第6歳 -9月- (2)
「またおにぃが危ないことしてた」
それは家族団欒の時。花美露は腫れている目でおにぃを見据えながら事の顛末を千疾と暁美に話した。
「やっぱり躊破には革ジャンを着させましょう!」
「そうだな!革ジャンは交通事故にも耐えられるからな!」
「そうとなれば、カッコいい革ジャン探さないと!」
「いや、防弾チョッキの方がいいか……?」
「見てこれ!この服屋さんとかどう?」
「いや、宇宙に放り出された時の為、宇宙服の方がいいな!」
「そうよね!」
今日の会話もご愛嬌である。
そんな両親を見て花美露は盛大に溜息をつく。この子在ってこの両親在り。子供の命の危機で服の話をするのは些かイカれている。
それと同時に何故か花美露は
「伝えてなかったんだけど、今予定ができてねー」
「そうなんだよ!明日まで帰ってこないから花美露、よろしくな!」
「花美露ちゃんなら大丈夫よねー」
前言撤回である。この親は能天気なだけである。
「はぁ」
反対しても今更なので花美露は溜息をついた。
◆
明らかな敗北を喫してしまったなあ。しかし、相手は子供だ。神様の寵児だ?ふざけるな。単なる偶然に他ならない。神なんぞいない。裏の社会で生き残る為にもこれ以上の失敗は許されない。
次は確実に殺さなきゃあいけないなあ。
だがすごく運がいい。まるで自分が神に認められてるようだ。家を見張ってると、夜、寝静まった頃に親が二人で歩いて出て行った。
そして、朝見張っていても帰ってくる気配もない。
家に子供が二人。異変に気付いたとて、周囲に知らせる能力がない。なので、いくらでもやりようがある。そうだな……ガス漏れによる窒息というシナリオでいこう。
子供たちの浅はかさに因るガス漏れ
躊破の両親が目を離したことに因る不慮の事故
ちゃんと因果が結びついている。
まずは最近界隈で人気のテトラアンミンペルオキシドという薬で躊破達を眠らすか。揮発性が高いこの液体は室内に10ミリ入れておくことで、10分以内に家中に薬が蔓延し、その中にいる生物の生命を刈り取る。まだ科研には知れ渡っていない物質なので、テトラアンミンペルオキシドは死因として引っかからない。唯一引っかかる死因は死後部屋に充満したガスである。
そうと決まれば迅速に。窓にちょっと穴開けて…………これでよし!あとは10分程待って対象の死を確認するだけだ。
◆
躊破は花美露に起こされていた。
「ほら、起きて!おにぃ!」
「ぐ~~」
「おなかすいたの?」
「うん」
躊破はおもむろにキッチンへ向かい、椅子に登ってコンロに火をつけた。
「何をするつもりなの!」
「水をふっとーさせるんだよ~」
「ふっとーってなーに?」
「わかんない」
彼らはまだ小学校にも入ってない子供である。なので躊破も花美露も沸騰という意味がわかってないのも当然である。
そう言いながらも躊破は、火をつけたコンロに鍋を置き、コップを使って水を注ぐ。
「けど、ママがやってた時は、水が茶色になってたよ」
「じゃあふっとーって色が変わること?」
「そういうこと!」
躊破の母、暁美は味噌汁を作っていただけなのだが。そのようなことを露知らず躊破はガンガン加熱していく。
するとどうだろうか。彼の周りで水蒸気が発生していく。それは躊破を守る女神の加護のように躊破の囲いで煌めく。
丁度朝日が差し込んだことによる神秘的な光景を目にした花美露はしかし全く意に介さない。幼きながら、それは当然であると考えてるからであろうか。
「おにぃ、ぜんぜん色が変わらないよ?」
「おかしいなあ」
「またてきとーに行動したんでしょ!おばさんにダメっていわれたでしょ!」
花美露はいつものように躊破を宥める。霊妙な光景とは裏腹に間の抜けた行動を採る躊破を諫めるのは花美露の役割である。
「そんなことないよー」
「やめなさい!」
「えー」
一向に止めない躊破を尻目にその場を立ち去ろうとする花美露。離れようとする花美露の手を躊破が繋ぎ止める。躊破の思わぬ行動に花美露は面食らって間の抜けた顔で躊破の顔を見つめる。
躊破は花美露の目から逸らさずに言葉を発する。
「俺の傍にずっと居てくれ」
そう。躊破はテレビの見過ぎである。どの番組から触発されたのか検討もつかないセリフが躊破の口を突いて出た。
花美露はいつもであれば叱るところである。が、満更でもなさそうに笑顔でこう答える。
「はい!」
躊破はこの返事が思った通りで笑顔になる。そして、その笑顔の躊破を見て花美露も笑顔になる。齢六歳弱の二人だが、どこか大人びた言葉は、お決まりのセリフは誰にも邪魔できないような雰囲気を醸し出す。どことなく幸せそうな二人に、朝日とともに煌めく煽られた水蒸気。この空間は途切れそうにない。横では点いたままの火がその空間を途切れさせることのないよう水蒸気を作り続けている。
◆
どういうことだ?揮発性の毒を流し込んだ十分後、対象の死を確認するために用意していた高精度の赤外線サーモグラフィーが導き出す結果は理解不能である。まず、部屋の中で百度以上の場所がある。刷夫が作っていた部屋の間取りによると、そこはキッチンである。ということはつまり────
「子供が火を使ってる!?危ないだろ!?」
いや待て。落ち着こう。それにこちらにとっても好都合である。だから落ち着こう。親はどういう教育をしているのだろうか。五歳児二人に火を使ってはいけないと教えていないのだろうか。というか、使えないようにするべきではないか?
ここは一つ深呼吸をして心を落ち着かせよう。
これはラッキーなのだ。元から用意された死因に躊破クン自身が近づいているではないか。神は寵児ではなく私に微笑んでいる。そう、そのはずなのだが、もう一つの指し示す結果がその結論に翳りをもたらしている。
躊破クン、花美露クンが死んでいるかどうか判断できない。死後、人は直ちに気温と一緒になるわけではない。大体一時間で一度下がるくらいだ。だから、どこかに体温に当たる温度があるはずなのだ。しかし体温に当たる温度がどこにもないのである。
「もしかして......」
火と思われる部分の周りは全体的に温度が高くぼやけている。熱源から遠ざかるにつれ冷めていくもやもやが目に留まる。
「この中に躊破クンがいるのか...?」
全く状況が理解できない。サーモグラフィーが指し示す状況は有り得る状況ではない。躊破クンが私の作戦を読んだ行動なのであろうか?いやそれはない。相手は五歳児なのである。ではこの毒が聞かなかった?いや、それもない。毒の効果は使った自分が一番知っている。
答えが出ない。思考が囚われている。サーモグラフィーが壊れていて、躊破クン達はもう死んでるという方が妥当とわかっている。だが長年の経験がそれを認めない。その考えは危険だと知らせてくる。躊破クンは生きていると。
もう自分が直接殺すしかないな......
暗殺者|朝≪あさ≫
そんなことは露知らず、躊破と花美露は換気扇の回っていない部屋で見つめあったままである。
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