかなかのハイテクなシステムに高揚した。

「驚かれるのはまだ早いですよ皆さん」

 真がザワついた場を鎮め、再び自分に注目させた。

「躊破サマに聞いてもらいたい話、受けたい教え、懺悔したい過去など皆さんお抱えのことでしょう」

 信徒達が頷いて応える。

「そんな方達の為に不定期ですが、躊破サマとお話する機会を設けることが決定致しました」

 それを聞き、信徒達は歓喜した。

「そして今日!今から!第1回目の『不定期開催企画!躊破サマとご対談〜おやつを添えて〜』を開催します!」

 信徒達は湧き上がった。喜びのあまり近く人とハイタッチやハグをし合っていた。

「今日、お菓子を持ってきて頂いたのはこの為です!参加条件はお菓子を供えること。忘れてしまった方はまた次の機会を心待ちにしていて下さい」

 ここでお菓子を持ってくるのを忘れてた人達が一気に落胆した。ジェットコースター並の情の振れ幅であった。

「それでは前の列に座っている方から順に戒壇の上の躊破サマの所へ上り持ち時間2分の間に躊破サマとの対談をお楽しみ下さい。終わられた方はそのまま帰ってもらって結構です。第2回躊破集会についてはタブレットをご確認下さい。第1回躊破集会はこれにて解散です!」


 最前列の片端から順に躊破の前に並んだ。1番目として選ばれたのは新田久美子、62歳。彼女は躊破のことを『躊破火災事件』から知る古参である。

「それでは、1番の方、どうぞ」

 係員から躊破の目の前に誘導される。初めて躊破をこんなにも間近に見て思わず跪いてしまった。跪いて話さなればならないというルールは無かったのだが、1番目が跪き、躊破と対談したため、これが2番目以降にも浸透し、後に暗黙のルールと化した。

「躊破様、私は長野から来ました新田久美子と申します。私には娘がいるのですが、その娘もお腹に赤ちゃんを授かり予定日では来週生まれる予定です。不安でいっぱいなので無事に生まれるかどうか教えて下さい」

 真から相談に乗るように言われていた躊破は新田久美子からの言葉を聞き、応えた。

「えっと、永野さん」

「あ、いえ、長野から来た新田久美子です」

「中野さん?」

「いえ、長野です」

「永野さん?」

「あぁ、違います。長野県から来た新田久美子です」

「お時間です」

 新田久美子は何も答えを聞けないまま順番を回された。その様子を見ていた真は流石に可哀想と思い、後日新田久美子に宛てて躊破に『だいじょうぶ』と書いて貰ったハガキを送った。因みに新田久美子の娘は無事に子を産めたらしい。

 

「躊破サマ、名前はいいのでとりあえず相談に乗ってあげて下さい!お願いします!」

 新田久美子の番が終えた時真は躊破に駆け寄って声をかけた。

「おっけーい!」

 躊破は元気よく返事した。


 2番目の相談者は石橋優太、25歳。彼も古参である。

「石橋優太です。よろしくお願いします」

 2番目以降から出身地を言うことは躊破の混乱を招くため禁止とされた。

「僕は13歳に盗みをしたことがあるんです。それは友達が持っていたカードです。当時凄く欲しかった物で、友達が見てない隙に盗ってしまいました。そのあと友達から知らないかと聞かれたんですが知らないと答え、嘘もついてしまいました。今でもそのカードを持っているのですが、そのカードを見る度、心が痛むし、悪いことをしたと思うし、返したいです。しかし、返す勇気がありません。どうしたらいいでしょうか?」

「返せ」

「お時間です」

 石橋優太の順は終わった。


 こんな風にして3番目、4番目と順調に進んでいった。そして最後の211番目の22歳、岩井いわいりさの番が来た。

「りさです!よろしくお願いします!」

 コクっと躊破は頷いた。躊破は疲れ切っていた。200人近い人数の話を聞いたのだ。6歳児はもうヘトヘトである。

「かわいー!もうクタクタだよね。そうだよね!私がぎゅーして癒してあげよっか?」

 岩井りさが手を広げ躊破を誘う。

「触れるのは違反です。お止め下さい」

 勿論係員が止める。

「えーじゃあ膝枕は?何もしないよ?」

「ダメです」

 係員が止める。

「固いなー。ほら躊破様!こんなにお菓子持ってきたんだけど、膝枕させてくれたらこれ全部あげるよ!」

 係員に許可を貰うのではなく、躊破直々許可を貰おうと岩井りさは試みた。

「躊破様はもう沢山お菓子を頂いた。お菓子で釣れるわけがないだろう!」

「そう?躊破様はこのお菓子まだ貰ってないと思うんだけどなー」

 そう言いながら岩井りさが袋の奥から取り出したのは『魔法少女田中梅子』と紀州梅の限定コラボ商品、『紀州梅子』という梅干し味のお菓子だ。

 躊破は一気に元気が出た。

「お時間です」

 しかし、2分という時間はもう経ってしまった。

 肩を落とし泣きそうになりながら岩井りさは広げたお菓子を片付ける。

「まって」

 躊破が岩井りさの片付ける手を止めさせる。そして躊破は椅子から立ち上がり、岩井りさの膝に頭を乗せ寝転んだ。

「これでいい?」

 躊破は膝枕されながら岩井りさに尋ねた。岩井りさは涙を流しながら喜んだ。そして『紀州梅子』のおかげで岩井りさは躊破に気に入られたのだった。

 


 これが後に言う『岩井りさ幹部昇格事件』である。

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